24.イノマンの居室
親睦会と言う名前の宴会がカシオペア艦隊の輸送艦で行われる様になって2日目も無事に終わり、これに参加していたポンドとリラはイノマンと分かれた後、サロメと共にシルバーシップへと戻っていた。
ポンドは会場で出会ったイカトス人のことを思い出している。
(この宇宙域にはシルバーシップに乗っている3人しか居ないって言ってたな、地球人以外の宇宙人たちは人口維持のために遺伝子操作を行った体外受精で優越種の育成を人工的に行っているんだけど、今ここにイカトス人専用の育成装置が無いっていうのも不憫だと思うよな、人工惑星が出来上がってしまうのを待たずに作れないものかな、でもたった3人のために手を煩わせるってのも問題だよな)
うじうじとまとまらない考えで絵空事を書いているとリラがシャワー室から出てきて軽く睨む。
「何をボーッとしてるのシャワー室空いたわよ、てきぱき動かないとサロメ姉さんに負担が掛かるのよ」
「わかってるよ、ねえリラちょっとだけいいかな地球人は今現在でどれくらいこの宇宙に居ると思う?」
「また唐突なことを聞いてきたね、う~ん、正確な数字は出ないと思うけど1万5千人前後の筈よ」
「それってすごく多くない、水増しし過ぎなんじゃない」
「だからはっきりした数字は出ないって前置きしました、でもジベルさんが宇宙に出た初代の地球人の1人だと言ってたでしょう、それから毎年百人が東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地へ召喚されるようになってから95年が経過してるのよ、単純に考えると9千5百人でしょうけど、自然増殖してるでしょうからね1万5千人が妥当だと思うの、これでもケンタウルス座のアルファ星へ連れていかれた人の数は入れてないのよ、当事者以外で彼らがどうなってるのか実際に見た人は居ないのだから」
「自然増殖って表現もないだろうけど、地球人は宇宙に出ても普通に結婚して出産をしてるのかなあ」
「育成装置を使って計画的に子孫を増やすのではなく生身の肉体で無秩序に子孫を増やしていってるの、一部の宇宙人達からは陰でゴキブリ種族って言われてるらしいわ」
リラが顔を歪めて言う。
「それはあまりにも酷い言われ方だよ、何とかしないとこれから先、宇宙でも僕たち人間の立場が危うくなってしまうと思う」
「兄さんさっきもだけど宇宙に出たからには地球出身者と言わないと誤解の元になるよ」
「 ゴメンよ人間は僕たちだけではないものね」
「その通りよ、でもまあそこまで厳しく言葉の揚げ足を取ろうとする人は地球人排斥派くらいでしょうけど」
「彼らに取って地球出身者が増えていくのはおぞましい限りだろうね、それこそ…」
「そう、それから先は言わないほうが身のためね」
ポンドは口に当てた手を外して胸元で拭う。
「人口制御は正しくしないとダメだね僕たちイノマンはそれをクローンによって補えないか考えてる途中なんだけどそういう意味では未来に希望が持てると思うのだけどどうかな」
「装置でお金が掛かるのが難点よね、それに地球出身者はどうしても結婚して子孫を繁栄させたいっていう本能がまだまだ強いよ…」
そこまで話をするとリラが何かを思い出したような表情を見せてポンドの背中を押しシャワー室へ向かわせた。
バーナード星系の中で一番小さな惑星は恒星からの距離が0.1AUの所で公転している直径2300Kmの惑星になっている。
その惑星は恒星に一番近く表面色が恒星と同じ暗赤色をしているので、確実に存在を認めるためには現地まで行って目視確認するしか方法がない。
赤色惑星は鉄を主体にしてニッケルコバルトマンガンクロムストロンチウムガリウムといったレアメタルを豊富に含んだ鉱物が主成分だったのでこれを分解して人工惑星に作り替えるのには最適な存在だった。
自然な姿で存在する星に居住して文明を発達させ自然や生態系を壊してはいけないと連盟の規則にある。
連盟に加入していない人達がこれを行っても見つかり次第排除対象となる事実があるので誰もが守っていた。
おかしな事にその星を完全に破壊して再構築させた人工天体には居住しても良いことになっている。
ここにレッドフラックスが駐留して本拠地にするための新しい人工惑星を建造し始めてから5年が経過しているのだけど工事はここにきて停滞していた。
そんな中リラは人工惑星建造の最新情報を求めて新造戦艦ネプチューンでジベル艦長補佐をしているイノマンの元を訪ねていた。
しかし本音はその事を理由にしてただ遊びに来ているだけらしい。
「外殻まで完成して居住区には人も住んでるのでしょう、もう終りを宣言しても良くなくて…あらこれは何でしょうね」
