19.ジベルの過去
イノマンを名乗り続けている銭太郎とその兄妹たちがサロメの案内により冥王星に到着して3年が経過してる。
依頼を受けていた新造戦艦に主砲を組み込む作業も予定通り完了して1年間の試験運航も終わりに近づく。
名前を冥王星に因みネプチューンと定めレッドフラックスのジベルが艦長に就任してた。
その新造戦艦で与えられた個室にイノマンのクローン2人が住んでいる。
「銭太郎兄さん、新兵器の試射はどの辺りで行おうと考えているのですか」
17歳の十太郎が年上の弟に聞く。
十太郎はイノマンが作り出したクローンとしては2人目、長男の百太郎の次なのだから次男になる。
そして銭太郎は四男なのだけど培養槽のなんやかんやで一番年上の30歳になっていた。
長男の百太郎は一番最初ということもあり寿命が短く既に機能を停止して基地のほぼ最下層にあるイノマン研究所でコールドスリープ装置に入っている。
「イノマンと呼んでくれないと危ないですよ、どこで聞かれているか分かりませんからね」
銭太郎は年上ぶることはせず謙虚に年下の兄に言い返す。
「そうでした。もうすぐこの試験航海も終わるのかと思って気が緩んでいたのかも知れません、気を付けます。それでまだ本格的に全力で主砲を撃ってませんけど、やっぱりあれですか」
「そう、あれだ、ここは監視の目が多過ぎるし、こんなに星星が密集してるところで撃ったら何かしらの影響が出るかもしれないから用心に越したことはないな」
「しかし連盟の皆さんも本当に神経質なくらい宇宙船の航行ルート上に通信機をばら撒いたものですね」
「通信機事態が体裁のいいスパイ装置だからな、通信傍受だけをやってることはないだろうよ」
「そうですね、でもその割には何も言ってきませんね」
「主砲をぶっ放せば血相を変えて直ぐに艦隊組んでやって来るだろうよ」
「じゃあ主砲を撃つのは別の場所、もっと何もないところまで行くのですね、どこにするのですか」
(銭太郎兄さんはもう場所は決めてるはずだよな)
「バーナード星域にしようと考えている」
「いいですね、地球人のケンタウルスアルファ星行きの航路から外れた先ですからね、その辺りまで行かないと敵対行動と見られたらおしまいですからね、そういった話をするためにも早々にサロメさん達とランデブーですね」
(もう少し危機感を持って欲しいのだけど)
銭太郎は心の中だけで思うことにする。
(太陽系の最外殻で今までは目立たなく行動してたけど、これだけの艦隊運動をしてたんじゃあ連盟としても黙って見てるだけでは済ませてくれないだろうし、私も銭太郎の名前は思いきって捨てないと駄目だろうな)
カシオペア座カフ星人の資金援助によって冥王星のレッドフラックス基地が完成して3年、イノマンとそのクローン達によって宇宙戦艦への主砲取付作業が完了し試験航行も終わりに近づく。
サロメが冥王星に基地を建造し始めてから33年が経過してた。
最初はサロメの個人資産で建造を始めたけど5年で資金が底を尽き人員も不足し始めたのでパトロンとなりうる人財を基地まで探し求めて行ってる。
協力者を見つけるにしても誰彼問わず声を掛ける訳にもいかず時間だけが過ぎていく中、例の胡散臭い酒場でテレム評議員を救って英雄になったカシオペア座カフ星人のシェダル艦長に会い意気投合してカフ星人の援助を求めて叶う。
冥王星基地が建造中止になってから既に10年が経過していた。
シェダル艦長は話の中で、サロメが南方星域にあるガカ座方面集団移民船団で構成されたマーロ独立国、ヘデロ国王の愛娘であることを本星に連絡して確認できるや否や過剰なほどの援助を行ってる。
それにより冥王星基地は当初の計画よりもかなり巨大になり、基地完成間近になると主力戦艦の建造にも着手していた。
それはさておき、戦艦の試験航行が終わった今こそが連盟の目を掻い潜り冥王星を離れられる時じゃないかとイノマンは思う。
その理由の一つに、ジベルがレッドフラックスの本拠地に出来ないかと密かに考えているサロメの巨城がその名の通り巨大になり戦艦まで携えたとなると連盟による監視の目が一層厳しいものになることは間違いないから。
だから最小限の管理人だけ残して居なくなれば連盟の立ち入り検査があったとしても難を免れるのではないかと考えた。
ジベルがサロメと共に立ち上げたレッドフラックスの当初の目的は『拘束された地球人の解放』としてる。
その昔、東域宇宙和平維持連盟の中で『地球人類排斥派』『地球人類擁護派』『地球人類保護派』が三竦み状態になる以前から、保護派と呼ばれる組織は地球上より17歳前後の子供達を選抜して宇宙人のための地球防衛基地へ召喚し教育を行い立派な宇宙人になるように育て始めた。
それから10年もしない内に宇宙適正がなく心身症になってしまった者が出始める。
保護派としては傍観者になるわけにもいかず、アイン星人が太陽系進出の前線基地として建造し、その後放置されていたケンタウルス座アルファ星C2を彼らの受け入れ先に出来るように計らった。
それから心身症になった者の他に連盟から指名された者、または本人の希望により申し出た者の中から許可された者はケンタウルス座アルファ星へ一緒に移住させるようになる。
