20.十太郎の思い
イノマンはジベルにそんな過去があることなんか露ほどにも知らないし、サロメとの出会いについてもそんなに興味はない。
まあ、ジベルとの最初の出会いがサロメの居室でシャワーを浴びるような人なんだからそういう仲なんだろうなとは簡単に想像ができた。
イノマンになりきった銭太郎はサロメの妖艶な姿を思い出しながら直に会うのはいつぶりだろうと遠い目をして十太郎に話し出す。
「そうだな、これからの予定を話すのならこっちに招くよりシルバーシップに行った方が良いんじゃないかな」
「もちろんですよ銭…イノマンさんシルバーシップは戦艦にしては装備が整っているでしょう食事も上等だし、まあ豪華客船みたいにとはいきませんけど、それでも行けるチャンスは逃さないようにしましょうよ」
十太郎は対外的にイノマンを名乗ってる年上の弟に対する言葉選びに気を遣った。
どこで誰が聞いてるかも知れないからだ。
もしかしたらこの戦艦ネプチューンの個室にさえ盗聴器が仕掛けられている可能性もある。
イノマン達が日常会話の中で喋っている他愛ない言葉の中に、今の宇宙和平維持連盟組織のやり方に風穴を開けられるようなヒントが隠されていても不思議ではない、それこそがジベル達レッドフラックスにとって貴重な戦力になるのだから。
「遊びじゃないのだからね」
イノマン が浮かれ顔をしてる十太郎を諌める。
「遊びじゃなかったのですか」
「まあ、半分は…そうかもだね」
イノマンが銭太郎の表情を見せて言う。
十太郎はそんな銭太郎をずるいと思い、また羨ましくもあった。
自分がイノマンに成り代わっていても良かったんじゃないかと思う時があるのだから。
今まさにそう思ってる。
「残り半分は連盟へ対抗できる勢力をどうやって集めるのか相談だな」
今度はイノマン風を装う。
(こいつ、わざとじゃないだろうな、二重人格者にならなければいいのだけど)
十太郎は弟の精神がかなり疲労してきているのではないかと心配になってきた。
(培養槽で急速成長剤を投与されながら8年間育成され30歳になったところで出したんだよな、成長速度は私と同じ4倍速弱、でも私は2年後に新しいクローンへと乗り移っているんだけど銭太郎はまだなんだよなー、百太郎兄さんの無銭飲食事件の時にクローン作成を一時中断したんで今は乗り移れるクローンが無いし、地球防衛基地の研究施設は閉鎖されたままになってるって事だし、イノマンもフリープラネットで細々とやってるらしいから無理だよな~)
イノマンのクローン達は研究のために培養槽での育成時に入れた成長促進剤の投与量がバラバラだったので出てきた順番と年齢がちぐはぐになってしまっている。
十太郎は地球防衛基地イノマン研究所に設置された培養槽で4年間に18歳まで育った所で百太郎に出されていた。
イノマンオリジナルのハナコの言い付けを破って出奔するために身代わりが必要だったから。
急成長をさせていた試作品とも呼べる十太郎は自分の寿命が極端に短いことを知り、2年後には培養槽で6年間に17歳まで成長したクローンを出して乗り移ってる。
その後は順調に十太郎がイノマン研究所を管理して培養槽7年目で20歳まで育った一太郎を出し、その翌年に8年目で30歳まで育った銭太郎を出してるのだった。
急速成長させた銭太郎も成長促進剤の悪影響を受けているのには違いないと考えて後から改善策としてあれこれやって寿命を延ばしている。
それでも何かしらの影響が出るのではないかと心配ではあったけど後は適宜対応するつもりでいた。
ただ、今の状態に至っては銭太郎本人に体調管理を十分取ってもらうよう任せるしかないのではと思っている。
「今のままでも十分だと思いますよ、カフ星人とリザード星人の協力は得てるでしょう」
「これから行こうと考えてるバーナード星より少し離れた所にあるへびつかい座グニブー星のレビオス星人も仲間に加えられないか相談しようと考えている、お隣さんになるわけだしな」
(イヤ、ダメだろう北方星域と南方星域の人たちには確執があるって聞いたような…難しいと思うよ)
十太郎はイノマンも知ってる筈なのになんでだろうと考えた。
(まさか何も考えてないってことはないよね、そういえば銭太郎のクローン体ってもうだいぶん長い間、体組織活性剤の投与をしてないんじゃなかったかな、脳細胞が衰えてなければいいのだけど)
弟の精神状態に不安が募っていく。
「じゃあ、先に他の艦船に連絡して艦長達と時間を調整しますね、今日の午後で良いですね、終わったらそのまま皆で会食って流れにしましょう」
(取りあえず他の人達と話をさせてその様子から銭太郎兄さんの身体については判断しようかな)