今も部屋の中をあちこち歩き回り目に付いたものを片っ端から物色して話をしてる。
「これまでは当初の予定通りなんだけどこれからが大変なんだよ、材料の入手が困難になってきていてね表層の仕上げに必要なレアアースのゴジリウムとかモスランや電子機器の製造に欠かせないレアメタルのイカリングとかゲソタコが不足してるんだな、あとアジフライも欲しいんだけどな」
(お兄さんは相当疲れてるみたい架空の物質を口にしだしたわ、今度お酒を飲みに連れ出してあげないといけないかもね、でもまあそれはそれとして今はこちらの話しよね)
「外郭は今のままで終わらせるってのは出来ないの、宇宙港はもう出来上がっているのだから問題はないでしょう」
リラが完成した時のレッドフラックス人工惑星基地模型を手に取って言う。
(こんなに立派な造りにしなければいいのよ)
「リラがいま言った宇宙港は物資搬入の為に作った荷捌き場みたいなものだからね、おまけに仮設だし」
「最低限の機能さえ備わっていればいいと思うのだけど、ここはレッドフラックスの生活基地になるのでしょう」
リラが模型をイノマンに投げ渡す素振りだけした。
それにビクついたイノマンがリラの元へ行き模型を優しく奪いキッチンの後ろ棚に置く。
「何か飲み物でも作ろうか」
(少し落ち着いてもらわないと話しづらいな)
「そんなに気を使わなくてもいいのよ、でも折角そう言ってくれるのだったらミルクティーを貰うわ」
リラがLDK備え付けのソファーに座って言う。
それをチラッと見たイノマンは少し安心する。
「わかった…アイスの極甘でいいんだよね」
キッチンカウンターでオート調理器にレシピを入力する手を止めてリラの方を向く。
リラの猫舌甘党はきょうだいしか知らない機密情報の1つだった。
「そうよ、シュガーポットも一緒に持って来てね」
彼女はそう言うとソファーの背もたれに仰け反る様にして伸びをする。
(リラもお年頃なんだからさ、もう少し上品にしようよね)
イノマンは心の中だけで言う。
ここの居室は入口扉を開けた時、有効視野に入りきれない広い空間の中央に置かれている合成革のソファーセットに目が行くのだけどそれは目眩ましになっていて、イノマン達は入口扉の影で死角になっているキッチン側に置かれたソファーテーブルに座って寛いでいる。
今こそリラがイノマンの目の前でやってるようにだ。
イノマンは出来上がったばかりの冷たいミルクコーヒーとシュガーポットをテーブルに置いてリラの前へ押しやって様子を伺う。
(これ以上砂糖を入れても甘さは変わらないと思うんだけどな)
「あなたも座れば、立っていられると落ち着かないでしょう」
「わかったよ、じゃあ僕の分の飲み物をっと…」
イノマンが冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出す。
オート調理器で作る必要がないものや毎日食する物は作り置きして冷蔵か冷凍保存していた。
(あと特製アイテムを出しとかないとな、折角作ったんだからね)
造り付けの常温食品棚からバネ押さえ蓋付きカップを出してテーブルの中央に置きリラの対面に座る。
「何かな何かな」
リラはカップに手を伸ばして引き寄せ蓋を開けた。
「これは本物のクッキーで間違いないのよね、食べるわ」
(当然、食べられるものでしょうけど取りあえずは確認しないとね、ひどい目には遭わないようにしましょう…)
以前今日みたいにイノマンの私物を物色していて棚の中で小皿に体裁良く飾られたお菓子の盛合せを見つけたのでその中からビスケットを一枚取って口に入れたら模造品だったという苦い経験をしてた。
「そうだよ。食べられないものを口にされる前に食べられるものを差し出したんだよ」
イノマンもその事を思い出してるらしくニヤついている。
「悪かったってあの時も謝ったでしょう、もう言わないのよ」
リラがクッキーを1枚噛って頬張ると目を輝かして言う。
「これって見た目以上に美味しい、レシピがあるのでしょう、後からでいいので教えてね」
リラはミルクコーヒーに砂糖を入れるのも忘れて口に含みクッキーとの調和を楽しんでる。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ、君のために用意してたんだから」
リラは2枚目を摘まんで口に運びながらイノマンが自分のことを微笑ましそうな表情で見てるのに気づく。
「じゃあこれ全部私のものね、あげないわよ」
照れ隠しの様子を見せて言う。
「ああ、お腹を壊さない程度にね」
(この食いしん坊め)