名目上の理由は『地球人類の終焉はユートピアで過ごしましょう』になった。
アルファ星に移住が決まった者はその後の変更ができない。
選抜された者は簡単な説明の後、身体検査を行いそのままコールドスリープに入ってしまうからだ。
ジベル自身も寝てる間に宇宙へ連れ出されるが基地で10年過ごした後には移民団の指導員という立場になってアルファ星行を指名されてる。
その本当の理由は連盟から煙たがられたからだった。
ジベルの本名はジルベルトといいイタリアはシチリア島出身で誕生日は西暦1774年7月2日。
生まれた家は貧しく幼い頃より生きるための生活を強いられて育っていく。
ジルベルトが16歳になったばかりの夜、就寝時に美しい姿をした天使が枕元へ現れ、勧められるままの勧誘に応じて精神体だけで宇宙に出た。
彼女は連盟のチルドレンサーチャーだったのだけどジルベルトには知る由もなく、また今の生活から抜け出されるのであれば藁にでも縋る。
『あなたはジルベルトですね』
(ああ、何という幸福感…)
『はい、天使さま…何のご用でしょうか』
貧しいながらも従順な信仰心を持つジルベルトは何の疑いもなく夢の中に現れた美しい天使に答えた。
(毎日欠かさなかった祈りがやっと届いたんだ、これで皆が苦しみから救われる)
ジルベルトは心から喜ぶ。
『あなたは私と一緒に宇宙へ行き、あなたの住む美しい地球を蝕もうとする害虫から守らなくてはならない使命を受けました』
そう言って細くて白い手を差し出してくる。
「僕たちを貧しい生活から救いに来られたのではないのですか、守る…使命って?」
聞いた言葉の意味がまだ通じていない。
だけど彼女にはジルベルトが理解してようとしてまいと、どうでもいい事だった。
だから続けて言う。
『同意されましたのなら今から宇宙へ行きましょう。素晴らしく充実した世界がこれからのあなたを待っていると約束します。さあ、私の手をお取りなさい』
優しく微笑みながら言葉を終わらせる。
彼女の言葉には暗示力みたいなものがあったけど、若い彼は天使の姿をした美しい彼女に心を奪われていたので、そんなことには関係なく何を言われても『うんうん』と首を縦に振っていたに違いない。
そして目の前に差し伸ばされてきた手を取り意識を失う。
『なんだかとても不思議な夢を見たな』
そう呟きながらジベルは硬いベットの上で目を覚ます。
起きた場所は自分が寝てた部屋とは全く違い、似たような服を着て不安げに周囲を見回してる大勢の少年少女に囲まれていた。
これも夢の続きかとの思いは扉から現れた神話時代の巨人みたいな人が始めた騒音のような説明によって破られる。
説明を聞き終わった頃にはすすり泣く声が近くから聞こえてきたけど自分も涙を押さえるので精一杯だった。
宇宙人のための地球防衛基地に召還されてきた少年少女は自分も含めその殆どが幽体でやってきていて今は人の姿を模したバイオロイドに収まっている。
説明の中で地上から身体を伴って召還されてきた者も居ると聞いたけど、3年間の教育訓練中その人達に会うことはなかった。
地球防衛基地で10年間過ごし26歳になった時、バイオロイドの体から寿命が長い高性能人造人体に移されケンタウルス座アルファ星行きを命じられる。
ジベルも他の地球からの召喚者と同じく最初の3年間は立派な宇宙人になるための教育を受けた。
その後、優秀な成績を修めて卒業し地球防衛基地の運営管理課へ配属を希望して叶ってる。
理由は地球防衛基地のやり方に不信感を抱き始めていたから。
事の発端になった最初の夜に枕元に現れ優しく勧誘の言葉を掛けてくれた妖精みたいに美しい天使の女性はその後いつまで待っても、教師に懇願しても二度とジベルの前に姿を見せることがなかった。
それが懐疑を持つ切っ掛けになる。
彼女の存在を確かめるべく地球防衛基地運営管理課に就職して目的の彼女をデーター上で検索した。
現地視察に行くと言って実際に会うことができたのだけどそれは諦める。
彼女は本当にデーター上だけの存在、AIによる立体ホログラフィーだったのだから。
自分は自ら描いた理想の女性が話す抗うことができない誘い言葉に乗って宇宙に出てきたのかと疑心暗鬼になっていく。
更に調べを進めていくと召喚された地球人は何回かフルイに掛けられ最後まで残った者がアルファ星へ移送されることを知る。
アルファ星で彼らを待っているのは何か…。
更なる調査を進めようとしたところで自分がアルファ星行きに選ばれてしまう。
(このまま黙って従っていたら何も分からないまま処分されてしまうかも知れない)
ジベルは猜疑心が恐怖心へ変化していくのを感じた。
品行方正に勤務しているのには自信があったし誰からも邪な目を向けられた覚えはない。
それでも自分がフルイに引っ掛かったんだと認識できる判断力は失っていなかった。
(黙って従っていたんじゃアルファ星で何をされるか分かったものではない)
だから、地球防衛基地から逃げ出すための行動を起こす。
そして、第4層にあるいかがわしい酒場でサロメと出会い…一目惚れをした。




