36.冥王星残留組
「銭太郎兄さんたち行っちゃった」
冥王星に新築されたサロメのドーム型基地管制塔でバーナード星へ向け出発した船団の方向を見ながらペニーが寂しそうに言う。
11年前東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地最下層近くに設けられたイノマン研究所に初代クローンの百太郎がしでかした無銭飲食の支払いを求めて査察が入った時、イノマンの名前を使って出歩いていた四男の銭太郎がサロメに救援を求めた。
サロメが冥王星に自分の居城と戦艦を建造している最中、強力な武器を探し求めて地球防衛基地へ来ていた酒場で出会っていたから。
2人の利害が一致し13人居るイノマンクローンの中から5歳のペニー9歳のドール15歳と16歳のリラとポンド、次男で17歳の十太郎そしてイノマンを名乗って後戻りができなくなった30歳の四男銭太郎がサロメと共にシルバーシップに乗って冥王星へやって来ていた。
年齢がちぐはぐなのはクローン培養槽のなんやかんやの影響によるもの。
そして今バーナード星域に新天地を求めてサロメ達と一緒に旅立った銭太郎、ドール、ペニーを冥王星に残った3人が見送っている。
「ここに居た殆んどの人が出ていったんだ、これからは静かな星になるのだから連盟の人達も見逃してくれるとかしてくれないだろうか」
十太郎が腕組みしながら言いドールに意見を求めた。
「もう既に散々五月蝿くしてしまってるから難しいのではないでしょうか、少なくとも調査隊は派遣されて来ると思いますよ」
「そのためにわざわざ戦艦ネプチューンという名前にしたのでしょう、銭太郎兄さんがそう言ったのを最初に聞いた時わたし兄さんがとうとうイカれてしまったと思ったのですよ、あの頃の言動がいつもより変だったでしょう」
ペニーが思い出し笑いして言う。
「あれは明らかに言い間違えだったと思います銭太郎兄さんは『惑星の名に因んで付けました』とか言ってました、だったら誰もがプルートを連想する筈です、その名前はおかしいでしょうと指摘された後で『ネプチューンとしとけば連盟の奴らが来ても1つ手前にある海王星で立ち止まってくれるでしょう、あそこに住んでる海王族は鎖国中で招かれざる客には対宇宙レーザーキャノンを浴びせ掛けてくると聞きます、かなりの時間稼ぎができる良い案だと思いませんか』とか取って付けた様に言ってましたでしょう、聞いていた皆は『間違いを認めたくないんだ』としか思いませんでしたよね」
ドールが仕方がない人だと言わんばかりに首を振ってる。
「あの時の事はあまり思い出したくはないな、
ジベルさんが顔色を青紫色に変えて反対して怒っているのに銭太郎はヘラヘラしてたんだよな」
十太郎がその時の恐怖を思い出して青い顔になっていく。
「確か『そんなまどろっこしいことはせず艦名はリベンジャーにしよう』とか言ってましたね」
「あの口調は最初から心の中で決めていたみたいに思いませんでしたか、ジベルさんが言い出す絶妙のタイミングを待っていたら銭太郎兄さんが何も考えず先に言っちゃったので焦ったみたいな」
「銭太郎もイノマンを名乗ってる以上は一度口にした言葉を直ぐに引っ込めるのは難しかったのだろう」
「それにしてもジベルさんが雄叫びをあげた瞬間にサロメ姉さんの横へ行って収めてもらうようお願いしたのは素早かったですね」
「そうだよ姉さんの一言で収まったんだから良かったってものね」
ペニーも言う。
(ジベル艦長にイノマンが銭太郎であることは隠し通せているみたいだけど参謀として側に居続けて大丈夫だろうか、仲直りはしてたけどネプチューンの中で喧嘩なんかしてないよな)
十太郎が腕を頭の後ろで組み一抹の不安を抱いて艦隊が去って行った暗闇をじっと見ている。
これから暫く冥王星宙域に静寂という名の退屈な日々が訪れようとしていた。
だが残留した十太郎たちと戦艦2隻、護衛艦2隻と補給艦からなる北方星域混合艦隊に所属する6千人が安寧な日々を送れる保証は何もされていない。
バーナード星域へ旅立ったイノマンたちを見送ってから2年後、サロメの居城地下に十太郎達の新たな研究所がその混合艦隊乗員たちの手によって完成し、やっとの思いでクローン培養が開始された。
「私たちは同じ遺伝子で誕生したクローンだから少しくらいはお互いが考えている事がピピピッて伝わっても良いと思うの」
ペニーはクローン間における意識の共有が行えないかについて探求してる。
「以心伝心みたいにかい」
他の2人は当人が課題にしている事への手助けを行うようにしていた。
「それはもう科学者の領域を外れてしまうのではないかい」
元々の十太郎はドールとベニーより5年早く地球防衛基地イノマン研究所の培養槽から出ていたので経験もそれなりに多い。
(オリジナルも同じような事をよく言ってたよな思考を飛ばすから受け止めて理解しろとか何とか……出来なかったけど)
