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35.帰還

 レッドフラックス人工惑星基地第3層居住区にあるイノマンの家リビングではリラがソファーに寝そべってゴロゴロしている。

 起き上がって動くには疲れていたし、じっとしていたら寝てしまいそうだったから。

 ポンドはリラのそんな仕草を察知しながらオート調理器から出来上がってきた料理を取り出してソファーテーブルの上に置く。

「わあミートソーススパゲッティじゃない、美味しそう」

「食べられそうで良かった、僕とお揃いにしたんだ」

(僕と別々の物を出したら何て言われるのか想像しただけで恐ろしいからね)

 しばらく2人は無言でコップに入った水とパスタを交互に口へ運ぶことに集中した。

 リラが食べ終わる直前になってゴソゴソとスカートのポケットからフォログラフィーカプセルを取り出す。

 そしてテーブルに置いた時それが薄い透明のフィルムに包まれていたことに気づく。

「メモみたいだね、タケダさんが書いたものなのかな、先に観る?」

「そうね、食べ終わったら観るのよメモはその次ねそれが順番だと思うの」

「じゃあ、コーヒーを用意するよ」

 既に食べ終わっていたポンドが立ち上がってキッチンへ向かう。

 その時、自分が使った食器も持っていってオート調理器に入れている。

(後片付けまでが調理器の仕事だからね)

 と言ったかどうかは定かでない。

 それから暫くの時間が経過した後、ポンドとリラの2人は無言のままテーブル上に置かれた再生し終わったフォログラフィーカプセルか空になったコーヒーカップかタケダが書いたと思われる薄く透き通ったフィルムに書かれたメモのいずれかまたは全部をじっと見詰めていた。

「ひどい話ね」

 リラが落ち込んでるらしく言葉少なく感想を述べた。

「出会い頭の事故ってのは最悪のタイミングで起こるのが必然だという見本みたいな話しだよね」

「銭太郎兄さんの考察で間違いないね、重力砲がコスモトンネルの軌道を引き寄せ、中に居た艦隊をスパイダーシルキーキャノンが絡め取って引きずり出した、そこは集中砲火の真っ只中だったって」

「タケダさんのメモには自分がトライアングルウェーブキャノンを長く作動させていたのがいけなかったんだって自虐的に書いてあったね」

「そんなことくらいで被害がゼロになったとは考えにくいのだけど」

 リラはタケダの精神状態を考えると攻撃担当は人ではなくてAIに遣らせるべきなのではないかとの思いをこの時から持ち始めている。

「仕方ないでは済まされないけど他に慰めようも見当たらないし僕らでは無理だよね」

「そうね、それより私たちに振りかかってる問題をどうするかの方が大変よ、あなたはどうする気なの」

 ポンドに向かって人差し指を小さく回しながら聞く。

「銭太郎兄さんはサジタリウスの旗艦を道連れに自爆するからその事を冥王星で帰りを待っている十太郎兄さんへ伝えて欲しいって言ってたね」

「そう、でもメモによるとサジタリウス戦艦と一緒に3年後へタイムスリップしたと書いてあったじゃない」

「それが正しいなら僕たちが冥王星に向かってる間に消失点へ現われるって事になるんだよね」

「一番不味いのは銭太郎兄さん自身のことよ、イノマンが保身のためにジベルさんをサジタリウスへ引き渡したんじゃないかって書いてあるってことはよ、裏切り者のレッテルを貼られてしまったのね迂闊に現れたりしたら今度はレッドフラックスに吊し上げられるんじゃない」

