3.池田屋惣兵衛
「父上、今日は普通の宿屋に泊まれるのですよね」
猪野万太郎が父親の袖を引きながら言う。
「ああ、そうだな旅籠屋池田に予約を入れている」
ここ数日は路銀の節約で木賃宿か野宿をすることが多く父が用意したものを食べていた。
「旅籠屋だったら食事付きなのですね、まともな食事が出来るのは久しぶりです。嬉しいです」
「こらこら、それは余りにも失礼な言い方ではないのか、私が作った料理はまともではなかったと言ってるのと同じだぞ」
「父上の仰る通りでございます。道端や野原に自生している草花を米粒と一緒に炊き込んで野菜粥と言うのは余りにも酷いとは思われませんか」
(しまった。思ってないからこそあんなに堂々と振る舞ってたんじゃないか)
万太郎は別の言い方にすべきだったと思う。
「いやいや、お前は雑草と言っているがあれは立派な薬草だから、薬草と言えば嫌な顔をするだろうから親切心に野菜と言ってたまでだぞ」
(そういえば薬草みたいな香りはしていたかな)
「それにだ途中から一緒になった和田小五郎とかいう素浪人も何も言わずに食ってたぞ」
(そら頂いた食事を『不味い』とは言えませんよね)
「路銀を落としたって本当だと思われますか」
「浪人様だ『スリ』に遣られたとは言えんだろう。まあ無難な言い訳だろうな」
「無事に知り合いと会えると良いですね」
「そうだな何人か居るので近いところから訪ねてみると言って別れたから、直ぐに再会するかも知れないぞ」
「あまり会いたくはないです。あの人嘘つきでしたでしょう」
「ほう、それでどの辺りがだと思うかね」
「そうですね。まず一つ目はさっきも言った『路銀を落とした』は嘘です。あの人からはお金持ちの匂いがプンプンしてました」
「貧乏品のひがみか、育て方を間違えた覚えはないのだがな」
「・・・」
「他に気付いた事は何かな」
「もう言いたくありません」
「あははは、悪かった次は揚げ足を取ったりしないから聞かせてくれないか」
「じゃぁ言います。名前が嘘です。あの方は小五郎なんて半端な人ではないと思います。もしかしたらもっと高貴な人かも知れません。そんな口調でしたでしょう」
「そうだな醸し出す雰囲気も只者ではなかったかな、私の見立てではあれは忍者だよ、おそらくは長州藩萩の忍びだ」
「精神共有をされたのですか」
「いや、そこまではしていない軽く読心を当てただけだ。相手の力量も分からないまま仕掛けたんじゃ返り討ちに遭ってしまうからな」
「そうでしょう。そうでしょう。私は最初から恐ろしくて近付きたくもなかったです」
「しっかり見切っていたな。大したものだ」
「お褒め頂き有り難うございます」
「喋り方を聞いただけで分かる様になれば一人前だ、彼は純粋な山口弁を隠そうともせずに喋っていたな」
「私は久留米弁です。父上も久留米弁ですが時々京都弁みたいな訛りをされてます」
「出身が滋賀だから時々そうなる。これを誤魔化そうとして使うと違和感が出るからやめたほうがいいと思ってそうしてる。お前は京都弁を使おうとするな、それこそ間者と間違われて痛い目に遭うぞ」
「承知致しました十分気を付けます。痛いのは嫌ですから」
「まあ、危なさそうな所には近付かなければ良いだけの話だ」
「分かってますよ、君子危うきに近寄らずです。だから人形劇も神社やお寺の境内を借りて行っているのでしょう」
「そうだな、神仏の目の前で悪さをしようなんて罰当たりはそうそう居やしない」
「先に旅籠屋へ行きますか」
「ああ、ちゃんと到着したことを知らせとかないと晩メシが出ないかも知れないからな」
「それは大変困ります。出きるだけ早く行って知らせましょう」
「そんなに急がなくても宿は逃げたりしないから」
「いえ、ほら町中に旅装束の人が多く見受けられます。早く行かねば宿泊を断られるかもですよ」
「祇園なのだから近隣国から大勢来るだろうしまだまだ増えると思う、そのために部屋まで指定して予約を入れている。それにだ、あそこの主人とは昔馴染みなので大丈夫だろう」
昼過ぎに池田屋に到着するけど帳場に誰もいないので声を掛ける。
「ご免!うぉっほん、ごめん!」
別に謝っている訳ではない。
「誰かおらぬかー!」
「は~い、お待たせ致しました」
女中が出て来る。
「本日予約していた猪野小太郎と申す、主人にお目通り願いたいのだが」
「はい、しばしお待ち下さいませ」
女中が来た時と同じ足取りで奥へ引っ込むと入れ替わる様にして中年男性が足早に出て来た。(ははぁ~ん、さては様子を伺っていたな)
「うん?主人を呼んだのだが」
「はい私が池田屋二代目の入江惣兵衛にございます。もしかして父の三太夫をご存知なのですか」
「そうだな、ここが開業したての頃だったから二十年ほど前になるのかな」
「父は半年前風邪をこじらせて死にました」
「それはお悔やみを申し上げる。父上殿とは手紙のやり取りをしている仲だったのでな」
小太郎はそれ以上は言わず黙祷と合掌をする。
