5.イノマン宇宙へ旅立つ
星乃進之介は凶剣乱舞が引き起こされている池田屋の屋根上にいた。
「咄嗟のことだったんでここへ逃げて来るのがやっとだったな」
あまりの出来事に動揺してる自分を落ち着かせるため大声で独り言を言う。
(万太郎くんが「和田さんじゃないですか」とか言ってたけど知り合いに斬られたのか、まあ理由はともかく段取りが狂ってしまったな、死んでしまったのならそれはそれで魂と幽体が消え去ってしまう前に回収しないといけないのだけど保護箱が無い……あっ、からくり人形があったな)
マンサーチャーの任務においては対象者が死亡してることが好ましいとされている。
説得する必要がないからだ。
たまに特別な理由により対象者が存命中の場合があるのだけどその時は説得して同意させた上で魂と幽体を分離させてから連れて行く。
更に特殊な場合は連盟評議会の承認と本人の同意を得た上でになるのだけど生身のまま連れて行くことが出来た。
身体を伴わない場合は分離した魂と幽体を保護箱へ回収する。
保護箱に回収した時はルナ・ターミナル上空で待機している高速宇宙艇まで行ってそこの担当者に引き渡す。
保護箱が100個になるとアステロイドベルトにある基地へ移送してる。
進之介が一階の八畳間に隙を見ながら戻って来てるけど室内は暗闇の中で静まり返っていた。
万太郎の魂が天井付近を彷徨っていたので両手で掬い取り隣の三畳間に置いてあるからくり人形に押し込む。
そのまま人形を抱いて八畳間を見渡すと猪野親子が静かに横たわり燐光を放っている姿が目に入った。
体を仰向けにして手を組ませ裏庭に転げ出ていってる頭を持ってきて切り口を合わせる。
「ピッタリ合うじゃないか。このまま生き返らせる事も可能かも知れないけど…」
進之介はそれ以上言わずに手を合わせ小さな声で労いを込めた御詠歌を優しく歌う。
一通り歌い終わったところで万太郎の胸の上で組んだ手を右手で掴み強い口調で歌いながら左手で手招きすると身体の回りで揺らめいていた幽体が一本の太い糸見たいになって人形へ入っていく。
「上手くいったみたいだ」
万太郎の魂と幽体を閉じ込めた人形を抱えて屋根上へ移動しようと天井を透視する。
(ちょっとまて、あれは誰だ)
一階の天井と屋根の間には二階がある。
そこでは今、刀による死闘が繰り広げられている真っ最中なのだけど丁度そこの一箇所一人分だけが輝いていた。
透視を使って覗いてみると畳の上で青年が苦しそうにもがいている。
(呼吸困難を起こしている様だ、このままでは死ぬか…どうする)
進之介はこの青年が持つ魂の輝きに引かれていた。
人形を背中に担いで外壁にへばり付き軽業師の要領で二階へ入る。
近くで死にかけている数人から残り少ない生命力を貰い、一目惚れした青年の魂を延命すべく身体に注ぎ込む。
(これで大丈夫、後は踏み潰されないようにすればいいのだけど…)
「うおー!斬り込めー!みんな生きてるか!」
暫く盾の役目をしようと思った矢先に数名が大声を上げながら階段を駆け上ってきた。
(同じ浅葱色のダンダラ羽織を着てるから仲間の筈、後は任せよう。次に迎えに来るまで死ぬなよ)
「土方さん!沖田さんが!沖田さんがー!」
誰かが叫んでいる。
(うん、生きてるよ)
進之介は心の中でそう言いながら屋根へ這い上がっていく。
上から見える宿の周囲は混戦模様で沿道には見物人が出てきていて、遠くには赤い提灯が幾つもうごめいている。
(これじゃあ逃げられない、仕方ないか)
「早く来い!」
屋根上で立ち上がりおもむろに片手を上げて宇宙艇を呼ぶためのビーコン発振器をかざす。
進之介達が巻き込まれた地上での騒動は終わった。
あれから屋根上で呼びつけたステルス状態の宇宙艇に乗り込み今は高度600Kmで地球離脱周回軌道に入っている。
「へえ~これが宇宙というものですか、もっと恐ろしいものかと思っていました」
進之介は猪野万太郎が平然としている事のほうが恐ろしいと思う。
「猪野さんはこれからどうなるのか恐ろしくはないのですか」
「もう死んでしまってるのでしょう、どうしようもないじゃないですか、それより凄いことを体験している最中なのです」
「ええ、そうですねあなたは楽しくお酒を飲んで気が相当緩んでました。そして快楽に酔いしれっている間に突然の死を迎えたので現在も自分が死んでいることを意識していません。ですから見るもの聞くものが全てが新鮮で楽しく思えてることでしょう」
「ああ、だからこんなに楽しくてワクワクするのですか、幽霊になって九太郎に取り憑いてしまったって知った時にはお先まっ暗な気分でしたよ」
「いえ、九太郎と言われましたその人形に猪野万太郎さんが取り憑いているのではなくて、あなたが死なれました直後に私の秘技を持ちまして幽体分離させて魂を安定させる目的で閉じ込めたのですが、まさか人形を支配してあなた自信が覚醒されるとは思いませんでした」
「九太郎とはいつも一緒に居て見せ物をする時には言霊飛ばしを行って魂を宿させてましたからでしょうか」
