48.潜入2
冥王星の地表温度は絶対零度に近いマイナス220℃に達してる。
そんなとんでもなく冷たい窒素の外気が一気に車内へと流れ込んできた。
誰もが宇宙服を着用していてもヘルメットグローブまで被ってはいない。
装甲車に乗っている研修生は全員地球出身者なので慌てながらもフルジャケットにして体温を上昇させていく。
バード星人のノスリ副官だけは短時間でも体温が下がると全く動けなくなってしまってる。
「動くな!!」
装甲車のスライドドアを開けた張本人である石井光一の中に潜むイノマン十太郎が暗示を掛けるため大声を放つ。
訓練生のヘルメットグローブ内通信アクセスは常時オープンになっているので拒むことはできない。
彼らは精神攻撃に対処するための教育を受けておらず知識にも乏しかったので全員がなす術もなく暗示に掛かっていく。
装甲車はそういった中でも目的地にセットされたコースを自動走行してる。
そして先行調査に携わっていた高速小型艇1号機の残骸を越えた辺りで輸送艦キャメロットが見えない位置に達していた。
通信状態も極めて悪くなっている。
「こちら地上装甲車1号通信訓練生ワカバ、ポイントA無事通過周囲異状なし」
イノマン十太郎が訓練生の声色を使って定時報告した。。
「定時連絡はベンガル隊長がするのではなかったのか」
輸送艦キャメロットで指揮を取ってるハービー艦長が不審に思って聞く。
ベンガル隊長自らが現場に出ると言って譲らなかったので上官に逆らう術もなくノスリ副官を同行させている。
「もう目の前に2番機小型艇のコクビット残骸があります。ベンガル隊長が自分も現場に行くと言い張りまして、今は後方ハッチでノスリ副官共々待機中です。よって私が代理を命じられましたので報告してます」
上手いこと誤魔化す。
「そうか理解した。ノスリ副官も一緒に出ていくつもりなのかな困った人達だ、くれぐれも安全を優先するようにお願いする」
「できる範囲で努力します」
無難な返事をする。
これから危険な目に遭わすのだからあまり豪語するようなことはしない。
「次の定時連絡は30分後だったな、2番機コクピットの調査が終わってれば良いのだけどまた君がしてくるのかな」
「その時の状況によると思われます。隊長がお戻りであれば当然隊長が報告するでしょう、私が他の任務に就いていれば代理の代理になるかも知れません」
「了解した、ではご安全に以上通信終わり」
「ご安全に、通信終わり」
十太郎は2年前のあの時を思い出しコクピットをそのままの状態で残しておいて本当によかったと思う。
(コクピットは2年前に調査完了してるしペニーが資料を纏めてくれてるからもう用はないよな)
十太郎はポケットから小さなスイッチを取り出してボタンを押す。
(これで後はドール達が来るのを待つだけだな)
周囲で磁気嵐が発生してその規模が段々と大きくなっていく。
それによりただでさえ通信状態が悪い環境が更に悪化した。
ついには全ての外部環境情報が途絶えてしまい輸送艦キャメロットのメインコンピューターAIが非常事態宣言を発信しだす。
「ベースよりモービルワンそちらの現在位置が確認できなくなったが大丈夫なのか、返事願いたし」
ハービー艦長が焦りを見せながら通信機にしがみついてる。
敵による攻撃かも知れないので隠語を使う。
「ザーザー・ガーガー」
雑音しか返ってこない。
「装甲車1号応答願う!」
改めて呼び掛けた。
「艦長、一時的なものだと思いますので少し落ち着いて様子を見ましょう」
ミズドリ艦橋主任が優しく声を掛け安心させようとする。
「一時的なものだろうか、君は直ぐに回復すると考えてるのだな」
「直ぐにとは言い切れませんけど、いつまでもこのままではないとは断言できますよ、今までこんなことはなかったでしょう」
「それもそうだな、ここは大人しく回復を待つことにしよう」
焦らなくても良いと考え直したハービー艦長の青色掛かった顔色が元に戻っていった。
「前方上空にて装甲車1号よりの信号弾確認、橙一つ黄色一つ青二つです」
環境担当のカエデが報告してくる。
「流石は訓練生、教科書にしか載ってないようなことを躊躇いもなく実行するのだな」
全ての電子機器が使えなくなったとしたら人間の五感をフル活用すれば良い、ただそれだけの話。
「異常発生、軽度障害、任務継続で良かったでしょうか」
カエデが改めて翻訳してきた。
何処から取り出したのか双眼鏡を手にしてる。
「ああ、そうなるな」
少し笑みを浮かべてみる。
「予定通りに帰ってこないかも知れませんね」
「帰還時刻になったら信号弾を打ち上げてくれないか、ああ、そうだな通信障害が回復しない時の話だけどな」
「了解」
それでも1人で艦長席に座っていると重圧がじわじわ押し寄せて来そうな感じに陥っていく。
「アルコールが飲みたいな」
