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13.ハナコはイノマンに戻る

 何はともあれ、イノマンクローンの3人はオリジナルをクローン6号へ乗り移らせるための準備へと入る。

 オリジナルは研究所についての一切を彼等に丸投げしていたのだからまだ何も知らない。

「フンフンフン…ただいま~、何か報告しなければいけない事はないですか」

 ハナコが毎度毎度の決まり文句を鼻歌交じりに言いながら帰って来た。

「クローン6号への乗り移り準備が整っています。どうぞお仕度下さい」

「えっ!いきなり何ですか、新手の嫌がらせですか、私に事前の相談もなしに決定したってことですか」

 ハナコは畳み掛けるように抗議したけど、この3人に全権を与えていたのには間違いないのだから、決定したのであれば従うしかないのかなと考え込む。

(あれ…おかしいわね待ちに待った男性体に戻れるって言うのにちっとも嬉しくないってのはどういうことなのかしら)

 ハナコの中でイノマンの意識が葛藤してる。

挿絵(By みてみん)

「何か特別な理由がおありなら延期も可能です。どういたしましょうか」

 銭太郎が近づいてきて言う。

「いえ、少し気が動転しただけですから構わなくて大丈夫よ」

「それではこちらへどうぞ」

 銭太郎がハナコの手を取り処置室へ案内する。

 そこには2台のストレッチャーが並んで置かれ、1台目にはイノマンのクローンが横たわっている。

(こいつらは延期しましょうかとか言っときながらここまで準備してるなら延期なんて出来る訳ないじゃない)

「私が拒んだらこの子はどうする気だったのかしら」

 イノマンのクローンを指差しながら言う。

「普通に目覚めさせて私達と同じ4人目の研究員にしましたよ」

 十太郎がちゃんと考えていますよと言いたげな表情をしてる。

「あら、そうなんだ」

「名前もちゃんと考えてましたよ」

「何て付けたの」

「オリジナルが入らなければ教えても良かったんですけど、これに入るんですよね」

(人には言えないような名前でも考えてたのかしら)

 ハナコが懐疑的な眼差しを十太郎に向けるけど軽く躱されてしまう。

「それはそうと、6号に入った後の名前は今まで通り『ハナコ』を使うんですか」

 銭太郎がにやけてるところを見ると冗談なんだろう。

「バカなことを言うんじゃないわよ『イノマン』に決まってるでしょう」

 ハナコは真剣な眼差しで返事した。

 11年も女性をしていれば言葉遣いが女性言葉で定着しても仕方ない。

(長かったわね、乗り移った後は言葉遣いに気を付けないとオカマ扱いされてしまうわ…って既に女言葉じゃない)

 でも、心までは譲れないと思うイノマンの意地がここにはまだあった。

「じゃあ、始めましょうか」

 ハナコがあっけらかんとした表情でさらりと言う。

(後はなんとかなるでしょうし、リハビリを兼ねて暫くはここに籠るってのもありよね)

 クローン6号に乗り移ったイノマンはそれまで使っていたハナコの身体を解体処分にしてる。

『記念にコールドスリープさせて保存しましょう』と3人の研究者が提案したけど耳を貸さなかった。

 名残惜しくないと言えば嘘になるのだけど、それより自分が女性になっていたという事実を残したくないとの思いのほうが強い。

(将来誰かに知られたりして『若い時には女装癖があったんだ』とか思われるのは嫌よね)

「代わりと言っちゃあ何だけどさ銭太郎、あなた私の代わりに繁華街に行ってハナコは死んだって触れ回ってきてよ」

 イノマンの突然な提案に3人は顔を見合わせたけれど直ぐに了解する。

「ハナコと私の間柄および死因についてはこちらで決めても良いでしょうか」

 銭太郎が言う。

 人工体のハナコは20歳のバイオロイドだったので蘇生すると成長を始めていた。

 イノマンを乗り移らせ活動を開始してから11年目だから年齢は31歳になっている。

 銭太郎は30歳で培養槽から出て、成長抑制剤を投与しているので姿が変化することはない。

 ハナコのことは研究所の同僚とすることにして、死因については突発性脳梗塞。

(昨日まで元気に酒を飲んでいたのだろうから妥当なところだろう)

 銭太郎が2人と話し合って出した結果だ。

 そしてハナコの研究内容については個々人が完全に秘匿しているので知らないことにする。

 既に発表されている研究結果については、誰もが知り得ることなので何を言っても問題ない。

 ハナコがアルバイトしていた内容については当然知らないことにした。

 そこまで整えてから銭太郎はハナコから外での行動についての経緯を詳しく聞く。

 ハナコがいちいち説明するのを面倒になって記憶を部分コピーして渡そうかと提案したけど断わっている。

(ハナコの記憶ってのはきっとけばけばしい原色カラーで塗り固められているに違いないからな、ごめん被りたい)

 と銭太郎は思っていた。

 それからは数日を掛けてハナコの足跡をを辿って行く先々でハナコが死んだことを流布していく。

 研究所を出た後の銭太郎は対外的にイノマンと名乗って歩き回っていた。

 イノマンのクローンはみんな同一人物と思われても仕方ない外見をしているのだから。

 数日が経過して外の環境にも順応し、相手を怒らせることなく対応できる話術と知識を得てから、銭太郎は後回しにしていた如何わしい酒場へと足を運ぶ。

 流石に如何わしいと形容されるだけのことはあって店内は薄暗く異様な臭いと煙が充満してる。

「ヘイ、どこぞのお金持ちか知らねえが、ここはお前の様なモンが来る場所じゃないぞ、さあ金だけ置いてさっさと帰んな」

 こういった場所に相応しい如何にもゴロツキって感じのクマが睨みを利かす。

「アハハハハそりゃあいい、恵まれない俺達に施しをお願いしますだぁー」

 ワライカワセミみたいな鳥頭の宇宙人がそれに乗っかる。

(ビビったら負けだぞ)

