10.イノマンは女性になった
「イノマン?ねえ、そこに居るのでしょう出てきて下さい」
星乃ミカは病室のベッドで自分が作り上げたイドの怪物だったのかも知れないと思いながらも、どこからかイノマンが出てくるのではないかと期待して声を掛けてる。
返事がないのでもう一度辺りを見ると枕元にからくり人形が置いてあった。
「あれは現実だったのですね…イノマンはこの中に戻ったのでしょうか」
抱き上げて声を掛けるけど気配がない。
「大丈夫ですか」
(人形の中で気を失ってるのでしょうか)
『はい、私は大丈夫ここにいますよ』
声は聞こえるけど人形からではないことにゾクゾクっとした。
「どこに居るのですか隠れてないで姿を見せて下さい」
声が聞こえたことに安堵するけど、今度は頭がおかしくなったんじゃないかと不安になる。
『ここに居ます』
はっきりと頭の中で声がしてるのに気がつく。
「い、イノマンまさか私の中に移ったのですか!?」
『大丈夫です。プライバシーは尊重します』
「ぷ、プライバシーってあなた私の記憶が見えてるんじゃないでしょうね」
『・・・』
「さっさと出ていって!」
『ここは既に当初の目的地だった基地です。私の幽体と魂を用意された身体へ移すのでしょう』
星乃ミカは戦慄した。
(幽体と魂を移動させる方法って確か高圧電流を流して行うって…)
「もうしばらくこのままで我慢します。手続きが必要ですから」
(心の準備とあと何か別の方法が無いか探さないとダメよそれに…)
「今、ここは基地だと言いましたね、あれから2ヵ月も過ぎたと言うのですか」
(2ヶ月も気を失ったままだったのかしら…そ、それじゃあイノマンはその間ずっと私の中に居たのね)
『海賊船に襲れてから今日で2日目です』
「誤魔化さないで!私達が襲われたのは出港してから40日目だった筈よ。残り50日行程をたった2日で着くわけないでしょう」
ミカが怒気を放つ。
『怒らないで気を沈めて下さい。私が消し飛びそうになります』
「それなら私が安らげるように納得いく説明をしてください」
イノマンは説明を始めたのだけど今は同じ身体の中に居る訳だから記憶を整理して必要な所だけを脳内へ送った。
「うっぷ、頭がぐらぐらする、でも分かったわ」
急激な脳への負担に耐えかねてミカがゲップを出す。
「まずは『ありがとう』とお礼を言うわ、あなたが私の中に入って毒素を取り除いてくれたのね」
その通りなのだけど具体的にどう行ったのかは知らせていない。
イノマンは身の安全を図るために多くのことを誤魔化している。
彼がミカの中に入ってから宇宙人としての在り方や諸々の知識を彼女より得ることができた。
今はイノマンが知る情報の中から必要な分だけを彼女の記憶に分け与えている。
(ミカさんはプライバシーがどうとかって言ってましたね、下手なことを言って追い出されることになるのだけは避けたいですね)
今は何とかミカさんの意識下に同居させてもらってる状態にあるので強く拒絶されたりするとバラバラに分解するか追い出されるのではないかと思う。
『私が与えた記憶で納得してもらえたようで助かりました』
「まあ、あなたがウソをついてないことを信じればですけど」
『それでは、九太郎人形を持って入館手続き室へ行きましょうか』
「それは私の記憶を読み取ったから言えるセリフよね、本当にどこまで信じて良いものやら」
星乃ミカは諦めるしかないと思いそれ以上考えないようにする。
2人が話をしてると、病室のスライドドアが開いて看護士が入ってきた。
「あら、どなたかとお話し中の様でしたけど誰もいませんね」
看護士が訝しそうに辺りを見渡す。
「ひとりごとです」
ミカは下手に誤魔化すより自分が変なんだと言うことにする。
「そう、あまり思い詰めてはダメよ」
看護士はひつじ座のメリーと自己紹介して優しく微笑む。
簡単な血液検査や問診で異常が認められなかったのでミカはパスコードの入った腕輪型ブレインを預かって病室を出ていく。
途中ですれ違う人達が一様に向けてくる好奇の眼差しを無視しつつ目的の入館手続き室へ向かう。
『ミカさん、何か顔に付けてませんか』
「何を言うのよ、こんな場所で人形を抱えて歩いている人なんか居ないでしょう。興味を持たれてるのよ」
ここは東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地の地下第1階層で宇宙港がある表層の直ぐ下にある第1層とか単に1層と呼ばれている場所。
『新しい玩具か何かだと思ってくれたら良いのですけど』
「気にはなるけど詮索はしないでしょうね」
入館手続き室では、そんなに待たされることなくブレインを見せて形だけの審査を受けた。
そこから基地内部高速移動手段のエッグに乗り7.5層にある人造人体交換待合室へ入る。
確かに待合い室なのだろうけど、寝て待ってても良かったんじゃないかと思うくらい待たされた。
「お待たせしました。どうぞお入り下さい、連絡は受けてます。途中大変な目に遭われたそうですけど大丈夫でしたか」
白衣を着たヤギ頭のドクターが言う。
「はい、ご心配をお掛けしましたでしょうか」