「超常現象を解明するのも科学者の務めだと思うのですけど」
ドールも意見してくる。
「まあオカルト現象の謎を解き明かすのも頭の体操にはなると思うよ」
十太郎の意見。
「超常現象は理屈に合わないからそう呼ばれているだけなんだよ、屁理屈でもいいからこじつけてみなさいって」
ペニーが自暴自棄になっていく。
それから3年後、冥王星イノマン地下研究所と名付けられた施設の3基ある培養槽では3体のクローンが順調に成長していた。
「ねえ兄さんたち、もうそろそろこのクローンに移ってもいい頃合いではないの」
「そんなにあわてて移らなくてもいいだろう」
十太郎がドールとペニーの間で言う。
育成中のクローンが目の前にいる。
「十太郎兄さんの体は16年が経過してそろそろ劣化が始まってますでしょう、早いに越したことはありませんと言うよりかなり遅れてると思いますよ」
「そう言ってもだな、いま飲んでいる延命剤の効果も実証途中だからもう少し検証を続けたいな、それにこのクローンを見てみろまだ幼すぎるだろう」
「十分だと思いますよ地球防衛基地に残ったダイム、フラン、ウオンはそれぞれ3年、2年……1年で培養槽から出てますからね」
話してる途中ドールの顔が陰っていく。
それに気付いた十太郎とペニーも静かに沈む。
培養槽を2年で出たフランは何とか大丈夫だろうと思う。
だけど1年未満で出されたウオンはどうなっただろうか。
それを想う3人は黙り込んで水槽の中で育つクローンを見つめている。
冥王星残留者達は秘密保持のために遠距離通信をしないことにしていた。
だから十太郎たちには地球防衛基地やバーナード星域へ旅立ったイノマンの動向を本来ならば知ることができないはず。
只どの時代の何処に居ても約束は破るためにあるものだといいきる人が居る。
ここに残留したリザード星人の中にもそれに当てはまる人が居て大声 で自慢げに地球防衛基地やバーナード星域の現状を触れ回っていた。
単純な話し、その人は通信担当技師で自分が構築した暗号回線は逆探知されることはないとうぬぼれて過信していたからできる事だったのだろうと思う。
まあそのおかげと言っては何なんだけど十太郎たちにも必要最低限な情報が伝わってきてる。
例えばイノマンたちを見送った2年後に東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地開設百年祭が盛大に催されたこと。
祭りの最後はいて座方面を管轄する中央連盟からお祝いを持って参加していたサジタリウス艦隊50隻による大袈裟な帰還パレードによって幕を閉じたこと等があった。
その帰途に就いてるサジタリウス艦隊が真っ直ぐ冥王星へと向かってきている。
この年は惑星直列に当たり木星から冥王星までがほぼ一直線上に並んでいた。
「ねえ、あのサジタリウス艦隊は海王星には近付いたけどそのまま素通りしてこっちに進路を取ったって皆が噂してるのよ」
ペニーがドールの背中を突っついて言う。
百年祭が終わってから9年が経過していた。
冥王星軌道上を周回しながら周辺警戒も続けている北方星域艦隊。
その収容人数を大きく下回った艦内で『我が身の安全が最優先』をモットーに悠々自適な生活している隊員たちは交代で自分達もその建造に携わったサロメの居城からレッドフラックス冥王星基地と名前を変えた施設の維持管理を行うため嫌々下りてきていた。
だけど今はレッドフラックスの正規隊員は誰一人として住んでいない。
それに標的はここですよと言わんばかりの名称は変更した方が良いだろうという話が持ち上がった。
新しい名称を決めるとなると皆が好き勝手なことを言い出したので十太郎が北方星域混合艦隊総司令官カフ星人ネイルとのジャンケンで勝利して冥王星基地とだけ名付ける。
誰の所有物か分からないようにしていれば迂闊に攻撃されることはないだろうと言うのが十太郎の考え。
北方星域の人達は退屈な日々を送る中で少しでも刺激を与えてくれるのならばそれが機密事項のサジタリウス艦隊の動向についてでもお構いなしに喋りまくっていた。
そんな真意も定かでない伝言ゲームのような話が回り回ってペニーの耳に入ったもの。
12歳になった彼女も刺激を求め暇さえあれば地下から抜け出し異星人達の手伝い宜しく井戸端会議に参加して情報収集していた。
何故ペニーが若返ったのか、それは彼女だけではなく培養3年目で十太郎が拒否したクローンへの乗り移りを培養7年目で7歳まで成長した3体のクローンに3人が順番に乗り移りをしてたから。
それから2年間は成長促進剤を同じ量だけ飲んでいるので3人共に今12歳になっていた。
それでもドールとペニーは十太郎のことを兄さんと呼ぶ。
「兄さんの予想通りにはいかなかったみたいですね」
ドールがペニーからのバトンを渡すようにして十太郎に言う。




