7.イノマン窮地に陥る
からくり人形の九太郎に閉じ込められているイノマンは星乃ミカに抱かれた状態で惑星間小型宇宙船に乗り込み人造の体を授かるべくアステロイドベルトにある東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地へと向かっていた。
「今度のは進之介さんが乗っていたみたいな宇宙艇じゃなくて乗合船なのですね」
「丁度都合が良かったのです。80日も単機で飛び続けるのは結構辛いものがありますから、この宇宙船だと基地まで90日は掛かってしまうけどシャワーや娯楽設備が整っているのです。これは凄く良いことなのですよ、何より美味しい食事が朝昼晩と定時に食堂で他の乗客と一緒にできるのです。今から楽しみですよね、あなたに取ってはまたとない貴重ないい経験になると思いますよ」
(80日間飛び続けるのがそんなに辛いのだろうか、大したことではないようにも思えるのだけど、こればかりは経験しないと分からないのかも知れないな、それより気になるのはと)
「宇宙にも朝昼晩と言った時間帯の区切りがあるのですね」
「お天道様が頭の上を通って行ったりしないからそう言った区切りは無いですね、でも乗客にバラバラの行動をされると統制が取れなくなって緊急時に無駄な時間が掛かってしまうのを防ぐためにここでは船長が決めてます。今の船内では地球時間になっています」
(ミカさんの喋りが硬いのだけどこんな調子で90日も過ごすのはしんどいな)
「ミカさんはもう少し砕けた話し方をしたほうが宜しいのではないでしょうか」
「今は仕事中ですから」
「僕と話す時は身内の話し言葉にして欲しいです」
「身内ですか。あまり思い出したくないのですけど聞きますか、私は六人兄弟の末娘で家は貧乏でしたから・・・」
(いや、聞きますかと言いながら一方的に話し出すのは聞いてもらいたいのだろうな)
「ミカさんは幼い頃に苦しい思いをされたのですね」
イノマンは長くなりそうな話しに割り込む。
「そうです、でも私だけではなくて末っ子はどこの家でも同じ様な目に遭ってたと思います。これから先は嫌な話しになってしまいますからお互い身の上話しは止めにしましょう」
(きょうだいが多いと大変なのだな、私は弟が一人だけだったからかも知れないけど楽しい思い出のほうが多いぞ)
「それには賛成です。楽しい身の上話ってのはあまり聞いたことがないです」
だからお互い差し障りのない話をして1日目が終わる。
2日目になると新しい話のネタが思い付かなくなってしまった。
「ところで私はいま乗船しているこの高速宇宙船の内部を見て回りたいのですが一人では動けないので一緒に連れて行ってはもらえないでしょうか」
「それはいい提案です。私もお話ばかりじゃ退屈ですし、この狭い部屋の中で何日も過ごしてたのでは息が詰まりそうです。外に出れるタイミングは逃さず何か面白い物でも見つからないか期待してお散歩したほうが良いかも知れません」
星乃ミカが組織の伝手を使わずに確保した客室はワンベットルームの一番狭い部屋だ。
出航直前に一人で窓口に飛び込み口八丁で無理やり掴み取ったチケットなんだから仕方ないだろう。
この宇宙船は不定期便になっているのだけどルナ・ターミナルから基地へ向かうために幾つかあるアステロイド航路の中では一番早くそして一番高額になっていた。
だからミカは身分証を提示して請求書の送り先を東域宇宙和平維持連盟日本出張所の所属部署にしている。
彼女は九太郎人形を大事そうに抱えたままだったのでイノマンはそのやり取りの一部始終を黙って見てるしかない。
(顔の割に結構したたかなのかも知れない。僕より幼く見えてたけど、ちょっと口を滑らせた感じでは相当年上なんだろうな、でもまあそのお陰で退屈な思いはしなくて済みそうだ)
通路に出ると目の前と右横にも扉があり同じタイプの部屋があと3つはあるみたい。
通路を左右どちら側へ進んでも同じ距離の所で広くなっていて壁側にソファーそしてテーブルその横に自販機じゃなくてオート調理器が置いてある。
この船の運行管理者も狭い部屋で何時までも過ごすのは良くないと考えてこういった場所を提供しているのだろうと思う。
でもさすがにオート調理器は有料だった。
ちょっと休暇みたいな感じで九太郎を前抱っこしたままミカが座る。
テーブルの表面をトントンと叩いて当然の様に立体ホログラフィーを出す。
いま乗船している高速宇宙船のスケルトン画像が出てるよう。
ミカが指で拡大したり縮小したりして詳細に見ていく。
