45.イノマン石井光一
冥王星地下にある研究所では4人のイノマンクローンが固唾を飲んで地上での出来事を見守っていた。
「す、凄いね」
最初に一番年下のポンドが口を開く。
ポンドは冥王星に到着した時18歳の新たなクローンへ移っている。
「何かもう開いた口が塞がらないみたいな感じでしたね」
そう言うペニーと2人の兄は18年前に冥王星2代目クローンが10歳まで育った時に移っていたので今は3人とも28歳になっていた。
そろそろ揃って3代目クローンへ移ろうとしていた矢先にスターキッドで冷凍状態のポンドがやって来たので1体譲ってる。
残り2体になったクローンに誰が移るのかをまだ決めていなかったしその件に関して誰もがあえて話題に上げていない。
「取りあえず上に行って状況の確認をしないといけませんね」
クローン培養槽を出てからの人生経験が一番長い十太郎が提案した。
「既にみんな死んでるとしか思えない状態ですよ」
「そこは生存者を探し出し助けなくてはいけないに訂正して言い直して下さい」
「冗談よ、冗談、でもぐちゃぐちゃ死体は見たくないのは本当よ失神してしまうかも知れない足手まといにはなりたくないの……だからそのそれは兄さん達にお任せして良いかな」
「じゃあペニーはここで留守番と監視をしてるといい、後続の調査隊は2年後にならないと到着しないけど、この惨事に気付いた艦船が近くに居ないとも限らないから気を引き締めてやらなくてはいけないよ」
「わがままを聞いてもらってありがとう、十分気を付けて監視する、兄さんも何か気付いたら直ぐに連絡してよ最近はレーダーに引っ掛からないステルス艦なんか増えてるみたいだしさ」
「分かった何かあったら直ぐに連絡する」
2人の兄は宇宙服を着込み防寒対策をを十分に施した作業車で地上に出る。
収納式のドームも地上に出していた。
「生存者の確認を第一にする」
「モニターで見れてた2番機のコクピットですね」
「ああ、人命が助かる可能性があるのはあれだけだ」
観測小屋に突っ込んだ1番機とそれに追突する様に突っ込んだ2番機は内部爆発で粉々になっていくのを地下研究所で見ている。
だから3人を乗せた作業車は爆発の勢いで吹っ飛んでいった2番機のコクピットへ向かって一直線に進んで行く。
「そもそもあのタイプの小型艇はコクピット自体が脱出カプセルを兼ねているものが多いからな期待が持てる」
「何人くらい乗ってますかね」
「定員は4人になってるな」
「4人も一度には救助できないですよ」
「助かる命は助ける助からない命は助けないで良いだろう非難する人は誰も居ないだろうからな」
「それもそうですね、あっ見えました」
「やっぱり脱出カプセルをを兼ねてたな」
「開口ハッチがこっち向いてませんか」
「ラッキーだったかな、これで外に出なくて済みそうだ」
十太郎とドールが脱出ポットと化したコクピットへ入って行く。
ポンドは作業車で待機してる。
乗員1名を救助してドームへ戻るまでに要した時間は約1時間。
絶対零度に近い冥王星の地表で活動する限界時間だった。
「3人とも先に熱いシャワーを浴びて身体を暖めなさい、私が彼を診てるからリビングに用意してるコーヒーを飲むといいよ」
ペニーは作業車がドームへ戻って来る間に短距離通信でやり取りしてこれから優先してやらなければいけないことを実行している。
「ありがとう、そうさせて貰うよ」
「1人しか乗ってないなんて今でも信じられない」
「分からないことがあったら直ぐに聞くんだぞ」
ポンド、ドール、十太郎が順番に声を掛けそのままシャワールームへ入って行く。
(3人同時にシャワー浴びるのよね、時々やってるみたいだけどどんな風にしてるのか気になるじゃない……次こそは私も一緒に入ってやるわ)
ペニーはそんなことを考えながら救助された唯一の乗務員を作業車から運び出す。
(このコールドスリープカプセルを緊急救命用にも活用できるカプセルに改造していて本当に良かったと思う)
十太郎は日頃から貧乏性の性分みたく何かしらを改造していた。
コールドスリープカプセルも2つあるから1つは別の用途でも使えるように改造だなとか言ってドールとペニーを丸め込んでいる。
他にもやらなければいけないことは色々あるのだけど今は瀕死の生存者を早くクローンへ移すことを優先させなくてはいけない。
「氏名は石井光一25歳男性地球出身、遠距離航行訓練中に地球標準時間1920年11月11日0時30分冥王星着地時スリップ事故で両足骨折と脊椎及び内臓損傷により瀕死状態のため記憶と幽体をクローン体へコピーする」
ペニーは音声データーとして記録した。
(これが一番簡単だし楽だものね)
当然録音しながら作業も進めている。
