34.帰宅
バーナード星のレッドフラックス人工惑星基地宇宙港でポンドとリラはミンツにサロメへの伝言を託し別れの言葉を告げた。
頭の良い彼の事だから状況を見極めた上で最良の言葉に変換して伝えてくれるだろうと期待する。
ミンツと別れた2人は宇宙港の出口付近で暫くマネキン人形の様に動かず佇んでいたのだけどサロメが戻ってくることも声を掛けてくる人も誰も居ない。
「やっぱり僕たちが知らないところで何か悪い噂が流れてるんじゃないだろうか」
ボンドが握ってる手に力を入れた。
「痛い!あまり強く握らないで」
そう言ってリラが手を離す。
「そろそろ帰ろうか」
「そうね、何時までもここにいては疑心暗鬼に囚われるだけね」
2人が宇宙港を出て最寄りのエッグ乗り場へ向かうと待ち合いベンチに座っていた人から声を掛けられる。
「あれ、タケダさんじゃないですかネプチューンに乗ってましたよね」
「あまり喋らないで……イノマンいえ銭太郎さんからの伝言を預かってます。この中で何を言ってるかは知りませんけどサロメ艦長宛てのフォログラブイーでイノマンさんがこれまでのいきさつを詳細に語りました。それがどうも1部の人にジベル代表を敵に売った言い訳と解釈されたみたいです」
タケダが早口に一方的に言うとリラと握手をする様な仕草をしてゴルフボール大のカプセルを握らせた。
そしてそのまま停車中のエッグに乗り込み発進していく。
その様子を監視カメラが捉えてたとしても日頃から誰に対しても義理堅いタケダがお世話になったポンドとリラに別れの言葉を掛けたくらいにしか映っていないはず。
「最後の1台が出ていってしまいましたわ」
リラがカプセルを持つ手をスカートのポケットに突っ込みながら言う。
言葉遣いも変になってる。
「そうだね、暫く待つしかないね」
「さっきのエッグは6人が乗れるタイプでしたのに1人で乗るなんて、どこか私達に知られては不味い場所にでも行くのでしょうかに」
言葉まで変になった。
理由は分かってる。
タケダは監視カメラに背中を向けていた。
読唇されないためだ。
だからリラは辻褄の合う無難な話をしようとしてる。
「急いでいただけなのかも知れないよ、僕たちが来るのを待ってたんだろうからさ、それに『今までお世話になりました。これからはお体に気を付けてお過ごし下さい』ってまるで別れの言葉みたいだったよね、だからこれ以上一緒に居るのが気まずかったんじゃないかなあ」
ポンドも監視カメラを意識して言う。
(あんたの喋り方は演技ってバレバレよ)
リラが目で訴えてくる。
(リラの言葉遣いこそ変だよ)
負けずに目で言い返す。
「どうせ録音はされてないんだから背中を向けて話せば良いことなんでしょう。みんな普通にそうしてる訳なんだし」
リラが優雅なハーフターンをして監視カメラに背を向けると丁度ポンドの真正面に立つ様になった。
「お手をどうぞ、お姫様」
何を思ったかポンドがリラに向かって片手を差し出す。
まるでダンスのお誘いみたい。
そして2人は誰も居ないプラットホームで換気装置やらの騒音をオーケストラ代わりにワルツを踊り始める。
それは新たなエッグが到着するするまで数十分続いた。
「疲れたわよ」
エッグの中でリラ言う。
「僕たち運動不足だからね」
ポンドが話を合わせる。
(エッグの中も監視対象になってるかもしれないけど黙ったままでは不自然だしナイスだよ)
「汗までかいちゃったじゃない、早くお家に帰ってシャワー浴びたい」
(『その割には涼しい顔をしてるね』って言ってやりたいんだけどもガマン)
「第3層の居住区入り口からは久し振りに乗合自走車で帰ろうよ」
ポンドが優しく語り掛けてるのだけど目の表情が怖い。
(分かったわ、2人乗りのロボットカーに乗ったら事故に見せ掛けた暗殺もあり得るってことよね)
「歩かない?」
リラが言う。
(正気か……)
ポンドは返事に窮した。
(でもここは反体制組織レッドフラックスの本拠地なんだから償いの犠牲は彼らの美徳とするところ、周囲に関係ない人が居てもためらわないんだろうなあ)
「運動不足解消には良いだろうね」
リラの提案に同意する。
(とは言ってはみたものの歩くとなれば2時間は掛かるだろうな途中オートウォークを使ってもかなり疲れるだろうな、リラは疲れたって言ってたけど途中でへばってもおんぶなんかしてやらないからな)
ポンドは口に出すとリラが怒るだろうと思い悪口は心の中だけに留めた。
歩き始めて30分が経過した頃になると2人はショッピングモールの中へと進んでいく。
近道なんだから仕方ない。
どうもリラの目的はここにあったみたいで、気に入ったお店でショッピングを始めだした。
「お金は使える時に遣うものよ」
何かを言いたげにしているポンドが口を開く前に言う。
(お金って言ったってカードじゃない、現金は持ち歩かない主義でしょう)
「そうだね、僕は荷物持ちにされるんじゃないのかってヒヤヒヤしてたけど君が良識ってもんをわきまえてくれて安心したよ」
リラは購入品を全て宅配便にしてた。
「もしかしたら荷物持ちをしたかったのね、悪かったね次の買い物は持たせてあげる」
リラが微笑みながら言う。
次の買い物はショッピングセンター出口付近まで来ても行われない。
(あの言葉は脅しだったんだよな)
ポンドが安堵の吐息を漏らした時リラが立ち止まり振り返った。
(ヤバイ!)
