44.冥王星調査隊
冥王星で育っていた新たなクローンに移って目を覚ましたポンドは徐々に正気を取り戻していった。
「この20年間の出来事については食事をしながらでも話そう」
十太郎としてはその場は誤魔化したかった。
ここは地下の研究所なのでポンドが過去の記録データーを見せろとか自分の脳にダイレクトコピーして欲しいとか言い出す前に退室しなければと思っている。
「そうよこんな殺風景な部屋に長居は無用よ」
ペニーも同意しているみたい。
「僕にとっては凄く懐かしい場所なんだけどね、それにバーナードの研究所からすれば遊園地みたいにきらびやかだよ」
ポンドは昔一緒に暮らした頃を思い出している。
「銭太郎は遊び心に欠けてたからな」
(お兄さんがそれを言うのですか)
ペニーが思わず横睨みした。
(地球防衛基地時代を生きた兄さんたちにはゆとりがなかったんでしょうね)
ドールはオリジナルの下で命令されて生活していた兄達を時々哀れに思う。
ポンドがストレッチャーを軋ませながら起き上がろうとした。
「わ、私は先に上で食事の準備をしてるわね」
ペニーが顔を赤らめて小走りに部屋から出ていく。
ストレッチャーの上で寝ているだけなら喩え彼が丸裸でも研究者の立場で見れて全然平気なのだけどその彼が立ち上がり動き始めるとなると話が違い全く平気でなんかいられなくなった。
「情報は色々とありますよ。だけどそれを聞くにお兄様はもう少し元気を取り戻してからですわ」
ダイニングリビングでイノマン十太郎とドールそれに服を着たポンドを迎え入れたペニーが静かに茶化しながら言う。
日頃から生真面目な彼女は嘘が付けない性分だった。
(もうそれだけ聞けば十分かな、あまり良い話ではないようだ……生きてさえしてくれていればいいのだけど)
ポンドはテーブルの上に並んだ料理を見ながら最後に会ったリラの表情を思い出そうとしている。
冥王星のイノマン研究所メンバーにポンドが加わり様々な方面にわたる作業や研究がなされたけど地表に建造物を作ることだけは行なっていない。
作る計画を立てるとそれと一緒になって連盟がやって来て破壊するのではないかとの嫌な思い出がフラッシュバックしてくるから。
ただ26年前の惨事を知らないポンドは地表に小規模な建造物を作ることに拘っていた。
それから暫くは何事もなく穏やかな日々が過ぎていったのだけどポンドがハリボテに近い天体観測所を地表に建造してる。
当然冥王星周辺宙域の監視も兼ねていた。
地球防衛基地から調査隊がかなりゆっくりとした速度でこちらに向かってきていることは百も承知の上。
その調査隊より高速小型艇が飛び出し先行調査に来ていた。
「彼等もここまでやって来て何の収穫もなく白紙の報告を提出する訳にはいかないだろうからな」
イノマン十太郎が衛星軌道を周回している高速小型艇をスクリーンで眺めて言う。
「何もなければ報告材料を求めるあまり地表を撃ちまくり始めるかも知れないですからね」
「だから上に観測所を作るのを認めたのよね、長い年月無人になってる様にカムフラージュするのは大変だったけど面白かったね、後は私たち努力の成果を見て回っただけで満足して帰ってくれるといいのだけど」
ペニーが嬉しそうに期待して言う。
「ドームも出したままにしておけば良かったんじゃないですか」
ポンドが来てから地上ドームを地下に収納出来るように改造してた。
「あれは地上を粉々に破壊された後で最初に再建した記念碑みたいなものだからそう易々と壊されたくはない想いがあるかな」
十太郎が腕を組み上空の調査隊に注意を傾け何かしら考え込んでいる。
「それにしても2隻だけで先行してくるなんて無謀すぎた計画だと思いますよ」
ポンドが言う。
「ポンド兄さんの行動も似たようなものだと思いますけど」
ペニーが辛辣な眼差しを向けた。
(バーナード星から単騎でやって来るのもかなり無鉄砲な行為だと思いますよ)
「ここで攻撃される事は想定してないのでしょう」
「危機管理の欠如ですね」
「さっさと終わらせて戻りたいのですよ」
「そうね高速艇で往復できるギリギリの距離に入ったからなのかな」
ペニーが十太郎に視線を向けて意見を求める様にしてる。
「後続の調査隊はまだ海王星の彼方を進んで来てるだろうここからの距離は大体12億6千万キロだ、理由は分からないが低速の輸送艦を連れているから進行速度は秒速20キロがいいところ、ここまで来るのにあと2年は掛かる。だけど高速小型艇だけを先行させて調査させれば10日で着いて5日間滞在したとしてもひと月あれば任務完了と言えるはず、ほぼ2年の歳月とその分の燃料費が丸儲けと言う訳だ」
イノマン十太郎が頭の中でササッと計算しながら教師みたいな口振りで説明した。
「それにしても本当に忘れた頃にやって来たのね、ここでのことは些事として扱われているのだと安心してたのにね」
