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4.和田小五郎

 まだ日も高いここは京都の八坂神社で暮れ六つ時の鐘の音が鳴り響く。

 普段なら誰しも夕食の席で舌鼓を打っているのだろうけど今は祇園の真っ最中、境内は屋台や出店で賑わっている。

 東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地日本支部行動調査チーム移送係でチルドレンサーチャーをしている星乃進乃助は休暇を楽しもうとしてたのだけど普通の木偶人形(からくり人形なのだけど)に心を宿らせて操っている少年をこのまま見逃すにはあまりにも惜しいのではないかと葛藤していた。

 少年の父親が自分達は甲賀の忍びだと暗に指し示すけど息子がキョトンとしているところを見るとまだ何も知らされてないのかもしれない。

(はは~ん、そういうことなら何としてでもお近づきにならなくてはな)

「拙者は旅籠屋池田に宿を取っています。どうですこれから一緒に酒を飲みながら話をしませんか、奢りますよ」

 進之介は小太郎を気さくに誘ってみた。

「それは奇遇です。私共も池田屋に予約を入れていたのですけど確か満室だった筈です。あっ、あなた様も予約を入れていらっしゃったのですね」

「いや、拙者が宿に入ったのは昨夜の事なんだが1階を予約していた客からちょうど解約の知らせを受けた直後で八畳部屋に一人で泊まることになったんだ。広いぞ」

(ああ、折が良かったんだな)

 小太郎は羨ましく思った。

「1階の八畳部屋でしたら僕達の隣ですね、父上宜しいじゃないですか。お誘いをお受け致しましょうよ」

 万太郎がせがんでくる。

(これ以上断り続けると却ってこじれそうだから仕方ないか)

 小太郎は諦めた。

「それではお言葉に甘えてご相伴にお預かり致します…先程も言いました通り私共は節度を持っていませんので不愉快な思いをさせてしまうかも知れません。その節はどうかご容赦お願い出来ますでしょうか」

「そんなことむしろ私がお願いして誘っているのだから全く気にしないで下さい」

(そうなんだな、無礼講だからと大声で言う人に決まって後からの仕返しが大きいのだから困るのだよ)

「これは普通の人形なんだな」

 小太郎たちが片付けをしてるのを眺めながら進之介が言う。

(やっぱり気付いてるのか、はてさて困ったどう言って誤魔化そうか)

「進之介様、お酒の席でつまみ話としてお聞かせ差し上げますよ」

「こら、万太郎失礼な物言いだぞ、それに余計なことを言うんじゃない」

「良いではないか、気負いすることなく元気な子供で私は好きですよ」

「僕は16歳元服も済ませた立派な大人です」

「ははは、それは大変失礼した。では一緒に酒が飲めますね」

「万太郎!」

 小太郎が少し叫び気味に放った。

「僕は大人です!」

 万太郎は折れない。

(ちっ!こいつ進之介さんを味方に付ける気でいやがるな)

「あはははは、良いではないですか一緒に酒が飲めますね」

「星乃様、お願いですから甘やかさないで下さい」

「様はやめましょうよ、それじゃあ私は先に宿へ帰って女将に食事と酒の準備を頼んでおきます」

「分かりました。それでは後程お伺い致します」

 万太郎は星乃が居なくなって気が気でなくなってくる。

「万太郎」

 父が呼び掛けてきた。

(ほらきた)

「何で御座いましょうか」

 手を動かしながら忙しい振りをして聞き返す。

「分かってるだろうな」

「はい十分承知いたしております」

「何をだ」

「お酒は我慢します」

「はあ?まあ酒は程程になそれよりも、あの星乃とか言う浪人者が只者でないことに気付いているのだろうな」

「はいタダ酒を飲ませてくれる好い人で御座いますね」

「お前は子供か?自分で言った言葉の端からひっくり返すようなことはしてくれるなよ」

「わかっておりますとも少し父上にじゃれてみたかったのですよ。あのお侍さんも私たちと同じ異能使いなのですよね」

「見抜いておるのなら宜しい、それと鬱陶しいからあまりじゃれてくるんじゃない」

「僕も最初の一杯位ならご相伴にお預かりしても宜しいですよね」

 万太郎が両手を合わせて拝んでくる。

「まあ、初めてではないし…そうだお前は旅籠屋で出された酒を飲め、私はこの先の酒屋でもう少し良い酒を仕入れてくる『越後さむらい』があるかもしれん」

「あっ、非道ございます。私には安酒を飲ませて自分達だけ良い…極上の酒を飲まれるのですね」

 万太郎が腰に手を当てて上目遣いに睨む。

「旅籠屋が出す安酒だと少し飲んだ位では酔わないかも知れないな、だからと言って腹一杯飲んだりしたら…考えるのをよそう」

 荷物を纏め終わり『越後さむらい』を手にして二人揃って池田屋に戻ると奥から焼き魚の香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。

「早く入れ、丁度良い具合に焼けてきたところだ」

 荷物を自分達の三畳部屋に置き隣の八畳部屋へ入る。

 今晩は特に蒸し暑いのだけど、部屋の中央に七輪が陣取りそこではアジの開きが焼かれていた。

「帰りにさかな屋へ寄ってきて生きが良いところを見繕ってきたんだ」

(生きのいい燻製の見分け方があったら是非教えて頂きたい)

