30.逃走
バーナード星の第1公転軌道面に人工惑星を建造し終えたレッドフラックスとカシオペア混合艦隊の面々はイノマンの提案に乗りバーナード星域外縁部へ最初に到着した場所で完成式典を行うことにした。
これには北方星域の艦しか使うことができないスリット航法の原理を何とか探れないかというイノマンの思惑が働いている。
ただ出来上がったばかりの人工惑星を無人にするわけにもいかないので式典は2ヵ所に別れて行うことにした。
外縁部で行っていた式典最後になる宴会の催しではそれぞれが乗って来てる戦艦主砲による競い会いがありイノマンが開発した戦艦ネプチューンのトライアングルウェーブキャノンと戦艦シェダルのスパイダーシルキーキャノンそれと元々北方星域で開発されていたグラビティーキャノンの威力争いになる。
そしてそれこそ最後の標的になっていた隕石が跡形もなく分解されたと思った時、その何も無い筈の宇宙域に戦艦を含む艦隊が突然現れイノマン達を驚かす。
すぐに識別コードでお互いの所属は確認できたのだけどその時は既に中央連盟艦隊50艦の内20艦がトライアングルウェーブキャノンの余波で中性子結合破壊により分解してた。
中央連盟艦隊の艦長は攻撃を受けた瞬間には反撃をしていてイノマン達は弁明をする暇もなく逃げ出す他に道はなくなっている。
戦艦ネプチューンの艦橋に居たイノマンは蜘蛛の子を散らす様に逃げる命令を独断専行して発したけど、自らは中央連盟旗艦の執拗な追跡を受けることになってしまう。
「敵、いえ追跡艦より入電、降伏を勧告してきました」
通信士が離席しているので砲撃手のタケダが報告してくる。
さっきまで宴会の真っ盛りだったし、そもそも遊び半分の演習だったのでまともな人員配置なんてしていない。
こっちに乗っているレッドフラックスの隊員達500人はまだ宴会場になってたシャトル発着場隣の倉庫に居た。
だから艦橋に居るのは艦長のジベルとイノマンと通信及び外部環境索敵と機関士を1人で掛け持ちしてるタケダ砲撃手それに操舵士の4人だけになっている。
「全エネルギーを完全停止して投降しなければ攻撃するだと!単なる事故なのにこれじゃあ重罪人扱いじゃないか、どうする」
タケダより自分のディスプレイへ転送させた通信文を見たジベルが怒りの形相になりそれでも心細そうな声を出してイノマンに聞く。
「あの様子から察するにだな、一番最初に『これは事故だ』と弁明したところで奴らは『嘘だ!』としか絶対に言わなかったと思うぞ、中央連盟の艦船を半分ほど分子の状態に戻してしまったのだからな」
(こっちは非正規組織なんだから奴らが海賊というレッテルを貼ってしまえばその場で縛り首になってもおかしくない……危険な賭けはせず逃げの一手だろうな幸いにしてスピードでは勝っている筈だし)
イノマンが考えを巡らしていると前方のスクリーンに巨大な隕石が迫って来るのが見えた。
「機関減速!」
イノマンが叫ぶ。
「またそんなことを勝手に言うんじゃない!艦長は俺だ!」
ジベルは今にもイノマンの襟首を掴むのではないかと思われるほどに近づく。
「それで言われるがままに降伏する気なのか、全員縛り首だぜ」
続けて吐いた言葉には彼もイノマンと同じような想像をしていたに違いない。
「縛り首になるのは私とお前さんだけでよかろう」
にやけ顔をしてジベルにそう言い大きく息を吸い込む。
「全員脱出する宇宙服着用!40秒以内にシャトルへ分乗、機関停止のまま待機、こちらで射出するその後は巨大隕石表面に軟着陸後タケダの指示に従え」
イノマンが片手でジベルを押し退けながら声高々に言う。
通信席に座ったまま茫然自失としていたタケダは立ち上がりイノマンの側へとやってきた。
「何をさせる気か知りませんけど私には無理です」
タケダは生気が抜け落ちた様な表情をしてる。
さもあらん、宴会最後になる隕石を攻撃した際にタケダはトライアングルウェーブキャノンの射出スイッチを押し続けていたのだったから。
そんなに長い時間ではなかったので誰からも指摘は受けていないし事故が起きた後からもその事を責められたりしていない。
ただ砲撃手のタケダだけが自分を責めていた。
(あの時、直ぐに手を離していればこんなことにはならなかった。今まで1度だってこんなことはなかったのになぜ今日に限って指が離れなかったんだ)
彼は中央連盟艦隊の半分にもおよぶ艦船を破壊した責任は自分1人にあると思い込んでいる。
「タケダ君、君が戦士である以上ああいった事はこれからも起きるだろう君はその度に落ち込んでいては駄目だ、君のこれからの活躍に期待するよ」
そう言ってタケダの手のひらにゴルフボールサイズのカプセルを握らす。
「何ですかこれは」
「ホログラフィーになっているこれからの計画と私のことを記録してるサロメに救助されたら一緒に見るといい、それまではじっと耐えるんだ」
