28.演習
バーナード星域の外れ、人工惑星基地から23億Kmの宇宙域でレッドフラックスと北方星域の隊員1万5千人が8隻の戦艦に分乗して集いイノマン兄妹主催によるバーナード星系レッドフラックス人工惑星完成記念パーティーが開かれていた。
その場所は11年前に冥王星からバーナード星域へやって来た艦隊が初めての休息を兼ねた宴会を開いた場所でもある。
今回の記念行事はお互いの物理的距離が離れてることもあり人工惑星基地とバーナード星系外縁部の2ヵ所で同時に行われるようにした。
だがしかし、これだけの距離が離れていては同時性という事はあるはずもなく通信回線を常時開いていたとしてもお互いの間には2時間のズレが発生してる。
通常宇宙航行であればその行程には1年半掛かるところだけどシェダル艦長のカシオペア艦がスリット航法を使うことにより瞬時に全艦隊が到着していた。
これこそがイノマン兄妹が欲してる技術だけど目の前で見せてくれる事もなくいくら考えても皆目見当がつかない。
当たり前に公然と極秘を表明しているシェダル艦長はスリット航行を行う時は艦隊を突撃陣形にしてその前方をカシオペアとリザード星人の同盟艦で固めそこで何が起こっているのか後方にいるイノマン達からは分からないようにしていた。
実際イノマンは戦隊の最後方でしんがりを務める戦艦ネプチューンの艦橋でジベル艦長の補佐をしていたのだけど索敵センサーを始めとする一切の電子器機に反応はなくスリットが発生したと思われる瞬間だけ前方が明るく輝いた様に思えた他は外で輝く星の位置が変わっていることしか見えていない。
バーナード星系外れに終結した艦隊はそれぞれの艦の中で会場を設けて酒宴を開いているのだけど相互の艦を連絡艇を使って行き来することが認められてる。
だから必然的にカシオペア連合艦隊の人達はシェダル艦長の元へと集まりレッドフラックス隊員達はジベル艦長の戦艦ネプチューンへ集合していた。
サロメ艦長はさも当然のように戦艦シルバーシップを私物のように扱っていたのだけど目的地に到着するなり艦長権限を補佐へと渡し自分はいそいそとジベルの居る戦艦ネプチューンへ行っている。
イノマンの兄妹ポンドとリラは人工惑星基地に残り総司令官イイダの補佐をしながら管制室に一番近いミィーティングルームで催されている宴会に参加していた。
「もう慣れっこにはなったけど総司令官のイイダみたいなオクトパス人は他で見ないね」
リラがお気に入りの食べ物だけを集めて置いたテーブルに寄り掛かって言う。
多種多様な姿形の人間やエイリアンが参加する宴会ではその殆んどが立食形式になっていたからだ。
大男やエイリアンの間に分け入って食べたり飲んだりするよりは自分のテリトリーを作った方が落ち着くらしい。
いま宴会場をぐるっと回ってきても、そしてここでの作業に携わっている大勢の人達の中にもイイダと同じ人種のエイリアンは1人も見なかったことを言っている。
「それにしても少し疲れた」
美味しそうな料理を集めるのに何回も往復してから喉も渇いたのだろう、テーブルに載ってるコップを掴んでクンクンと匂いを嗅いで一気に飲み干した。
「ぷふぁー…旨い!」
口許を手の甲で拭いだ時微かにアルコールの匂いがポンドの鼻先まで漂ってくる。
「リラ!それはお酒なんじゃない飲んだらだめだって」
「えっ、これはお酒じゃないよ」
ポンドがテーブルの上にお酒があったことに気付かなかったのを不思議に思う。
(確か間違って飲んだらいけないと思って手が届く範囲には置いてなかった筈だけど、まさかリラの奴どさくさに紛れて持ってきたのか?)
