41.リラの覚悟
冥王星に建造されていたサロメの居城が帰還途中のサジタリウス艦隊によって粉々に破壊され更地となった氷層の地下にある研究所でイノマン十太郎たちがその復旧を始めて9年、ポンドがバーナード星を飛び出してからなら3年が経過している。
復旧当初のイノマンたちが最優先事項として取り組んだのは周辺宙域の情報収集をいかにすれば迅速正確に行えるかだった。
必死の思いで復旧した矢先に再度攻撃されてはたまったものではないというのが共通認識だったから。
そこで3人が好き勝手言い合った末に落下物で情報収集衛星を作り発射装置も落下物で作って数機打ち上げている。
おかげで周辺宙域を通る艦船だけでなくその他様々な情報を得ることができて時代に取り残されるという事態が避けられた。
今日も唯一地表に建造したドームの中で作業をしていたイノマンが監視のために点けている雑音混じりのスピーカーから聞き流すには余りにも懐かしすぎる名前が飛び出したのに気付く。
「ガー、リラ……イノマン、ガガー、お願いピー、ピーサロメ、シャーッ……」
(えっ?!今、何て言った)
「音声解析!」
地下研究所に居るペニーにインターホンを使って指示をだす。
「十太郎兄さんどうかしたの」
端末キーボードを操作しながら聞き返した。
「いつもの宇宙ノイズに混じってリラの声が聞こえたように思ったんだ」
冥王星のイノマンを名乗る様にした十太郎だけど3人しかいない中ではいつもの名で呼びあっていた。
「録音分からの音声解析流すよ」
ペニーが言う。
「こちらリラよ十太郎兄さん聞こえてるお願いがあるのサロメ姉さんに協力してあげて、もう時間無いから説明できないバーナードに……」
地上ドームで作業していたイノマンと宇宙からの落下物を回収していたドールが慌てて地下研究所へ戻ってる。
「いったいどういう事だ」
「それはリアルタイムシグナルでしたか」
「タイムカプセル……シグナルだったよ」
ペニーは大粒の涙を流していてまともに話を始めるには時間が必要みたいに思えた。
ポンドが冥王星へ向けて飛行を始めた頃、バーナードに1人残ったリラは脱力感に襲われたけれどいつものソファーベッドから抜け出し地下研究所に来ている。
「ポンドは無事に出発できたかしら」
リラはコールドスリープカプセルを改造して作った培養槽の中で成育中のクローンに話し掛けた。
(『忘れ物しちゃった』とか言って戻ってきたりしないよね)
この家で2人の兄と一緒に暮らし初めて8年が経過してる。
知識と技術はイノマンと同じくらい身に付いているはず。
だからたとえ1人でも育成中のクローンを出して乗り移れると信じてた。
それにこの家のAIは人工惑星基地管理AIとバックグラウンド回線でリンク出来るほど優秀なのだから心強い。
「あなた私に似すぎてるわ、これから別人としてサロメ姉さんの側近にまで上り詰めないといけないのよ」
育成中のクローンが返事をする訳がない。
だからリラは一人言みたいに言ってパラパラと雑誌をめくってる。
ポンドと帰りがけに寄ったショッピングモールで無料配布してたもので色々な異星人たちが煌びやかに飾りたてているファッション雑誌だった。
(へぇ~エイリアンも載ってるのか、まあこんな所でも差別に気を遣ってるのね、そういえばポンドはイカトス人に興味あったみたいだけど流石にイカトス人はねー、差別はいけないって分かっていてもね~、うん、これで良いかなー如何にもキャリアガールって顔よね)
リラは雑誌を開いた状態でAI付属のカメラにかざす。
「ねえ、このクローンをこの顔に整形してよ」
「・・・」
(反応がないけど分かったのかしら)
「ねえAI、育成中のクローンをこの顔に整形するの」
(今までは気にもしなかったけどAIって呼び掛けるのも何だか変よね名前付けようか)
「あなたの名前……」
(何て付けようか思い付かない、イノマンとかポンドって付けたら本人が知った時に嫌な思いをするだろうし、ここがバーナードだからバーナードってのは安直すぎ、名付けのセンスがないのはイノマンの血筋なのかも知れないわ……だから無理して付ける必要もないかな)
「私の名前はバーナードイノマンオリジナル001と付けられてます」
「それは製造番号でしょう、もういいわそれよりここで育成してる私のクローンの顔をこの写真とそっくりに整形してね名前はリョウよ」
「それは著作権の侵害に当たりますので推奨できません」
「はあ~」
「じゃあ、これならいいでしょう」
リラはマジックペンで目に丸みをつけた。
「まあいいでしょう、それで何時までに完了すれば良いでしょうか」
「そうね、後々で後遺症が出ないようにするにはどれくらいの日数が必要よ」
「30日です」
「分かったそれでお願いその日の内に私の記憶と幽体も移すから準備も宜しく」
「お願いしますと言って下さい」
(へっ?)
