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12.イノマンのクローン達

 イノマンは自分の研究室に備え付けてある培養槽から出すクローンへそのまま乗り移ってもいいんじゃないかとの考えが頭を離れない。

 でも、この体は成長促進剤を極限まで使用しているので何かしらの問題が発生する可能性が高いと思われる。

 それに自分が乗り移るためにはある程度の検証も必要だと考えた。

 だから培養槽から出したクローンはイノマン自身の記憶をコピーして助手にしようと思う。

 幽体をどうしようかと考えた時、記憶と幽体を渡してしまったら、それは既にイノマン本人と何も変わらない存在になってしまうのではないのかと言う結論に至ってしまったので、AIを駆使して従順な疑似人格を即席で作り幽体としての役割を持たせた。

 ともあれ、1号と名前を与えた後は研究室の維持管理だけをさせるようにして、私事にはあまり関わらないようにしようとイノマンは生活の場を外へと移す。

 これが後になって『あの時、命令に従うだけの従順なロボット人格を入れておけばよかった』と少し後悔することになる。

 何が起きたのかを明らかにすると、1号は目覚めてから1年後、成長促進剤の副作用により自分が短命であることを知った。

「別にオリジナルを恨んだりはしないさ…」

 だから彼は培養槽で自分の次に育っていた18歳になるクローンを覚醒させてから記憶をコピーして後釜に据え出奔してしまう。

 その時には1号が研究を行っている過程で悟ったことを実行してる。

「幽体をコピーしたり疑似人格を入れたりすると後から自分の中で育った感情と反発して二重人格者になってしまうのではないかな」

 そう言う意味で2体目クローン2号には幽体とか人格とかを事前には持たせなかった。

「どうせここからは出られないのだから、ゆっくり自分自身で育み身に付けていくと良い」

 ふと遠くを見るめをする。

「そういやぁ1号とか2号とか、いかにも改造人間みたいな名前では外に出られないじゃないか」

 他人事みたいに呟いて紙とペンを探しだす。

『オリジナルへ、旅に出ます。探さないで下さい』

 今までの研究内容を簡単にまとめた最後に1号改め猪野百太郎と署名する。

 猪野はイノマンの本名で名前は万太郎、その弟が千太郎だったので自分の名前は猪野百太郎しかないと思う。

 1号は嫌みを込めた意趣返しを行ったのだった。

 書き終わった紙を少し眺めてから、再度ペンを手に取る。

『PS;クローン2号には猪野十太郎の名前を与えて下さい』

『あとは自分で何とかしろよな…弟よ』

 そう言い残して猪野百太郎は研究室を出ていく。

 女性体のイノマン…いや、ハナコは週に2日程度は研究室に顔を出していた。

 3日もすれば売るために持ち出していた薬や何やらが無くなってしまい補充が必要だからだ。

 売却によって得た大金を持ち歩くのにも危険が伴う。

「ふんふんふんシカのフン・・・」

 今日も大金を懐に忍ばせ鼻唄を歌いながら上機嫌で帰ってくる。

「培養槽が1基初期化されてるじゃない、どうしたのかな」

 5基づつきれいに並んだ培養槽の近くに1号の姿は見えない。


挿絵(By みてみん)

 ハナコは少し胡散臭さを感じた。

「1号どこに居るの出てきなさいよー」

 取りあえず声を掛けてみる。

 1号が入っていた右手前の培養槽は3倍速で成長するように設定してるので中に見えるクローンは3歳児くらいで問題ない。

 問題は通路を挟んで対面に置かれている培養槽の中が空になっている。

 返事が返ってこないから、自分でディスプレイを操作して確認すると2日前に育成中のクローンは蘇生されていた。

(この中は2号が育ってたわね、1号の次だから…確か18歳だったかしら)

「1号!どこに居るの、返事くらいしなさいよー」

 少し大きめに声を出す。

 培養槽の稼働する音は規則正しく聞こえてくる中、しばらく待つけど1号からの返事はない。

 百太郎のサインが入った意趣返しを込めたメモ書きをハナコが見つけるのはもうしばらく後になってから。

「あのー、1号ってのは百太郎兄さんのことですかぁー」

 奥の部屋から白衣を着た少年が姿を現す。

「あなた2号よね18歳にしては幼くないかしら、まあ、いいわ1号はどこよ」

「百太郎兄さんは全てを僕に委ねて出ていきました」

(1号のことを百太郎兄さんって言うのね、可愛いじゃない。それよりこれからよね~)

 ハナコは腕組をして考え込む。

「百太郎兄さんのことを怒らないのですか」

「もう居ないじゃない、今さら怒っても仕方がないことだしね]

「僕に怒ったりしないのですか」

 十太郎が無表情に淡々と言う。

「あなた表情が乏しいと思ったらもしかして感情を入れてもらってないの?」

(1号…いや百太郎が幽体を入れる手間を惜しんだとも思えないのだけど)

「疑似人格や幽体を先に入れると、後から育ってくる人格と融合しない場合には二重人格になってしまうとか言ってました」

「そうはならないと思うのだけど、1号…いや百太郎がそう言うんだったら、検証の必要性があるわね」

「百太郎兄さんのことを怒らないのですか」

「あなたも壊れたレコードみたいに同じ言葉を繰り返さないのよ」

 十太郎は与えられたばかりの記憶の中で『壊れたレコード』を検索してみたけど何もヒットしなかった。

「放っておいても大丈夫なのでしょうか」

 言葉を変えて同じことを聞く。

「あなたまさか刺客でも送って暗殺しろとか言い出すんじゃないでしょうね」

「ダメですか、ここの秘密が漏れるかも知れませんよ」

「彼もそこまでバカではないと思いたいですね、それに外を少し見たら帰って来ると思うのよ、外の世界がそれ程良いものじゃないって直ぐに気付くはず、だからそうね、それまで待ってあげてもいいんじゃないかしら」