「それもあるかも知れませんね。それとこれからの万太郎さんの呼び方なんですけど猪野万太郎さんは既にお亡くなりになられてますので今後はマンタロウとお呼びしても宜しいでしょうか。亡くなった人の名前をいつまでも使いますと死者との因果関係に誤解が生じ不具合が発生しかねますので、お願いいたします」
「そうですか、私としては猪野の苗字は残したいと考えますので『イノマン』と呼んで頂けますでしょうか」
「承りました。太郎は付けなくて良いのですか」
「弟の千太郎に託します。長生きできるようにお祈りしてもらえますか、私にはできそうもないのでお願いします」
(それはそうと、私と父が死んだと言う知らせはお袋と弟には届くのだろうか)
「弟さんはあと四十年ほど元気に長生きしますよ」
「わかるのですか未来見が出来るのですね、それなら池田屋の騒動が起きるのも知ってたのですか」
「あっ、落ち着いて誤解しないで下さい、未来見というのは見たいと思う事柄を選んで心を落ち着かせ集中して行うものです。今あなたが言われた事は予知の分類に入ります。予知はいきなり頭の中に閃くもので私にはできません」
「そうですか、私はたまに頭の中に閃く事があるのです。予知が出来るのでしょうか」
イノマンがにやにやしながら楽しそうに聞いてくる。
「それは予知ではなくて予感だと思いますよ、誰にでもあるものですね、例えば富くじに当たる予感がするってな感じです。予知はかなり高い確率でその通りになります」
「わかりました私が感じてるのは予感ですか、心の底にある欲望がもたらすものかも知れません修行を積んで少しでも精度が上がるようにします。それと予知は完全にそうなるというものではないのですか」
(修行を積めば出来るものではないのだけど、まあ本人のやる気を削ぐのは良くないよな)
「さっきも言いました通り富くじに関してはほぼ間違いなく当たるでしょう。しかし、あなたが池田屋の騒動に巻き込まれて死んでしまうのを予知したら決して池田屋には近付かないでしょう。そうでなくても何らかの対策を講じて死を回避することができます。だから予知は完全にその通りになるというものではないのです」
「そうなんですね、じゃあこれからの未来を教えてもらう事ってお願いできますか」
「人の未来はかなり不確定になります。それを教えると言うことは大変危険なことなんです」
「教えてはもらえないってことですか」
「いいえ、私の言うことを十分理解して頂いたけるのならお教えいたします」
「大丈夫です。肝に命じます」
「そうですか、では、予知も同じなのですけど例えばものすごく努力をして将軍になった人に『あなたは将来将軍様になります』と予言すると努力を怠りその通りになれないかも知れませんし下手をすると聞いた時から奢り始め堕落の一途を辿り科人になってしまうかも知れないのです」
「もしも私が将軍になるって言われたら却って将軍に相応しい人物となれる様に研鑽を積み上げていくでしょう」
「そうですか、あなたは立派な考えをお持ちの様です。それでは言いますね」
「準備とか精神統一とか言ってませんでしたか」
「今までおこなった会話の中で整えましたし、同時に見る事もできました」
「へえ~そうなんですね。じゃあ最初は…父は私みたいに救えないのですか」
「結論から言わせて頂くと諦めて下さい。理由はこちら側の事情とだけしか説明できません。ただ突然の死だった為に途方に暮れてましたので魂は人が輪廻のために回る輪に導き幽体は霧散させて故郷である甲賀の里へ風に乗せ送りました」
「父は赤子として生まれるのですか」
「そうなります。もし仮に出会うことがあったとしたら初対面なのに懐かしさを感じると思いますよ」
「ありがとうございます。久留米に残された母と弟は何不自由なく生活していけますでしょうか」
「はい最後まで穏やかに過ごされます。ただこれから暫くはあなた方の消息が途切れたので心配されますが最後は『連絡がないのは良い知らせ』と割り切ってしまわれた様です」
「いかにもおおらかな母らしいです。探しに出なければ良かったです。最後は私の事をお教え願いますか」
イノマンの表情は何も憂うことがなくなり明るくなっている。
「少し疲れました。お茶にしませんか」
逆に進之介はいつの間にか鈍よりとした表情になっていた。
「これは窓ではないのですね」
外部環境モニターを指差してイノマンが言う。
「そうです。そこに見えてるのがあなた方が住んでいる地球という星です。青く見えているところが海です。今ちょうど見えて来ましたここの弓なりになってるのが日本国そしてここの点より小さい場所が京都です」
「私の未来は教えて頂けないのですか」
「私は何かとんでもない間違いを起こした気分なのです。だから教えたくありません。でもあなたに教える事で未来が少しでも良い方向へ修正されることを願って言います」
進之介は大きく伸びをして表情を晴らす。
「未来でのあなたは人の心を弄び大量殺戮を行う『マッドサイエンティストのイノマン』と呼ばれていました。