「それは有り難いことです、夕食のおかずでは酒の肴に不向きな場合がありますから」

「そうでしょう」

 進之介が得意そうに言う。

「部屋の中で七輪をよく使わせて貰えましたね」

 万太郎があたりを見ながらえぐるように聞く。

(ここは結構いい部屋だと思うのだけど、床の間があって何て書いてあるのか読めない漢字だけの掛け軸が掛かってるし…こんなのが結構高いんだろうな、白磁の蓋付き壺が置いてある…あっ、もしかしたら見たことはないけどこれが香炉ってやつだろうか)

「こら、あまりキョロキョロするんじゃない」

(しまった。父上から叱られてしまった)

「すみません。あまりにも良い部屋だったものですからつい…ね、見回してしまいました」

(値踏みしてしまった等と言ったらまた叱られるのだろうな)

「あははは、そうですね最初は断られましたよ、でも少し強くお願いしたら許してもらえました」

 進之介が苦笑い混じりに言う。

(暗示を使ったんだろうな)

 小太郎はそう確信した。

「そんなことより、さあ始めましょう」

 十分に焼けたアジの開きを皿に移しながら箸を持った手で対面の座布団を指し示す。

 今度は七輪に鍋を置いて徳利に酒を入れ燗をつけ始める。

(このむし暑い日に熱燗を飲まされるのですか)

 助けを求める目で父親の小太郎を見上げた。

 万太郎がいかに大人ぶろうとまだ成長途中なのは確かなよう。

「すみません。そっちの扉を少し開けて貰えますか」

 進之介が裏庭側の扉を明けながら言う。

 さすがに暑くなってきたのと焼き魚の煙も充満してる。

 両方の扉を開けると風が中庭から流れ込んできて気持ちが良くなった。

「燗をつけた酒は私が飲みますので安心して下さい。どちらかと言うと冷酒はあまり好きではないのですよ」

 進之介が二人を安心させようとする。

「最初の乾杯は冷やでもいいでしょう。私も手土産にと酒を持ってきたのですがこれは冷酒なのですよ」

 小太郎が進之介の意を読み取って言う。

(フン、そうは問屋が卸さないからな、進之介様は下戸と見た。まあ下戸とまでは言わなくても酒が弱いのは間違いないだろう。このくそ暑い日に燗をつけた酒を飲むのだからな、熱燗ならばちびちび飲めるし酒精も飛んで酔いも回らない。何か企みがあって私たち親子と話がしたかったのだろう。万太郎が『酒』の言葉に反応したので酒の席に誘おうと思ったんだろうな)

 小太郎が小脇に抱えた風呂敷を置き中身を取り出すと『越後さむらい』と書かれた一升瓶が現れた。

 それを見た進之介の顔が一瞬で青ざめる。

「五十度・・・」

「おお、流石は進之介様この酒をご存知でしたか」

「ま、幻の銘酒です。良く手に入れられました事です」

(駆け出しの頃に飲まされて死にそうになったやつだ)

「そうですね、これを手に入れるのにはちょっとしたコツがあるのですよ、まあ飲みながらでも話しましょう」

 実は甲賀忍者の必須アイテムになっていて地元周辺の酒屋で合言葉を言うと奥にある秘密の小部屋から持ち出してくれるのだった。

 程なくして三人での宴会が盛り上がっていく。

 進之介は一杯目こそ湯飲みで一気飲みさせられ死にそうになったけど二人の目を盗んで持ち込んできてた酔い覚ましを飲み難を逃れてる。

 その後は熱燗をちびちび飲んで酔った振りを続けた。

 二人との会話を弾ませ特に万太郎が興味を示しそうな物を注意深く探る。

(今はあまり深入りせずしつこくしない事が大切だな)

 進之介はそう考えて宴会は半時程で打ち上げにした。

 時は亥の刻、22時になろうとしてる。

 猪野親子が洗い場へ茶碗を持っていくので廊下側の襖を開けると同時に叫び声が聞こえてた。

「桂さん!ご用改めです。逃げて下さい」

 池田屋の主が叫びながら二階へ駆け上がっていく。

 その直後に地震かと思われる様な振動と怒涛が沸き上がり二階から一人の男が階段を蹴る様にして飛び降りてきて猪野親子を掻き分け八畳間へ入ってきた。

「あっ、和田さんじゃないですか。どうしたんですかこんな所で」

 万太郎が驚きの表情で問いかける。

 目の前に居るのは京都に入ってから別れた和田小五郎だった。

「馬鹿!言うんじゃない」

 小五郎の方へ一歩踏み出した息子の襟首を掴んで引き戻す。

(気付かなければ見逃してくれたかも知れないものを、何と言って誤魔化そうか)

 小太郎がお詫びの言葉を言おうと口を開きかけた。

「御免!新陰流奥義『椿二輪』!!」

 その時既に和田小五郎と名乗った人物は電光石火の勢いで刀を抜き言葉を吐きながら白銀よりも輝く横一線の軌跡を残す。

 猪野親子は同時に寿命が尽きた椿の花のようにその場に倒れ込んだ。

 星乃進之介は七輪の向こうからその一部始終を黙って見ている。

 小五郎のことは知らないけど今ので並大抵の腕前でないことと、もはや話ができる状況でないことを悟ると手にしていた鍋を七輪の真上でひっくり返す。

「椿一輪!」

 畳を蹴って低くジャンプしながら小五郎が叫ぶ。

 七輪より立ち上ぼる多量の蒸気と灰を備前長船清光の刀身が切り裂く。

「ちっ!」

 何の手応えも無いまま裏庭まで飛んで着地する。

 振り返って見るけど進之介の姿は何処にもない。

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