「救助って何ですか、僕はここに残ります……責任を取らないといけませんから」
「後は我々で対応する、君はいち戦闘員として私の命令に従えばいいんだ」
さっきから睨んできているジベルを気にしながら言う。
(私はジベル隊長の臣下なのに何でイノマンの命令に従わなくてはいけないんだ)
そう思いタケダはジベルの方を見て救いを求める。
ジベルは何も言わずにタケダへ『行け!』と言わんばかりの一瞥をくれた。
艦橋後方の自動扉が開いて閉まる音が聞こえる。
「2人しか居ないのに操船とかこれからどうする気だ」
ジベルがもういい加減にしろよなって思ってるみたい。
「私が操縦席で集中操作を行うので艦長は通信席で通信索敵と外部環境監視をしてくれないか」
ここにきて初めてジベルのことを艦長と呼んで祭り上げた。
「手が8本は必要そうだ」
愚痴りながら席に着く。
おだてには弱いみたいだ。
そして部下を残せば良かったのにとかは口にしない。
死地へ赴くには2人で十分だと思っていた。
「加速する」
「奴らに返事はしなくていいのか」
「律儀に答えてやる必要はなかろう、否定文を送れば攻撃されるのが早まるだけだからな」
(そうだよな、全エネルギー停止するのに応じないのであれば全力で逃げるしかないか)
ジベルも同じことを考えてはいたのだけどもイノマンに聞かずにはいられなかった。
中央連盟旗艦サジタリウスの艦橋ではアルカブ艦長が参謀のポステリオルにこれからの事を話し掛けようとしてたところ。
「ネプチューンが加速!」
索敵士が割り込んで言う。
「了解した、こちらも追従する推進エネルギー全開」
ネプチューンが全力で逃走に入るのは予想していたのでアルカブ艦長は落ち着いて指令を出す。
だがしかしネプチューンが巨大隕石の引力を利用したスイングバイを行うというところまでは思い至らなかった。
巨大な隕石をぐるりと一周したネプチューンがサジタリウス艦5隻の後方に回り込む。
何の対策も出来ないままあっさりと後方に着かれてしまった5隻の隊列に一瞬ではあったけど乱れが発生する。
(してやられたか)
「加速装置オン、後方との距離を取り攻撃に備えよ」
(反転攻撃なんかするなよな)
実戦においては日頃の訓練の様に上手く行くことばかりでないことはよく知っていた。
イノマンの顔がほころぶ
(これ程上手くいくとは思わなんだ)
ネプチューンはもう一度巨大隕石を回り込んで更なるスイングバイ加速を行う。
そして今度はサジタリウス艦からもっとも遠ざかる様な3次元角度に沿って逃走を始める。
「艦長!奴らがシリウス方向へ向きを変え、全速で逃走をはじめました!」
中央連盟サジタリウス艦長は頭を抱えた。
「なんてこったい!」
口に出さずとも良かったのにと思ったのは少ししてから。
これより少し前、ネプチューンが最初に巨大隕石の裏に回り込んだ時、その地表面目掛けシャトルを5隻続けざまに射出していた。
通常、母船の外に出ていく小型挺には最大定員が最低でも3日間は生存できる様に義務付けされているので食料等の心配はないはず。
何故なら人工惑星基地へと戻っているシルバーシップのサロメ艦長が外縁部での異変に気付いて戻ってきてると信じてるのだから。
ただ心配なのはあまりにも早く戻りすぎて中央連盟艦隊に察知されないかということだった。
戦艦シルバーシップの艦橋でサロメは落ち着かない表情をしている。
(『全員逃げろ』とは何だ、その後の『停船しろさもなくば攻撃する』とは誰が言ったんだ)
「何か状況は掴めたか」
「砲撃やエネルギービームの影響が強すぎてサーチ出来ません」
「現場まで行かないとわからないと言うのか……」
(こんな時こそイノマン、いやポンドとリラが居てくれたら心強いのだけどなあ)
サロメが心の中で愚痴る。
「最後の通信が発信された場所までの距離は?」
サロメが外部環境を監視してるミンツ隊員に問う。
「距離90万Kmあと3時間36分です」
「これ以上は早くならないのだよな、無理だよなあー」
自己完結する。
人工惑星基地へスリット航法で送ってもらうため先導していたリザード艦に乗員の殆んどを移動させスリット開始地点で待ってもらう事とした。
シルバーシップ単独の方が遥かに早いからだ。
それにもしこれから先で危険な目に遭うのなら安全な場所で待機してもらってるに越したことはないと考えてる。
(『停船しろさもなくば攻撃する』かジベルが短気を起こしてないかな、頼むぞイノマン)
そのイノマンは戦艦ネプチューンの艦橋で途方に暮れていた。
(もう投降すべきかもしれないな、でもそうするとジベルと私は拷問を受けた後で処刑になる公算が高い、いっそ奴らを道連れに自爆するかな)
そう考えるのも急カーブと急加速で追って来てる戦艦5隻を振り払えるかに思えた時、光圧縮エネルギー弾の1本が後部推進装置を斜めから貫き1部が破壊されて航行出力が半分以下になってしまったから。