思わず口を滑らす。
室内に居た部下や訓練生の非難の眼差しが一斉に飛んできた。
(あ~あ、孤高なる責任者は愚痴もこぼせないのだな)
「水飲みイヤ、トイレに行ってくる」
ハービー艦長は席を外せる口実を言って操舵室を出ていく。
輸送艦キャメロットの周囲は着陸した時と同じ風景を呈している。
磁気嵐は目には見えないものだから。
残骸と成り果ててる調査隊高速小型艇コクピットを目前にして石井光一の記憶が覚醒しようとする。
それをイノマン十太郎は押さえながら仲間の到着を待つ。
イノマン地下研究所の面々は全ての電子機器が使えなくなったのを確認してから活動を始めていた。
先ずは十太郎が待つ装甲車の直ぐ近くで研究所へと続くスロープが口を開きいつもの作業車が姿を現す。
「いやに早かったな」
「時間に追われてますからね」
「ハッチの下でいつでも飛び出せる体勢で待ってたのですよ」
「さあ、急ぎましょう」
ドール、ポンド、ペニーの順番で言う。
3人がバタバタと作業車から機材を運び込みベンガル隊長、ノスリ副官と6人の訓練生に記憶を改竄するための装置を取り付けていく。
バード星人のノスリ副官についてはその前に体の回復を行う。
ドールとポンドが8人の乗組員に取り付いて忙しくしている。
イノマン十太郎は報告書改竄に必要な最新データーを求め極寒のコクピットまで歩いていく。
当然フル装備でだ。
その間ペニーは装甲車のAIをハッキングして一人言をブツブツ言いながら持ち込んできた記憶装置を新たに追加してキーボードを叩く。
ペニーが何をしてるのかというと、地上装甲車が輸送艦キャメロットに回収された時にキャメロットのメインコンピューターAIとリンクして人間の自律神経を一次的に麻痺させ記憶を改竄させる音波を発信させるようにセットしてる。
その効果は卵から生まれたばかりの雛鳥が最初に見たものを親と思う記憶の刷り込みを応用したもの。
ドールとポンドが最初から調査隊の一員であったと思わせる様にするためだった。
あとは輸送艦キャメロットが地球防衛基地へ帰って基地のメインコンピューターAIとリンクした時にドールとポンドの在籍データーを改竄するようにプログラムしてる。
「地上装甲車1号ハービー隊長他10名予定時刻より遅れながらも無事に任務完了し帰還した乗船許可を願う」
ハービー隊長は何の問題もなく任務完了したと思っている。
まあ、体感時間より大幅に現実時間が過ぎていた事については疑問符を投げ掛けたが宇宙空間ではよくある事として取り扱われていた。
例えば1人宇宙服を着て宇宙空間で作業を行っている時とかに体感では10分くらいしか過ぎていないと思っていても実際には10時間経っていたという実例がゴロゴロしてる。
(あれ、地上調査隊は11人いるで良かったんだよな)
ノスリ副官は記憶の奥底に何かが引っ掛かってる感じがしたけど何より隊長が帰還したことにより重圧が掛かる任務から解放された喜びに満ちていた。
出ていく時より2人増えて帰って来てるのだけどイノマンクローン達のあれやこれやの誤魔化しで深く追及されずに済んでいる。
「了解した。検疫後地上装甲車1号よりの降車を許可する」
たとえ上官であってもルール上の規律は守る。
外部の磁気嵐は発生から半日になろうとしてるのだけどまだ収まっていない。
よって輸送艦キャメロットのメインコンピューターAIは未だに沈黙させられたままになっていたので地上装甲車AIに持たせたプログラムを簡単に実行させることが出来た。
輸送艦キャメロット内に居る全ての人は五感をフルに働かせて聞き耳を立てながら装甲車の回収作業をしている。
そんな時に暗示力を持たせた音波が艦内スピーカーから流れ出して精神攻撃を受けては抗う術もなく受け入れてしまう。
そんなこんなでイノマンクローン達の企みは全て事もなく上手く進んでいく。
「今回の調査で石井光一を名乗る人物はイノマンクローンの身体を手に入れた先見調査隊研修生の1人で間違いない事が確認できた。だがイノマンの意識が脳の最深部で眠っていないとも限らない」
「それは驚異であって危険人物として扱わなくてはいけませんね」
ノスリ副官が言う。
「その通りだ、しかし監禁したり自由を奪ったりしていてはイノマンは現れないのではないかとも考えられる」
「だから常時監視下において他の研修生と同じく行動の自由を与えるのですね」
研修生統括責任者のサシバが最後の美味しいところをかっさらっていく。
地上装甲車が輸送艦キャメロットへ回収されて検疫が始まるとノマン十太郎は石井光一の意識最下層へ沈んで行く。
それでも石井光一の意識は強い暗示に掛かったまま目覚めることはなかった。
そうしてイノマンクローンの3人は任務を終えた冥王星調査隊に紛れ込み地球防衛基地へと向かっている。