ポンドがリラの買い物を止めるための言葉を探す。
(あれれ?)
お店の看板を見て意表を突かれた。
「ねえリラ、アイスクリーム食べるの?」
背中に声を掛ける、
「はい、バニラでも文句は言わないで」
白いバニラソフトクリームを手渡された。
その反対側の手にはピンク色したソフトクリームがある。
「どこかに座れる場所がないかなあ」
ソフトクリームを手に持ったままのポンドがキョロキョロと辺りを見回す。
「手ぶらなんだから歩きながら食べましょうね」
(これが買い物の荷物を持たせるってことなのか?)
リラがソフトクリームを舐めながら先に行く。
(あれ、リラの横顔が赤くないか……最初から狙ってたんじゃないのかな)
「クスッ」
思わず笑ってしまう。
「あっ笑った、酷いな罰金ものね晩ごはんはあなたが作るの絶対よ」
「あはは、悪かったよ」
(晩ごはんったってオート調理器任せなんだからメニューを聞けばいいだけ……ああ教えない気なんだ、それが罰ってことなんだね)
2人がソフトクリームで手を汚しながら食べ終わる頃になると遠くに我が家が見えてきた。
居住区はフロアー全体がなだらかな凸状になっていて中央の高くなった場所にショッピングモールなんかの公共施設がある。
帰りが楽になるようにとポンドの考案によるものだった。
「あと30分くらいだね」
ポンドがそう言って指に付いたソフトクリームを舐め始めるとリラがハンカチを差しだす。
自分の手は既に拭いた後みたい。
何も言わずに素直に受けとる。
「ここは全天照明が常に一定の照度を保っているのよね」
リラが今の時間を気にしてるみたいに言う。
「色々な異星人達が暮らす居住区なのだから、朝だ夜だと時間を気にしなくても良いようにしたんだよね」
(ねえリラ僕は知ってるんだよ君が『人間は時間に刻まれながら生活してはいけないものなのよ』を持論にしてるってことをね、朝が来て起こされる度に言い訳みたいに言ってたよね)
差し障りのない返事をして、手を拭き終えたハンカチを返す。
だけどリラは手を振って受け取らない。
(酷い奴だな、汚れたハンカチを僕に持たせるんだ、ん?これも荷物持ちになるのかな)
ポンドはなんとも言えない不思議な気持ちを持ったまま家路についていく。
玄関ドアへ辿り着いた途端に疲れがどっと押し寄せてきた。
「さすがに疲れたね」
ポンドが扉を大きく開けてリラを招き入れながら言う。
彼女は無言で玄関ドアの後ろへ回り込み、そこに置いてあるソファーに雪崩れ込む。
「う~ん、疲れたってもんじゃないわ」
長く伸びをしながら言う。
「街中は防犯カメラと集音マイクが至るところにあるから気を遣ったね」
「誰の提案だったかな」
(あはは、君じゃないか)
「もう晩ごはん用意するけど良いよね」
ポンドはいつものように自制した。
「いまシャワーを浴びたらそのまま寝てしまいそう」
(ご飯は食べるんだよね)
「そうだねシルバーシップが戻ってきてからずーっと起きてるね」
「寝てないからというのではなくて、今朝目覚めてから今までの事を夢にしたいのよ、あなたにも分かるでしょう」
(リラが現実逃避しようとしてるよ~)
「気持ちは分かるけど、でも楽しい夢を見るよりはどうしたら楽しい現実に戻れるのかってのを考えた方が建設的だと思わないかい」
「何を優等生ぶってるのよ、当たり前すぎて怒りがフツフツと……」
「わかりましたよ、どうか怒りをお納め下さい。それにしても人間お腹が空くと怒りやすくなるんだよね、今日は朝ごはんを食べてからは何も食べてないしね」
「あら、ソフトクリーム食べたでしょう。それも私のおごりでよ、奢りよ奢りわかってんでしょうねタダではないのよ」
(十分わかってるさ、君の奢りが一番高く付くことはね)
「分かってるよ、それで何が望みなんだい」
「あははは、わかってるじゃない、そうね今すぐには思い付かないねこれから考えることにしようかなあ~」
リラがソファーの上に寝そべったままの状態で悩ましげそうに見つめてきた。




