15.サロメの計画
イノマンの振りをしたままでいる銭太郎と、いかがわしい酒場へハナコを捜しにやって来たサロメは出会い、今は表通りの健全な喫茶店で隣同士に座っていた。
ラビット星人のバニーガールが接客している店でアベックシートとテーブルしか置いてない個室に入って座っている2人を『健全な』と評価するのはどうかと思うのだけど。
(は、話をするだけだよね…何もしなくていいんだよね)
銭太郎はハナコ以外の女性に対する抵抗力を備えていない。
さっきの酒場では銭太郎を含め、その場に居た全員がサロメのことを美男子と思っていた。
クマ男のドゥベーが2人の席へ向かい嫌がらせを始めようとした時、サロメが胴体に隠すよう巻いていたムチを取り出すため着ていた黒いレザーツナギの前チャックを下ろす。
銭太郎の目の前で小振りな乳房が露になって、サロメは彼から彼女へと認識の変更がされている。
そのまますうっーと立ち上がりくるっと回ってドゥベーと対峙したものだから、酒場に居たみんなの目にも焼き付いてると思う。
それもあって銭太郎は早々にハナコを酒場から連れ出す。
「さっきの店で『ハナコは死んだ』って触れ回ってたみたいだけど本当なのか」
サロメはハナコがまだ生きていると信じたいと思ってる様に見えた。
(疑われてるな、どうしようか、この人には真実に近い話をした方が良いかも知れない)
銭太郎は事実に思えるような作り話を即席ででっち上げる。
『実はハナコの死因なんだけど『脳梗塞による突然死』と言うのは方便で本当は自らが作り出した毒に殺られたんだ。どうも毒ガスの研究をしてたみたいなんだけど、何でそんなものに関心を持ったのかは知らないけどね』
そうして平然と嘘をつく。
「ハナコは色々な武器を自作して金儲けをしてたんじゃないのか、このムチもハナコが作った特注の一品で、前の持ち主が800万ポンタ支払ったと言ってた。ただ使うに当たっては相当な精神力を必要とするので自分では到底使いこなせないと言って愚痴っていたので私が現金の代わりに受け取ったんだ」
(まさか殺して奪ったりしてるんじゃないだろうな、帰ったら顧客リストを調べないといけないかもな)
「まさか殺したりはしてないよね」
思わず考えてたことが口に出てしまう。
「そんなことはしないさ、彼は犯罪者でね保護してやる見返りとして貰ったんだよ」
(犯罪者を保護って言ってるけど匿うって事だよね悪の組織じゃん、そんな人と普通に話しなんかしてたらヤバくないか)
銭太郎は何の話しになろうとも早々に断りを入れて逃げ出したい気分になっていく。
その、あせる気持ちが口を滑らせた。
「あ、あのー、サロメさんってもしかして、あく…いいえ何でもありません忘れて下さい」
「悪い人間かって言いたいんだろう、全く、思ったことを直ぐに口にするようじゃぁ長生きできないよ、まあ、地球人は元々が短命だからさ、寿命が数十年短くなったからってなにも変わらないだろうけどな。そして、私らから言わせれば悪ってのは連盟の奴らの事だからな、私は悪を断罪する組織の一員だよ正義の味方さ」
(やっぱり組織に入ってる人だったんだぁー、まさか新選組とか言わないだろうな)
「組の名前を教えてもらってもいいでしょうか」
「組ってのは分からないけど、我らが指導者ジベルによって作られた組織の名前はレッドフラックスって言うんだ」
「レッドフラックスですか良い名前ですね、そしてその心は?」
銭太郎はヨイショすることにする。
「何だお前も入りたいのか、だったら教えよう、いまの世界は規則によってガチガチに固められている。人々は見せかけの自由に誤魔化されているんだ。だから我々はいま住んでいる社会の真の姿を引っ張り出してここで盲目的に生活している人たちを覚醒へと導く先導者となる。すなわち『我々は嘘で固められたこの世界を融解させ、真の自由を取り戻すことにある』ってのがスローガンさ、分かったか」
サロメが最後のスローガンを声高々に宣言するように言って終わらせた。
(ああ良かった、長い演説が始まるのかと思っちゃったよ)
「何となくですけど」
「私が悪人でないことは理解してくれたのだろう」
「そうですね、自分が正義だと信じ込んでる人は、誘っても仲間に入らない人は全て悪だと決め付けますからね」
(ヤバい、ちょっと言い過ぎたかも知れないぞ)
「そうだなそうかも知れないけどな、誰にも逆らうことを知らない民衆を味方に付けて『正義は我にあり』と宣言するだけの奴が正しいか否かを誰が正当に評価できると君は思うかい」
(良かったよ逆鱗に触れてはないみたいだな、ここでもう少しヨイショして好感度を上げておこう)
「サロメさんの仰る通りですね、白と黒どちらが正義かって、終わってから数が多く残った方ですよね」
(あれ、何が不味かったのかな顔色が悪くなっていくよー)
「それこそが愚の骨頂、少数派の意見を聞こうともせず排除する多数決絶対主義を掲げる連盟のやり方だ、君も盲目的に洗脳されてるんじゃないか」