「会食ではお酒を飲まないで下さいね、イノマンじゃないとバレたりしたら困りますからね」
「私たちは少しくらい疑われてたほうが安全だと思うよ」
銭太郎の表情になって言う。
「意味が違うんじゃないかな」
十太郎は本当に心配になってきた。
(僕たちがバカなんじゃないかなと疑われても困るんだけどな、まあ、そうなったら紙一重の存在ですからとか言って誤魔化すしかないかな)
イノマンは話の最中にその表情をコロコロ変えているけど年下の兄から視線を片時も外してない。
「お褒めに預かり光栄です」
イノマンが言う。
(いや、別に褒めてなんかないのだけど、でもこのままいつまでもサロメさんの厄介にはなれないだろうし、何時かは出ていくのだからサロメさん以外の人達には嫌われていたほうが都合がいいかな、まあ巷では『イノマンのクローン達』と言って不気味がられてるからあまり嫌われるのも何だけどな)
十太郎がグチグチと思いを巡らせている内に場所はシルバーシッブへと移り、そこで今後の行動計画と役割分担等を細かく決めてから会食に入る。
みんなの前に立ったジベルがレッドフラックス代表としての挨拶をして会食が始まり、資金と人材の支援をしたカシオペア座カフ星人シェダル艦長が〆の挨拶をしてお開きとなった。
「せん…イノマン兄さん一人だけがネプチューンに乗るのですか、僕も一緒に行ったら駄目なのですか」
「十太郎兄さんは冥王星研究所を充実させなくてはならないでしょう。私が戻ってくるまでにクローンも造っておいて下さいよ」
年上の弟に敬意を払おうとすると会話の中での敬称がちぐはぐになってしまう。
「そうだよな、やっとの思いで研究所を造って貰ったんだから、やっぱり僕が管理しないとサロメさんの顔が立たないよね」
「その通りだよ、サロメさんも無理してカフ星の人達から援助して貰ってたんだし」
「でもその見返りにってシェダル艦長の戦艦に新兵器を積んであげましたから、多少はお返しできましたよね」
「ああ、お前が新兵器の名前をスパイダーシルキーキャノンなんて言い出すまでは偉く喜んでいたけどな」
「高温で粘着性の高いゼリー状の網で相手を絡め取るのだからぴったりの名前じゃないですか」
「まあな、でもシェダル艦長はもう少し派手なのを期待してた様だったな」
「あまり派手だと僕たちがネプチューンに搭載したトライアングルウエーブキャノンが見劣りしてしまうじゃないですか」
「それもそうだな」
「新兵器のお披露目もまだですから実際に威力を目の当たりにしたら評価も上がると思いますよ」
「それもそうだな」
「兄さん、さっきから返事が単調ですよ、もう少し何かないのですか」
イノマンは十太郎の言葉を聞きながら意識は東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地で活動してるであろうイノマンクローンの残留組を思っていた。
(もう、長いこと連絡が取れていないけど大丈夫だよな、マインドシンクロも上手くいかなかったし、やっぱり1つの培養槽の中で2体を同時成長させないと駄目なのかもしれないな、でもそうなると…)
再度、地球防衛基地のイノマン研究所を思い出して意識を集中させる。
「・・・さん、兄さん聞こえてますか…おーい」
イノマンは十太郎の呼び掛けで意識を現実に戻す。
「あ、ああそうだな、ここが落ち着いたらあっちのイノマンに会いに行くといい、お互い連絡を取っていないから整合する必要があると思うぞ」
(今、基地の研究所で培養槽の前に立ってたと思ったんだけどな)
少し残念そうな表情を見せる。
「イノマンオリジナルのことですよね、女性体のハナコさんだった時は普通に話をしてる途中でいきなり全く別の話を始めたりするので苦手だったんですけど、今も変わってないのでしょうか男性体に戻ってから8年経ってますから少しはまともになってくれてたら良いのですけど」
「天才だから仕方ないと諦めるんだな」
(兄さんそれって僕たち全員を天才って言ってるのですよ…分かって言ってるんだろうなあ~)
「聞き流して話を元に戻しますけどね、それより兄さんとは定時連絡取れるのですよね」
「定時はできないだろうけど、一日一回ならぱ何とか連絡するよ」
「明日から出航準備に入るのでしょう。忙しくなるとは思いますけど宜しくお願いしますよ」
「忘れないように心掛けるよ」
既に消灯時間は過ぎているのでイノマンと十太郎は暗闇の中で話をしていた。
八角形をした40階建メインタワーの38階にあるサロメの居室を間仕切り、簡易壁で区画しただけのイノマン達の寝室ではポンド、リラ、ドール、ペニーがそれぞれのベットで寝息を立てている。