(そうかあー、1号を培養槽から出してもう1年が過ぎたのね、放ったらかしにしてた私も悪かったわね)

 ハナコはイノマンの意識の中で少しだけ反省する。

「1号…じゃなくて百太郎のことはいいわ、戻ってきた時には温かく出迎えてね、それよりあなた、十太郎は大丈夫なのかしら自分のことをちゃんと理解できてますか」

「はい大丈夫ですよ、知識として得た感情ってものを鑑みますとこの部屋で1人生活する限りそれは不必要なものと考えられます」

「そうですね、睡眠学習で早目に学んだ方が良さそうね、いいかしら」

「それが命令であれば従います」

「そうね、そのほうがストレスにならないわね、だったらそうしましょうね、それと、変わったことは百太郎があなたに引き継ぎをして出て行ったと言うこと以外にはないかしら」

「特にはありませんけど、昨日の定時報告の時に室長から『外部の人間からイノマンに付いて問い合わせがあったのだけど知らないか』と質問されましたので『外部の人でその名前を知っているのはコードネーム星野の人達だけです』と答えています」

「それでいいわ、でも変ね星野さんなら問い合わせなんてしないで会いに来るか直接連絡してくる筈よね」

 ハナコは喉の奥に引っ掛かるようなものを感じたけどそれ以上は考えないようにした。

(まあ、また何かしらのアクションがあった時に考えればいいかしら)

 そう思いながら数日が経過しても、その話が再び出てくることはなく代わりに百太郎が戻って来てた。

 ハナコが歓楽街から研究室へ帰ってきた時、百太郎はストレッチャー式カプセルの中で昏睡状態で眠っている。

「身体が限界を向かえる前に心が折れてしまったみたいです」

 十太郎が哀れみの目を百太郎に向けたままで言う。

「そうなのね、こうなることは十分予想できていたわ、この施設から出た途端に悪意の波に飲まれたのかも知れないわね。それで何か言ってたかしら」

「記憶と幽体を記録媒体にコピーしてます『後は分解してお役立て下さい』と言い残しました」

「わかりました。今直ぐは無理ですけど将来新たなクローンに移して目覚めさせましょうね」

「いいのですか、裏切り者ですよ」

「いいえ、裏切ったりしてませんよ、戻ってきてるじゃないですか」

「でも…」

 十太郎はそれ以上をいい淀んだ。

(相手の悪口を言う、これが後ろめたさなのだろうか)

 新しい感情を一つ一つ心に刻んでいく。

 それからの十太郎は百太郎にも負けないくらい渾身的に研究に没頭していった。

 成長促進剤を投与したクローンは20歳を目処に培養槽から出して十太郎の記憶と幽体をコピーして移しその命を繋いでいく。

 老朽化した十太郎の身体はそのまま目覚めさせずに分解して細胞の一部を再生させるため培養槽へ戻す。

 それを繰り返しながら成長促進剤の量を加減して研究を続けていく。

 十太郎が研究を引継いで3年目で1体4年目でもう1体と培養槽から出して自分の助手にしてる。

 名前をそれぞれ一太郎と銭太郎にした。

 研究も5年目に入った頃、3人のクローンで毎日行っていた討論で一つの結論を出す。

「そういう訳でクローンの身体が寿命を向かえた時に新しいクローン体へ乗り移っても何ら問題は発生しない事が検証されたで間違いないな」

 その場を取り仕切っている銭太郎が言う。

 培養槽から最後に出てきた銭太郎は成長促進剤の影響で一番年上になっていた。

 イノマンのクローンは培養槽から出る時に成長定着剤を投与してるのでそれ以降は成長や老化をしない。

 寿命は各細胞が劣化により活動しなくなった時に訪れる。

 百太郎は結構面倒臭がり屋の性格に育った見たいで煩わしいことは全て年長者に押し付けていた。

 銭太郎にしてみれば年下の先輩に当たる百太郎の言葉はオリジナルの言葉にも匹敵して逆らえていない。

「オリジナルもそろそろ我慢の限界が来てると思いますし、何よりあの人工体は11年目で耐用年数の10年を過ぎています。ここは速やかにクローン6号に移ってもらうで宜しいですね」

 なんだかんだと言っても最後は百太郎が締めたがってる。

「6号はまだ17歳でしたよね、7号は9歳だからまだ無理だとしても、5号が19歳だからそちらのほうが良くないですか」

 あまり口を開かない一太郎が言う。

「成長促進剤の投与が少しでも少ないほうが良かろうとなったではないか、それに17歳でも少し大人びてもらえば20歳に見えるだろうよ」

 銭太郎はオリジナルを一番年下の身体に乗り移らせて可愛がりたいと思っていた。

「そうですよ、それに10年頑張ってもらえば7号が19歳になって乗り移るには適齢期になりますしね」

「それもそうですね、10年経っても元気バリバリでしたら7号を培養槽から出してコールドスリープさせておくってのも有りですね」

 3人の意見が一見バラバラに纏まり落ち着いてゆく。

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