うんざりとした気分を晴らすように明るい表情で振る舞い自分に言い聞かせるように言う。
「あちらの事情だろなサジタリウス艦隊がここを蹂躙しながら通り過ぎてから21年も経過した後に出発してるのも何かしらの理由はあるのだろう」
十太郎はイノマンになりきってその場を乗り切る。
「あれかしらバーナード星域で銭太郎兄さんのイノマンが15年前に拘束された事と関係してるのよ」
(憶測だけど多分ね)
ペニーが言う。
「そうだと思いますよ通信傍受によって得られた情報では冥王星にイノマンが健在してる様になってましたからね当然でしょう」
ドールが補足する。
「銭太郎兄さんとペニーの安否を知る上でも何とかしてあの調査隊に潜り込めないでしょうか」
ポンドが重い口を開く様に自分の考えを告げた。
「そうねだったら招待しましょうよ、上のハリボテ小屋に明かりを灯すのそうすれば調査隊の方々は血相変えて凄いスピードで降りてくると思うよ」
「それは面白い考えだな、奴らは獲物を前にして尻を叩かれたハウンドドックみたいになってやって来るぞ」
十太郎はイノマン口調が抜けきれない様子。
ペニーの意見を取り入れて地表の天体観測所に電源を供給した。
太陽系の最外殻に位置する氷の惑星は太陽から届く弱い光を受けて薄くキラキラと青色に光っている。
その近日点で突然白色光が輝く。
「何かが爆発したぞ」
冥王星衛星軌道を周回していた高速小型艇のコクピットで先遣隊隊長スピッツが叫んだ。
「爆発ではありません。上空に向けたサーチライトです」
外部環境監視をしていた通信士トイが訂正する。
(何でそんなものがあるのだ、それに何でこんなタイミングで点くのだ意味がわからんぞ)
スピッツ隊長は恐怖にも似た感情に襲われて身震いした。
「よしあの場所が呼んでるのだ直ぐに着陸するぞ」
(オレは臆病者じゃあないからな)
顔を赤らめ大きな声を出す。
大声には反対意見は聞かないという意思表示も暗示している。
「2番機キャプテン・イシイに連絡、遅滞することなく当機の後に続く事。今まで行っていた訓練の一環だと思って実行すれば何も問題は起きない緊張しすぎないようにすれば大丈夫」
自分に言い聞かせるように言う。
「2番機イシイ了解!遅滞なく後続する」
イシイの復唱を確認した隊長艇は高度を下げていく。
「タッチダウン!」
スピッツ隊長が吠える。
「地表が凍っていますのでブレーキは使えませんし大気も薄いので逆噴射の効果も薄いです」
操縦士のシバが今更のように泣き言を言う。
「アンチグラビティデバイスを使う機関士用意」
艦内マイクを使って告げる。
「準備ヨシ」
機関士パグが指差確認しながら返事した。
「前方に展開する全員耐衝撃体勢を取れ」
スピッツが砲撃士ブルにGOサインを出す。
「起動!」
地表を滑走する高速小型艇が軋んだ様に感じた。
「減速しません!」
操縦士トイの悲鳴が走る。
そもそもアンチグラビティは対象物の重力に対応するものなので重力が低い冥王星では効果に期待が持てない。
(しまった!)
時間をロスしてしまったことへの後悔からそれに気付く。
「後方に重力砲撃て!」
直ぐに次の命令を発した。
「2番機が居ます撃てません」
「前方建屋ぶつかります!」
操舵士が叫ぶ。
1番機が観測小屋に突っ込みあばら屋が木っ端微塵といった感じに吹っ飛んでいく。
その後方へ盲目的に追従していた2番機が衝突して爆発炎上する。
2番機は同じ高速小型艇だけど乗組員はパイロット1名だけ、単独訓練の目的で交代乗務していた。
往復30日の調査予定だから空いたスペースには資機材や食料を詰め込んでいる。
今はキャプテンイシイの呼称で石井光一がパイロットとして乗務していた。
イシイには着陸地点が岩盤であると知らされていたし牽引されるがままみたいにしていれば良かったのでオートパイロットへ切り換えて外部環境モニターに流れる景色を眺めている。
(もうすぐ着陸かな地表がキラキラと綺麗……キラキラと?何で?氷!!)
そう思った時には操縦桿を一杯に引き上げていた。
(しまったマニュアルへ切り換えなくっちゃ)
操作をやり直して再び操縦桿を引く。
(上昇しない何故だ、ちっ!電磁誘導牽引をしてたんだった。ならば出力全開で強引にでも上昇・さ・せ・るー!)
機種が上を向いたけど機材を満載していた後方が1番機のお尻にぶつかってしまう。
お互いの後方で大きな爆発が発生した。
1番機全体が炎に包まれていくのに対して2番機は積み込んでいた資機材が緩衝材の役割を果たしたのか炎は後方のみで爆発したショックによりコクピットだけがロケットみたいに飛んでいってる。
イノマンと3人の兄妹達はその様子の一部始終を地下研究に備え付けのモニターで見ていた。