間違っても大丈夫だったから今ここに居るのでしょうと言うようなミカではなかったけど、もう少しで、ミカの中に居るイノマンがそう言い出しそうだったのできつく制している。
イノマンがミカの中に居る事は秘密にすると事前に打合せしていた。
そうしないとミカがバラバラにされるかも知れないと脅されていたから。
イノマンもそうならないように気をつけている。
何だったらミカの中からでも九太郎人形に腹話術を飛ばせてやろうかと思っている。
「到着されるのはまだ大分先の予定でしたから今の段階では1体しかご用意出来ないのですけど、どうされますか、最初の予定日までお待ちになれば3体の中から選べますが」
(最初の予定日って2ヶ月も先じゃない…絶体嫌よ)
ミカはそう思った。
『そんなに毛嫌いしなくても僕は無害ですよ』
イノマンが心の中で返事する。
(そう言ったことが我慢できないのよ、早く出て行って)
「どうされますか」
「あっ、ごめんなさい。今すぐ…いえ、今ある人工体に移します。そうすれば私の任務は完了しますので…次の任務に移れますから」
「もう次の仕事に向かわれるのですか、お忙しいですね」
「そうです。ですから手っ取り早くお願いします」
(本当は長期休暇を予定してるのだけど、そんなことを言って万が一にでも作業を先延ばしされたら嫌だからね)
「ではこちらのイスにその人形を座らせて下さい、作業は数分で完了します。その人形の中に幽体と魂を保管してるで間違いないですか」
「はい、間違いないです。その前に人工体を間近で見たいのですが許可してもらえますか」
「ああ、すみません最初にお会いさせなくてはいけませんでした。移す事しか言われませんでしたので容姿にはこだわらないものと思っていました。その人形に入ってる魂は眠ったままですから希望を聞くことは叶いませんものね」
閉じ込められてる幽体と記憶に高電圧を加え人工体へ移す。
今、イノマンの幽体と記憶は星野ミカの中にある。
ドクターがそれを知ったらどうなるか、星野ミカは想像もしたくない。
選択の余地がないことは最初から分かっている。
イノマン自身で自主的に出て行ってもらう。
それには口づけが必要だった。
星野ミカにその覚悟はとっくにできている。
あとはドクターにその行為を邪魔されないようにするだけ。
イノマンとミカは呼吸を合わせた。
ちょうどドクターが準備を整えた直後に、イノマンがミカの中から腹話術を行い来訪者チャイムが鳴ったと錯覚させる。
ドクターが扉の方へ行った隙に口づけをするためストレッチャーに寝ている人工体に近づく。
唇と唇を重ねようとした時、ふと目が胸に引き寄せられた。
(膨らみがある…女性体じゃないか!)
イノマンがミカの中で激しく抵抗を始める。
(あと2ヶ月もこのままイノマンと一緒に待つのは嫌よ!)
星乃ミカは強引に口づけをして、体内にしがみつこうとするイノマンを追い出す。
晴れて自由の身となったミカはどうクターと女性体を得たイノマンに別れの挨拶をして、次の担当者に業務引継ぎをするため病室から出て行こうとしてるのだけどその表情は憑き物を落としたみたいに清々しく見えた。
1人残されたイノマンはドクターから注意事項をくどくどと聞かされ、ストレッチャーに寝かされたまま各種の身体検査を受ける。
翌日になると新たな担当者がまだ病院に留まっていたイノマンの元を訪れ、訓練生用宿舎へ案内されることになるのだけど、ここでもくどくどと説明を受けた。
イノマンは星乃ミカの体内に居た間、彼女の記憶を読み取っているので宇宙人としての初等教育は必要ない程度の知識を得ている。
その事は秘密にしておこうと思う、そのほうが色々と得をするように感じたから。
だから一般教養座学は普通に受けているのだけど退屈で仕方ない。
1日のカリキュラムが終わってまっすぐ宿舎へと戻る。
嬉しいことに豪華な個室を与えられていた。
基地への到着が予定外に早まり他に空きがなかったからだと言う。
それと九太郎人形を持って来れたのには感謝してる。
他の招喚者達のほとんどは幽体と魂しか持ち合わせていないのだから。
例外的に星乃進之介みたいに身体を伴って招喚される者もいるけど、その時の彼らは身一つで来ることは殆んどなく何かしら持って来てる。
聞いた話では、所帯道具一式を持ち込もうとした強者が居て担当者ごと地球に追い返されたことがあるらしい。
ともあれイノマンは自室に籠って種々様々な事柄に挑戦していた。
外に居ると誰彼問わずに話し掛けられて鬱陶しいから。
(この間のあれから憑依が意外と簡単に出来るようになったのは嬉しい、早く初等科から上を全部スキップして博士課程に移りたいな、そしたら九太郎から取り出した僕の細胞でクローンが作れるらしいじゃないか、それまで辛抱すればこの体ともおさらばできる、僕…いや俺は男なんだから)
九太郎から取り出したイノマンの細胞を保管しているキッチンに備え付けの冷凍冷蔵庫は温度を最低に保つために粘着テープで封印している。
それから毎日冷凍冷蔵庫を眺めては、その扉を開ける日が来る時を楽しみに日々を過ごしていく。