やはり一番狭い部屋はロケット型をした高速宇宙船の中央部を占める客室並びの最後部に4つあって自分達の前と横の部屋は空室になってるみたい。
その後方は荷物部屋兼倉庫、宇宙船格納庫、機械室と続いてそのまた後ろは黒塗りになっていた。
前方には少し広い部屋が4つあってその次が食堂と娯楽室の続き部屋、そこを抜けると緊急脱出ポットが6基あってかなり広い部屋4つに続き最後に貴賓室が1つ、それから先はプライベートルームと表示されている。
特筆すべきは貴賓室が使用中になっていることだろうか。
「この図面で見る限り脱出ポット区画から前方には行けないみたいですね」
九太郎人形からイノマンの声がする。
「ちゃんと見えてるのですか、感覚的に周囲の状況を感知されているのかと思っていました」
ミカが感心した風にして言う。
「その通りです。九太郎はからくり人形ですから瞳はあっても目の役割はしてません。だから感覚的に見てるのです」
イノマンはそれを肯定した。
「感覚的に文字が読めるのは凄いことですね」
「お褒め頂き有り難うございます。それでどうします」
ミカは九太郎を抱いたまま脱出ポットを下見して緊急時に慌てふためかないよう心構えを整えていた。
それでも退屈な日々が40日も過ぎると行程の半分は消化して小惑星が肉眼でもちらほらと見える距離を航行している。
船内をあっちこっち徘徊した末、小さいながらも直接外の景色が見える窓を見付けて日に1回は覗きに来ていた。
そこは場所が場所だけに頻繁に訪れたり、長時間居座ったりするのは少し問題があるように思われたから。
見付けた小窓は緊急脱出ポットが並んで設置されている所のすき間にあった。
たぶんポットで緊急脱出する際に外の状況を直接確認するためにあるのだろう。
今日も今日とて窓から見える星星の眺めに興じようと脱出ポット溜まりへ来ている。
「わあ、今日になって初めて他の船を見ることができました。格好良いですけどあれは軍艦でしょうか」
最初に覗いたイノマンが声を出す。
「ちょっと待ってよそんな筈はないわ、他の艦船が高速航行中のこの宇宙船から目視出来る距離まで近付いたりしないわ」
乗船して数日が経過した頃から流石に星乃ミカも口調を柔げ初めていた。
そしてミカが覗き窓に顔を埋め込む。
「何も見えないわよ、光の影でも見間違えたのではなくて?」
疑惑の口調で言う。
(でもイノちゃんは感覚的に物を見てるって言ってましたね)
目を凝らして見るけどやはり何も見えない。
(もしかしたらステルス状態の何かが居るのでしょうか)
「ほら、直ぐそこに居るじゃないですか…あっ!近付き過ぎだ」
イノマンは異能の力により感覚的に見ている。
星乃ミカが透視能力を持っていたなら見えたのかも知れない。
ズゴゴゴー、ガガガ!
実際にそんな音が聞こえたわけではなくて、そんな音がしたように船体が震えてる。
「これは一体何が起きてるの…」
しかし星乃ミカは只者ではなかった。
普通の人では考えられないような行動を取る。
すなわち彼女は人形を抱えたまま昇降口へと走った。
案の定、宇宙服を着込んだ盗賊(状況からして他には考えられないので)と思われる人達が進入して来ているのに出くわす。
そして何を思ったのかイノマンが入ったままのからくり人形九太郎を先頭の宇宙服目掛けて投げつけた。
「ひゃ~~~」
これにはイノマンも今までみたいにからくり人形の機械音声を使って声を出す余裕もなく地声の悲鳴を上げたのが精神感応いわゆるテレパシーによって周囲に放たれている。
宇宙服にぶつかったからくり人形の九太郎が床に転がっていく。
本当に普通の無機物人形みたいに転がり仰向けになった。
2人目の宇宙服が前に出ようと足を上げている丁度その真下。
宇宙服はでかい、星乃ミカは九太郎が踏みつけられてバラバラになる姿を脳裏に見た。
でも、実際に起きた事はそれとは違う。
ドン!
という大音響がした。
九太郎人形がぶつかった1人目の宇宙服が振り向きざま手にしていた大口径銃を腰撃ちして直ぐ後ろに居た2人目の宇宙服の土手っ腹に命中させている。
着弾の衝撃により2人目が後方へ飛んでいく。
弾丸の種類が拡散型粘着弾らしく着弾面からアメーバの様に黒いぬるぬるが広がって2人目がぶつかった3人目と4人目も絡め取っている。
そして粘着ゼリーを浴びた3人が逃れようと踠くものだから狭い昇降口の壁にも附着してあたかも宇宙服で出来たアート壁の様になった。
一連の動きが収まった頃、1人目の宇宙服が大型の銃を腰に当てたままゆっくりミカの方へと振り向いてくる。
そのヘッドグローブ越しに見えてきた顔はとかげ座のリザード星人そのものでその口元はグイッと吊り上がっていた。