(いやー、そういう意味で言ったんじゃないのだけどなぁー)
「そうかもしれません。私は連盟の中で生まれ育って研究一筋でそれ以外の事に無関心でしたから、これからは気を付けます。それでハナコさんに何の用事だったんですか」
「そうだったな、つい熱くなってしまった。だけどこの続きは必ずするから覚えとけよ、それで、ハナコは武器を作って売ってたんだ、一体どれ程の武器を売りさばいていたのか知ってるんじゃないのか」
サロメの横睨みがきつくなってきてる様に感じた。
(彼女が欲しがってる情報を言わなければムチの出番が来るのかも…って嫌だよー)
銭太郎が返事に窮してると個室入り口のチャイムが鳴って来訪者を告げる。
「ハイ、どなたですか?」
助けが来たと思えるタイミングに安堵の吐息を吐きながら銭太郎が返事した。
「ご注文の品をお持ちしました。開けて頂けますか」
銭太郎が扉のスイッチを探すけど見当たらなくてキョロキョロしてる。
「開け…」
サロメが言うと片開き戸が「ガチャッ」と音を発して内側へゆっくり開いてゆく。
(なんだ音声スイッチだったのか)
恥ずかしい気持ちを押さえるようにして、通路に立っているメイドからトレイを受け取りテーブルに置いた。
銭太郎はアイスコーヒー、サロメは強炭酸水を注文してる。
個室を利用するための条件に料理も注文しなければいけなかったのでピザを頼んでいた。
ピザをつまんで口に入れることで話を中断することに成功する。
無言の状態がしばらく続いて銭太郎が口を開く。
「一度研究所に帰ってハナコの資料を見てみるよ、作ってたのなら何か絶対残ってる筈だからさ、だからお願いだから帰らせてよ」
「何を言い出すのかと思えば、お前は何て気弱な奴だったんだ、私がお前を誘拐するとでも思ったのか、私が正義で連盟は悪とすれば連盟に隠れて行動してたハナコは正義、つまり私たちの味方になるんじゃないか、お前はイノマンとか言ったな、お前がハナコの同僚で仲間なら当然私たちの仲間であって味方じゃないか、だから不安になることは何もない、全てを恐れずに立ち向かい一緒になって行動しよう。私はイノマンを信じるから、お前も私たちのことを信じて欲しい」
(さすがは活動家、異国の宣教師みたいに洗脳してくる。だけど洗脳ならイノマン…本来の猪野万太郎が得意とするところじゃないか、負ける訳がない)
銭太郎は巻き返しにかかった。
「私はサロメさんを信じます。一度帰って情報と知識を仕入れ再びあなたの前に現れましょう。だから今は私を信じて待っていて下さい」
「そうしよう、調べものをするのだったら今までみたいな小型ではなくて大型の武器の製造をお願いしたいのでそのつもりで、そうだな惑星1個ふっ飛ばせる位の威力は欲しいな、当然なことだけど材料と場所と報酬はこちらで用意するから次に出てくる時は旅行に行くつもりで来てくれ」
「連絡方法はどうしますか、狼煙を上げるとか」
「バカかお前は、さっきの酒場でサロメに会いたいと言えば私に連絡が取れるようにしとくから、それでいいな」
「わかりました、それで本当に惑星1個破壊する程の威力のある武器を作るのですか、対象物の大きさは地球程度を考えておけばいいでしょうか」
「そうだな武器の大きさにもよるな、お前、戦艦ってわかるか」
「馬鹿にしないで下さい。黒船のことでしょう浦和に来てましたよね」
「お前が何を言ってるのかは理解できないけど、連盟が持つ標準的な中型戦艦の主砲としたいからそれで考えておいて欲しい」
「それなら素人がちょっと考えても後付けは無理な話しだと思いますよ」
「そのくらい私でもわかる、だからお前には旅行の準備をして来るように言ったじゃないか」
「旅行って言ったら1泊2日ですよね」
「地球人ってのはそれ程までにおバカさんだったとは知らなかったぞ、お前だけが研究バカで特別なのかも知れないけどな、向こうに着いてから戦艦一隻作ろうってんだから15年は帰ってこれないだろうよ」
「じゅ、15年ですか…」
銭太郎は一瞬だけ猪野万太郎が父と一緒に久留米から京都まで旅する姿が脳裏を掠めた。
(こんな時にフラッシュバックするなんてダメだな、帰ったら記憶操作で消そう)
「完成が早ければそれだけ早く帰れると思っていて大丈夫だ」
「報酬は頂けるのてすよね」
(お前の無事な命だとか言わないだろうな)
「考えているともさ、ただ後払いにはなると思うぞ、戦艦を作るのにも金が掛かるからな」
(建造した戦艦で連盟を脅して金銭を得ようって事じゃあないだろうな)
銭太郎はさっきから余計なことばかりに考えが傾き思考が正常に働いていない。
(まあ、ここまで聞いて断ったりしたら本当に命を亡くす事になるかもだよね、腹を括るしかないか)
「それでどこへ連れていってくれるのかなあ」
少し投げ槍になって聞く。
「冥王星だけどね」
サロメは何の感情もなく一言だけ告げた。