 そう自分に言い聞かせて目の前を通り過ぎようとする店員らしき人物に声を掛けた。

「あのー、すみません…」

「あーっ!何だお前、初めて見る顔だがもしかして客か?それならカウンターで好きなのを注文して好きな席に持っていき大人しく食べて飲んでさっさと帰ることだな、ここはお前みたいなキレイモンが来る所じゃねえ、最後に忠告しといてやる今日のおすすめメニューはノネズミの姿焼きセットだぞ」

(しまった。身なりが良すぎたか)

 銭太郎は何気なく髪を手ですきセットを乱し背広を脱いで腰に巻く。

 そして少し余裕を付けて厳つく言う店員を睨む。

(わあ、何て可愛いねずみの姿をしているんだ。太陽系外宇宙人なんだろうけどマウス星人だろうか、それにしても言葉遣いが悪い割には親切に教えてくれたな)

 銭太郎はねずみの定員を横目に捉えながらカウンターへ行き忠告通りの品を注文すると店内を見渡すように振り向き口を開く。

「みなさんにお知らせがあります。私はここに通っていたハナコの同僚…仲間なのですけどハナコは死にました」

「えっ!何だってハナコが死んだって」

 最初にキンキン声で喚いたのは、さっきの可愛いネズミ店員だった。

「みんな大変だあー、ハナコが死んだんだってよー」

 カウンターの中からバーテンダーらしき馬頭が大声で良い放つ。

 一斉に周囲が注目して鋭い眼光による集中攻撃を受ける。

(これは堪らんな)

 銭太郎は少しだけたじろいだけど、なんとか体勢を立て直す。

「なんで死んだんだ」

「お前が殺したんだな」

「お前に振られて死んだのか」

「色男は女の敵だ!」

「帰れ!帰れ!イケメン帰れ!」

 皆が思ったことを勝手に叫ぶ。

「急性脳梗塞だ!」

 銭太郎は騒然となりつつある店内の騒音に負けないくらいの大声を出す。

「昨日は元気に飲んでいたぞ」

 誰かが雑然とした集団の中から大声で言う。

「酒の飲み過ぎが原因だ、私…オレではなくてお前達が殺したようなものだぞ」

 一瞬、店内が静まり返った。

「チューだチューのせいだ」

 ヒューマンタイプの男が言う。

「ハナコが来ると必ずグレイライチをサービスしてた」

「あれは甘いが強い酒だ」

「そうだチューのせいで死んだんだ」

「皆もハナコに酒を飲ませてたじゃないか、オレだけのせいにするんじゃねえちゅー」

 チューが焦って言うものだから母国語訛りが出てしまう。

「そういゃあシュランが『おれの酒が飲めないのか』とか言って迫って困らせてたのを見たぞ」

 別の誰がが言う。

「オレは他の奴らが無理強いしてこない様に守ってやったんだぜ、酒も少ししか飲ませてねえ、あれはハナコに最初の一杯だけ奢ったんだ、皆もハナコが楽しく酒を飲んでいる時の方が活気があって楽しかったんじゃないのか」

 今度はシュランが必死になって弁明する。

「お前はチューと一緒になってハナコを客寄せマドンナにしてたんだろうよ」

「アルバイト代は払ったんだろうな」

「ワハハハ・・・」

 いつの間にか店内の雰囲気が明るくなり笑い声も聞こえだす。

「そういゃあハナコに夢中のアイツはまだ来てないな」

 チューがそう言いながら銭太郎を奥の席へと案内する。

「ここはハナコがいつも座っていた席なんだ、だから空けてあるんだ、まあハナコの指定席みたいになっていたんで誰も座らない。だから今日はあんたが座ってくれ、あんたの名前は何だ」

「イ…イノマンだ」

 少し言い詰まった。

「イ・イノマンなんだな。ハナコの代わりといっちゃぁ何だが、これから宜しく頼むぞ」

 常連客を失った4人掛けのテーブルに1人で座ると少し寂しそうに感じられる。

「いつもなら誰がが直ぐに酒を2つ持って来てたんだけど、今日はどうかな」

 そう言ってチューはキッチンの方へ行ったかと思うと直ぐに戻ってきてテーブルにジョッキを置く。

「これがここの名物グレイライチだ、今日はオレの奢りだからな次に来た時は自腹で払えよ」

 暫く1人でサービスされたグレイライチを味わっていると対面の席へ見知らぬ誰かが座ってきた。

「ここに座わらせてもらうよ」

 腰掛けてから言う。

 凄い美男子だ。

 何故にと思って周囲をみるとテーブルは全て4人掛けなんだけど、そこに1人で座っている客が多くて新しく入ってきた客は相席になるしかない。

(それでもこんな奥まった所にわざわざ来なくても良さそうなのに)

 そう思って改めて顔を拝見する。

(まあ、こんなに美男子なんじゃあ目立たなく行動しようとするのも頷けるな)

 銭太郎はそう思って、あまり関わらない方が良さそうだと判断した。

「あなたハナコの同僚とか言ってたみたいだけど名前を教えてもらえるかい」

 美男子が言う。

 そう言う美男子はサロメと名乗った。

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