(半年前といったら旅に出た頃か、出立前に出した手紙は読まれたのだろうか)
「私は猪野小太郎と申す。あなたのお父上がお亡くなりになった頃と今から七日前に手紙を送っているのだが届いているのだろうか」
「はい、私のほうで承っております」
「それは良かった。では部屋は取れてるのだな」
(あっ、父上は確約してなかったんだ)
万太郎はもしかしたら今晩は野宿だったのかもしれなかったのだと不安に思う。
(まあ確かにこちらから文を出せても返事をもらう手だてがないものな、一方通行なのは仕方ないか)
「おい、部屋に上がるぞ」
小太郎に急かされて土間から板の間へ上ると女中が障子を開けて待っている。
中へ入ると結構狭い。
「狭いのですね」
ボソリと本音を漏らしてしまう。
「本当に来るのかどうか分からない客のためにいい部屋を空けておく訳にはいかないだろう」
「それもそうですね」
万太郎は仕方ないかと諦めて奥の障子扉を開けると裏庭に直接出れる。
親切に草履まで置いてあった。
「裏庭も自由に使って良いのですよね」
(しまった。少し嫌味っぽかったかな)
「荷物を置いたら昼飯を食って、明日の興業が出来そうな所を探しに行くからな、そうは言ってもまあ八坂神社が無難だから、そこの神主さんに会いに行くのだけどな」
「それでは早々に終わらせましょう。それから夜まで市中観光をゆっくりしても宜しいですか」
「一人で大丈夫か?」
「父上、私はもう立派な大人ですよいつまでも子供扱いしないで下さい」
「あはははは、お前は死ぬまで私の子供には違わないのだから諦めるのだな」
「・・・」
万太郎はそれ以上反論することは止めた。
確かに父親であるのだからその言葉に従うしかない。
翌日の6月5日も梅雨の最中だというのに朝から良く晴れてむしばむ暑さになりそうな気配がしてる。
小太郎親子は朝一番に朝食を済ませ、八坂神社境内で腹話術からくり人形劇の準備を始めた。
「今日はお前が仕切ってみなさい」
父から突然言われて準備の手が止まってしまう。
「父上ここは人が多過ぎます。私が口上するのはもう少し小さな場所で子供相手にしたいです」
「いつまでも子供みたいなことを言っとるんじゃあない。遣らないか」
「分かりました遣ります。でも最初は父上が行って流れを作って貰えますか」
万太郎は小太郎に逆らえない。
それでも条件を出して自分が少しでも楽になるように仕向ける。
だから手本を見せて欲しいではなくて芝居の流れを作って欲しいと提案した。
最初にベテランが芝居をして道行く人を引き付け、その後を中堅が引き継ぎ修行を兼ねて口上する。
途中、疲労の限界が来る前に交代してもらう。
これを繰り返して一日遣り通す。
誰も居ない空白時間を儲けない事が必要だ。
見物客が一人でもいいからその場に居れば良い。
二人して疲れたら人形に飴を持たせ椅子に一人で座らせておくと通り掛かった子供の殆んどは足を止めて目を合わせる。
『飴を買ってよ』
腹話術で人形が言う。
それだけでも結構な稼ぎになるし、飴を買ってくれたお客様はその場に留まってくれることが多い。
それに猪野の人形は異能によって心を持つ。
相手を見て表情を変えながら言葉を選ぶ。
「キミ、可愛いね」とか「ボク、格好いいね」とかだ。
今は万太郎が扱っていて言葉を掛け合う毎に表情がくるくると変わっている。
その様子を取り囲む見物客の後ろから侍崩れの風体をした人物が鋭い目付きで見ている。
昨夜偶然にして猪野親子と同じ宿に入った星乃進之介であった。
でもまだその事をお互いが知るところまでは至っていない。
進之介はからくり人形腹話術を見て直ぐにその本質を見抜く。
(あの少年は人形に心を宿させているのか、大人の方は年齢が守備…いや規定範囲外だから連れては行けないな、しかしあの年齢であそこまで心を操れるとは、あれは天性の才に恵まれている。絶対に欲しい違う違う、連れて行って仲間にしたいな)
進之介は後を付いていこうと考え気配を消す。
気配を消したものだから頭とか肩で雀が飛び回ったり休んだりして遊ぶ。
その様子を見た子供達が面白がって集まってきた。
目立たぬようにと気配を消したのにこれでは逆に怪しまれる。
(仕方ないか)
「凄く素晴らしいからくり人形劇でした。拙者は東山の星乃進之介と言う者です。旅のお方とお見受け致しましたので今晩だけでもお話をお聞かせ願えないでしょうか」
父親の方へ話し掛けた。
「これはご丁寧に痛み入ります。私は甲賀の猪野小太郎と申す下品の者でございます。今は筑後の国久留米で生まれた息子の万太郎を連れて里帰りの途中で御座いますればどうかご容赦願えないでしょうか」
小太郎は進之介が只者でないと即座に判断してる。
(このお方が目に入った時から読心を飛ばしているのだが全て弾かれている。桑原桑原だ)
危険な人物には関わりたくないと必死に願った。
(こいつ、自分は甲賀の忍びだから見逃せと言うのか、本当に忍びなら却って好都合だな)
進之介は決心した。