リラの顔色を伺うけど多少頬に赤みを帯びてるだけでこれといった変化がない。
「僕も貰っていいかなあ」
「もちろんいいよ、兄さんの分も持ってきてるのよだからお礼の1つくらいは言いなさいね」
「あ、ありがとう…」
そう言ってからリラが持ってきたコップの中身を飲むけど普通の炭酸ジュースにしか思えない。
(まあリラの後を四六時中付いて回る訳にもいかないからね、どこかで摘まみ食いした料理の中にお酒が入っていたとしても咎められないよな)
ポンドとリラはお酒を飲めないことにしてる
人から無理に飲まされても困るし違うものを飲まされる可能性も捨てきれないから。
それにアルコール分を摂取したら2人とも気が大きくなってやりたい放題になってしまう。
「そうだね、オクトパス人はイイダ総司令官だけみたいだね、イカトス人なら何人か居るのにね」
ポンドはテーブルにお酒の類いは無い事に安堵して料理の方も確認することにした。
(リラが摘まみ食いしそうなのは何かな)
唐揚げみたいなのを指で摘まんで噛ってみる。
当然リラが苦労して集めてきたものだけど彼女は微笑むようにして見てるだけ。
「美味しいって言いなさいよ、私が遠くのテーブルで吟味してきたんだから」
「うん美味しいよ、ねえリラどこかでお酒かアルコールが入った料理を食べてこなかったかい」
「うっ、何故に分かった」
「やっぱりね、頬が赤いしお酒臭いよ」
(口調が優しくなってるよなんて言ったら『じゃあ普段の私って何よ』と言い返されても困るからね)
「あの時のイカトス人が居たわよ、思わず話し込んでしまったのよ」
「そして思わず彼女が手に持ってたお酒を飲んだって言うんだね」
(イカトス人は思考を読めるって話だったかな)
ポンドは昔を思い出していた。
「兄さん、あの女のことが余程忘れられないんじゃない今からでも一緒に会いに行きましょうか」
リラがウフフと笑いを溢しながらポンドの目を覗き込むようにして聞く。
(まあ確かに4本の手にそれぞれジョッキを持って4本足で歩いて行ける人間はそうは居ないわよね)
「そんなことはないし別に会いたいとも思わないけどさ…」
ポンドがその先を言い淀む。
「それの続きは何よ勿体振らずにさっさと言いなさい」
「イカトス人って2本の触手で相手が考えていることを読み取ることが出来るって言ってたでしょう、だったら彼女を連れてシェダル艦長と話をすれば頭の中を盗み読み出来たんじゃないのかなって思ったんだよ」
リラはポカンとして考えをまとめた。
「そう、もっと早くからその事に気付いていれば遣りようもあったでしょうけど、でもイカトス人はレッドフラックスの下級隊員なんだから同行させるには不自然ね、それに今さらそんなことを言っても仕方ないの、それよりイノマンは上手いことスリットについて聞き出せたかしら、そっちの方を気にしないといけないね」
大会議室に備え付けの大型スクリーンに小さな赤や白、黄色といった輝きが点滅しだす。
「ねえリラ始まったみたいだよ」
「演習が始まったのよね、酔っぱらい同士であんなことを行うなんて気が知れないわ」
「艦橋で操作卓に座ってる人は素面だと信じたいね、それにね模擬弾を3分間だけ撃ち合って命中精度で勝ち負けを判定するってんだからさ大丈夫だよ…きっとね」
「でも最後はネプチューンのトライアングルウエーブキャノンとカシオペア艦のなんとかって言ってた艦長が名前を変えた私たちのスパイダーシルキーキャノンとリザード星人が乗って来てる戦艦の主砲で外側にある隕石を撃って命中精度と破壊力を競い会うて言ってたよね、それってかなり危険じゃない」
リラがまだ心配してる。
(何かしら嫌な予感がしてるの)
「標的を外したとしても何も無い深宇宙に向かって撃つ訳だし問題ないと思うよ」
「ポンドあなたリザード艦の主砲ってどんなのか見たことあるの」
「実際に撃ってるところは見てないけど資料によると光圧縮キャノンって…あっ、そうか」
「そうよ光は遮るものがない限りどこまでも進んでいくの、標的にぶち当たり破壊するまでね」
ポンドがブルっと身震いして青い顔になっていく。
「少し不味いね」
「そう少しだけ、基本においてリザード艦の砲撃手が目標を外しさえしなければ何も問題ない話しね」
「後顧の憂はしなくていいって言うんだね」
「また難しい言葉を使って一体どこから引っ張り出してきたのかしら」
「ここ最近暇だったからさAIに昔の言葉を教えてもらってたんだ」
「そう、だったら後悔先に立たずってのも今から体験して覚えるのね」
リラは耳飾りタイプのインターカムより得た情報をまだ教えてない
「えっ、何か後悔するような事でも起きたって言いたい口振りだね」
「そうね、2時間前の出来事だから今現在がどうなってるのか誰にも分からないし間違って送信された誤情報の可能性も捨てきれないから」
「それって外縁部に居るイノマン達のことだよね、誤情報でもいいから何て言ってきたのか教えてよリラだけずるいよ」
「あら、兄さんにもインカムを渡したでしょう着けてこなかったのはあなたの意志よ」
「ごめんよ、でも食事しながらよくあんな業務連絡を聞けるね」
「BGMだと思って聞き流せばいいんじゃない」
「分かったよ僕が悪かった」
ポンドが頭を深々と下げて礼を尽くす。
「謝ったから教えて下さい」
「いい心掛けね最初からそう言えば良かったの『全員逃げろ!』って通信が入ったのよ」
「そんなの理解不能だよ」
「今は分からなくてもなんでもいいの、さあ司令部へ行くよ」
リラがポンドの手を取り歩き出す時、殆んど手を付けてない料理の方に視線を送り悩ましげな表情をした。
そんな表情に気付いたポンドは唐揚げみたいな一口サイズの料理を指で摘まんでリラの口に放り込む。
「もぐっ~」
リラが頬張って幸せそうな表情になってゆく。
「思ってた以上に美味しい、でも兄さんさっき指、なめてたでしょう」
(今更何を言う…)
ポンドはそう思ったけど口には出さずにっこり微笑み返しをする。
バーナード星域外縁部で宴会が演習になった時にはサロメが乗るシルバーシップはリザード戦艦の協力を得てポンドとリラが居る人工惑星へ戻っている途中だった。
(シルバーシップに傷が付いたら嫌だものねー、それにジベルが帰って来た時に暖かい手料理を前にして『お帰り』って言うの)
サロメが1人思いにふけっている時にその通信を傍受する。