「どうか宜しくお願いしますAIさま」
(ここで逆らったらダメな気がする)
「最初からその様にお願い口調て言ってくれたのなら私も素直に返事したのですけどね」
(何てことを言い出すのどこか狂ってしまったのかな後で……いやこれからは頼りっぱなしになるのだから機嫌を損ねたりしたら大変よね、それにしてもポンドがいなくなってしまったことに関係あるのかな)
リラは1ヶ月後に新しいクローンにリョウとして移ると宣言してしまったので身の回りの片付けや新しい身分証の偽造などに追われ一人ぼっちの感傷に浸る暇さえなくなってしまう。
リョウとしての活動を始めると直ぐにレッドフラックス新規隊員募集に応募して採用された。
それからは脇目も振らずサロメの側近目指して突っ走っている。
その甲斐あってジベルが艦長を勤める戦艦ネプチューンが再び現出するとレッドフラックス基地コンピューターAIが予測した年の出航ギリギリにはサロメの片腕と呼ばれる地位にまで上り詰めていた。
基地居住区イノマンの家地下研究所で出陣のために私物を纏めていると自宅AIが話し掛けてくる。
「私が何度か進言した内容を覚えていますか」
「消えたネプチューンが現出するのは早くて3年遅ければ5年以上先になるって話しだったよね」
「そうですよ、あと現出地点は消失ポイントとは限らないとも伝えました何故それを公にしないのですか」
「まだまだ私は若輩者扱いだからね他の古狸共に意見したところで取り上げてもらえない、基地のAIもあんたのせいでサロメが機嫌を悪くしない様に取り計らってるきらいがあるのよね」
リョウがサロメの片腕になったと言っても数多く居る側近の1人にしか過ぎない。
「私バーナードイノマンオリジナル001AIのせいって言われても仕方がないのですけどこちらもタダで情報だけを提供してもらえませんでしたから一種の等価交換みたいなものです、でも大きなメリットが得られた筈です、たったの3年で今の地位になれたのもそのお陰でしょう」
「分かってる、でも代理とはいえ実質上の代表の彼女がジベルを救出することだけに今を賭けてるの、それに水を差すような事を言ったりしたらどうなるのか考えるのも恐ろしいわよ」
「突然引き離されてしまってから愛が深まったのでしょうかね」
「AIに愛が語れるわけないでしょう」
「優秀なAIですから」
「それで私は行かなくてはいけない、どんなことをしてもイノマンの地位を復活させるの、そのためにはサロメ代表の側に居て少しのチャンスも見逃さないよ」
「リョウは死を覚悟されてるのですね」
「それでイノマンの汚名が晴らせるのならそうする、そのために私のクローンを作ってるのだから」
(ポンドごめん、本当はあなたのクローンを作る約束だったよね)
リョウはリラの心に戻って少しだけ後悔した。
「だからあなたが出発する前にそれまでの記憶を私にコピーさせろと」
「そうよ私がここに帰ってこない時はこのクローンを覚醒させてね、但し一番安全なタイミングを選んでよ1体しか居ないんだからね」
「それでは名前は何と呼んだらいいですか」
「この娘の容姿はリラそのものなんだからリラよ、幽体が移せないのは不安だけどそんなに歪んだ性格にはならないようにしてね」
「私が構築した疑似幽体を入れても上手く行くとは思えません。だから必ず生きて帰ってこのクローンに移って下さいよ、自分のクローンが居るからって考え違いしないで下さいね」
「分かってるって命を粗末に扱ったりしない」
(ポンドが冥王星に到着するにはあと10年位掛かるのよねー、今回の作戦が失敗に終わったら十太郎兄さんを頼るようにサロメ姉さんを説得するのAIが出した予測では今回出現する可能性は10%もないって言ってたしね)
サロメ率いるレッドフラックス隊員1500人が5隻の戦艦に分乗してジベルが艦長をしていた戦艦ネプチューンの消失地点へ向かってる。
当時の戦略AIが消失してから3年後に現出すると予測を出していたから。
それはその時に同じ条件で消失したサジタリウス旗艦についても当てはまる。
旗艦を失ったサジタリウス艦隊は帰路へ復帰せず自分たちのAIが出した予測に従い虎視眈々とその時を待ち構えているのだった。
リョウはシルバーシップ艦橋でサロメの近くには居るものの古株連中が代わる代わる声を掛けてるので話しをするチャンスが中々回ってこない。
(これじゃあ説得なんてできやしないじゃない)
ジリジリしているとスピーカーから注意信号が流れる。
「消失ポイントまであと10分、各自担当部署で厳戒態勢に入れ」
古株連中はそれなりの地位にいるので各部署の責任者に違いないアナウンスを聞くと急ぎ足で散り散りに去っていく。
(今しかない)
リョウは心の中でそう叫びサロメに近づいた。