「だから僕たちにも冷たかったんだ、イノマンと通じて協力してるって思われたのかも知れないよ」

「そうね状況だけを単純に組み立てると私たちイノマンクローンが裏切ってレッドフラックスを中央連盟に売り渡したって図式が簡単に出来上がってしまうわ」

「早目に誤解を解きに行きたいけど、今は何を言っても聞き入れてもらえないだろうね」

「少し時間を置いてサロメ姉さんの感情が落ち着くのを待ちましょう」

「サロメ姉さんに渡ったフォログラフィーの内容次第ではもっと怖い事が起きそうな気がしない」

 ポンドが身震いしてる。

「兄さんがそこまで愚かな人ではないことを祈りましょう、まあサロメ姉さんがジベルさんに寄せる愛情の深さを読み違えたことは致命的だけどね」

 ポンドは空になったコーヒーカップを持って立ち上がった。

「おかわりする?」

「そうね貰うわ、寝てる場合じゃあなくなってしまった今すぐにでも行動しないと取り返しがつかなくなる気がするの」

「僕も同じだよ、この家とかスターキッドは差し押さえられるんじゃないかな……冥王星には僕だけが行くからね」

「あら、何故かしらん」

 リラが半分ふざけた顔をしてニヤついてる。

「ここの地下室で育ってるクローンはリラがわがまま言って女性体にしてるじゃないか」

「レディーファーストって言っただけよ」

「どっちにしてもだよ僕は遠慮するからね、あのクローンにはリラが入るんだよ、僕は冥王星で新たなクローンを手に入れるさ」

 冥王星へ2人して行けないことは理解してる。

 ネプチューンとサジタリウス戦艦が3年後に現れるとするなら、その時こそイノマンとジベルを救出し真相の解明と濡れ衣を晴らさなくてはならないから。

 それにはサロメの協力が必要でその役目はリラの方が適任と思われる。

 それより何よりポンドは女性体には入りたくなかった。

「スターキッドはまだ完全には完成してないんだから心配……一体何年掛かると思ってるの」

「冥王星まで6光年だよね、普通に行ったら途方もない年月が掛かるけど、途中で何かしらのショートカット航路が見つかると思うよ、それに外縁部にはデブリがたくさんありそうだから回収して航行中に推進装置を改良出来ないか考えてるんだ」

「兄さん死なないでよ……そうね兄さんのクローンを作っててあげるから無理だと思ったら引き返してきなさい」

 リラがいつの間にか泣き顔になっている。

「あはは、僕のことを始めて『兄さん』って呼んでくれたね妹よ」

 それに気付いたポンドが少し茶化す様に言う。

「バカなことは言わないのよ」

「スターキッドが差し押さえられる前にもう行くよ」

「うん、誤解が解けるかトカゲ座の人を味方に付けられたら連絡するから戻ってきて、それ以外では連絡しないから、兄さんも冥王星に着くまでは何としてでも生き延びなさい」

「分かってるって心配しないで大丈夫だよ」

 ポンドは心にもないことを言って誤魔化した。

 妹の表情が暗いのが気になる。

(思い詰めてなければいいのだけど)

「リラこそ無茶をして反逆罪で捕まったりしたらダメだからね」

「私を誰だと思ってるの、大丈夫よサロメ姉さんの誤解を直ぐにでも解いて兄さんを呼び戻すから」

「そしたら近い未来でまた会えるね」

「そう、だから別れの挨拶は無しよ」

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 ポンドは11年間3人で生活したイノマンの住宅をエッグ乗り場から見下ろしている。

(ここでの事はリラに任せるしかない。僕の事は十太郎兄さんに任せるしかない。だからくよくよ考えないっと)

 スターキッドは宇宙港に駐機してるのだけどまだ公には完成してないことになっている。

 それでもイノマンの所有物には間違いないのだからこれから警備が厳しくなるだろう。

(早く出発しないと)

 ポンドの心が逸る。

 ポンドとリラは東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地にあるイノマン研究所の培養槽を出てから既に25年が経過していた。

 リラは寿命が来る前に自分が育ててるクローンに移ることができるだろう。

 ポンドは冥王星のイノマン研究所で十太郎が育てていると思われるクローンに入るしか延命の道はない。

 今のスターキッドで普通に飛ぶと冥王星まで15年掛かる計算になってる。

 そんなに自分の命が続くとは思ってないポンドは新たな可能性を求めることにした。

 まずは自分の記憶をスターキッドAIにコピーする。

 次に感情を持つ幽体をコピーしようとするのだけどなかなか上手くいかなくてどうしたらいいのか思い付かない。

 だからスターキッドAIを教育すれば解決策が見出だされるのではないかと考え色々な方法を試してみる。

(やっぱりAIに幽体はコピー出来ないって事なのかな、オリジナルイノマンはからからくり人形に幽体を移して宇宙に出たって聞いたんだけど、AIはからくり人形以下なんだろうか)

 この時のポンドは人形には魂が宿るという言葉を失念していた。

 そうでなかったならAI人形なるものを作っていたに違いないから。

 これが後々スターキッドAIに『死にたくない』という感情を持たせるトラウマを植え付けることになってる。

 冥王星へ向けて出発してから2年の歳月が流てるけど幸いなことにレッドフラックスからの追っ手は掛かってないみたい。

(しかしコールドスリープ装置が欲しかったなあ、毎日毎日スターキッドAIとの会話だけじゃ味気ないし)

 スターキッドAIは冥王星までの航海中に自らの動力エネルギーとするために深宇宙でデブリを採取したり宇宙をショートカットするための航路を探すのに勢力を注いでいる。

 まあ、ポンドがそう指示をしてたのだけど。

 ある日、良質な宇宙デブリが点在する宙域に出くわしてそれに目がくらみ航路を大きく外れる。

 そしてその先で巨大なコスモウェーブが発生している事に気付くのが遅れ流れに飲み込まれてしまった。

 最初こそ驚いて抜け出そうとしたスターキッドAIだったのだけど流れの方向が太陽系方面に向かってることを察知するとこれを利用しようと腹を括り流れが最も速い中心部へと舵を切っていく。

 それで結果的に冥王星へは光速をも越える5年で到着してる。

 そんな事が起ころうとは思いもしなかったポンドは自分の命が尽きる前にコクピットへ宇宙外気を取り入れた肉体の冷凍保存に入っていた。


挿絵(By みてみん)

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