(しかし全くの赤の他人に貴重なクローン体を渡すってのもどういう了見なのかしら十太郎兄さんにもっと詳しく聞かなくては納得できやしない……にしても外傷が本当に無いのには助かったよ)
ペニーはクローン体へ移す前準備で石井光一を素っ裸にして体を丁寧に拭き上げていた。
丁度拭き上げが終わった時に十太郎がタオルドライしながらペニーの横に並ぶ。
「何だ、拭き上げはもう終わったみたいだな」
(もしかして兄さん扉の外で嫌な仕事が終わるのを待ってたんじゃない)
少し怒りに似た感情が込み上げてきたけどそれより羞恥心が勝っていた。
イノマンクローン体には生殖機能を備えずその代わり生命維持に重点を置いている。
だからペニーにとって裸の異性体は抵抗があったし仕事としてでなくてはとても触れるなんてできやしない。
今まさに体の拭き上げが終わった石井光一は普通の生身の地球人で当然の様に生殖機能が備わっていた。
「何よ、手伝うならもう少し早く来るとか連絡するとかしなさいよ」
自分の顔が赤面していくのが分かるので誤魔化すように言う。
「今から手伝うというか仕事を増やして悪いのだが私も一緒に移ろうと思ってな」
「!!」
(なんてことを言い出すのよ)
「移るって何処によ、まさかこの重傷者の記憶と幽体を移すクローンへ一緒に入ろうって訳じゃないよね2人も入るなんて無理……」
(本当に無理なのかなあ地球人の中には2重人格者が実在してるという報告を読んだことがあるよね)
「その通り、多重人格者の存在が否定できない限り可能性はあるのだからな」
「でもクローンならもう1体いるのだからわざわざそんな危険な賭けをしなくてもいい筈よ」
「最後の1体には君が入ることになった。さっき3人でシャワー浴びてる時にそう決めたんだ」
「はあ~、一体全体男3人で狭い個室に入って何をしてるのか気になっていたけどまさか私をのけ者にして大事なことを決めていたとは思いもしなかったわ」
「いや、たまたまそう言う話の流れになってしまったのだ、ほら3人分のクローンを育成してたけどポンドが来て入りそして今は重傷者に渡そうとしてる。見捨てるという選択肢もあったのだがな、私も地球人と一緒に入ることで色々試してみたい事も出来るからな」
「分かるわ分かるけどさそういう大事なことを決める時には4人揃って話し合いましょうよ、私だけ事後報告で済まされるのは嫌よ」
「そう思いもしたけどな私はあの狭いところに4人も入れないと判断したんだ、ドールはペニーを呼ばないとあとが恐いと言い出したんだけどいやはやまったくどうしたものだったのかだな」
十太郎はポーカーフェイスで平常心を装っていたけど内心ハラハラしてる。
「そ、そうねそんな所に行けるわけないしもし行ったとしてもまともな思考はできなかったでしょうね……イヤ違うしそもそもミーティングルームで話し合うべきでしょう」
ペニーは顔を赤らめ羞恥心全開で話し出したけど段々と怒りが高まってきた。
「天才の閃きってのはリラックスした場所で突如として頭脳を横切るものだからな」
「言い訳にも聞こえないよ、でももう決まったことだったら今更反対しても意味がない、それでどうしようってのよ」
イノマン地下研究所に運び込まれたストレッチャーに乗った石井光一は瀕死状態が続いているので素早くクローン体へ移さなくてはいけない。
1分1秒がオリハルコンよりも貴重な時に十太郎がやって来た。
だからといって2人は手を止めることなく作業を進め新しいクローン体に石井光一とイノマン十太郎の記憶と幽体を入れることに成功する。
「上手くいったようだな」
新しいクローン体が目を開けて言う。
「あなた十太郎兄さんでいいのよね、あの人の意識も一緒に覚醒してるのかな」
ペニーはロング白衣を既に体の上に被せていたので目のやり場に困らない。
「多重人格というものは1人づつが入れ代わって表に出てくるもの、私が譲らない限り石井光一の意識は眠ったままになっている」
「兄さんが眠ったりしたら出てくるんじゃない、それこそ夢遊病者みたいになったりしてさ」
「大丈夫だよ睡眠中も私は私のまま、その意識は常にイノマンが持つ探求者としての道を譲らない」
「そうなのね、だったら最後の1体に私とドール兄さんとポンドが入れるのよね」
「それは難しいだろう、私達イノマンクローンは元々1人の人間より分かれたもの、ここで1人の人間、クローンも人間だからな、それに皆で入れば自ずと融合して新しい人格を形成するだろう、それはペニーでありドールでありポンドでもある1人の人間、多重人格者にはならないはず」
「わかったわ兄さん、今まで通り十太郎兄さんと呼んでいいの」
「ああ当面はそうしよう、私は上に行ってこれからの事を打合せする、ペニーは不眠不休で疲れただろうから眠るといい」
十太郎はそう言って出ていく。
研究室に1人残された彼女はまたのけ者なのかとやるせない思いに駆られていった。




