第99話 ダンジョンの入る者達。
ギルドがダンジョン内部で起きている謎の事態を解明する為に慌ただしく動き出していた頃、スタンピードへの対処を依頼されたあるパーティーは、二十層の入口を前にして足を止めていた。
「‥‥まだ、ギルドから連絡はないか?」
「うん、まだ来てない。こっちからの連絡に対して『全力で調査中です。そのままモンスターの排除をお願いします』って返ってくるだけ。どうする?このまま二十層の探索を始める?」
そう尋ねられた人物は、パーティー『暁』のリーダーを務める男だった。
『暁』は、今回のスタンピードを解決する為に集められた探索者たちの中でも、最も高い実力と実績を持つパーティーの一つで、その最高到達地点は33層と、日本の探索者全体を見渡しても最高峰に位置すると評価されており、通常のダンジョン探索であれば、二十層程度で足を止めるような者たちではない。
だが、そんな『暁』であっても、スタンピードへの対処は決して簡単なものではない。
通常のダンジョンであれば、出現するモンスターの種類や数、危険な場所など、これまで積み重ねられてきた情報を基に探索を進めることができる。
しかし、モンスターが異常な勢いで大量発生するスタンピードでは、その常識が通用するとは限らず、普段なら問題なく突破できる階層であっても、数によって押し潰される危険性がある。
だからこそ、『暁』はギルドから正確なスタンピードの発生場所を伝えてもらう必要があったのだが、未だにその連絡は届いていなかった。
このまま何も分からない状態で二十層の探索を開始するのか、それともギルドから新たな情報が届くまで待機するのか。判断を誤れば、自分たちだけではなく、後方で待機している他の探索者たちにも被害が及ぶ可能性があるだけに、誰も簡単に結論を出すことはできなかった。
「私は反対だね。」
そう真っ向から進行に反対したのは、このパーティーで魔法使いを務め、主に後衛から火力を叩き込むダメージディーラーを任されている「美空 楓」だった。
「楓はどうして反対なんだ?」
「このまま進んで、もしスタンピードが二十層で起こっていたらどうする?この二十層が如何に大変なのか、みんなは嫌と言うほど知っているでしょ?そんな場所で大量のモンスターを相手するなんて絶対に反対よ。」
「それは‥‥そうだな。」
楓の言う通り、二十層は複雑に入り組んだ洞窟が広がる階層であり、視界が悪いだけではなく、足元には大小様々な岩が転がり、場所によっては人一人が通るだけでも窮屈なほど道幅が狭くなる。
特に魔法使いである楓にとっては、最も戦い辛い環境の一つだった。
広範囲の魔法を放とうにも、狭い洞窟では味方を巻き込む危険があり、天井や壁に阻まれて本来の威力を発揮できない場合もある。
後衛から敵を狙おうとしても、入り組んだ地形によって射線を確保することすら難しく、楓が満足に力を発揮できないということは、パーティー全体の火力が大きく低下することを意味している。
そして、そのような場所で大量のモンスターに襲われれば、前衛が敵を抑え切れなくなった瞬間、一気に後衛まで雪崩れ込まれる危険が生まれる。
だが、その反面、こうした狭く入り組んだ地形を得意とする者もいる。
「俺は賛成だな。二十層は俺にとっては庭みたいなもんだからな。思う存分、力を発揮することが出来るぜ!!」
そう言ったのは、『暁』でもう一人の火力担当を務める「日向 治」だった。
その戦闘スタイルは、両手に握った双剣と身体強化を軸に敵の懐へ飛び込み、速度と手数で相手を圧倒する生粋の剣士で、広い場所で真正面から敵とぶつかることもできるが、日向が最も力を発揮するのは、敵の動きが制限される狭い場所での戦闘だった。
広大な空間とは違い、狭い洞窟では一度に襲い掛かってこられるモンスターの数にも限界があるので、小回りの利く双剣と高い身体能力を持つ日向ならば、僅かな隙間を縫うように動き、次々と敵を切り伏せることができる。
速度と柔軟性を重視する日向にとって、二十層の洞窟はまさに自分の長所を最大限に発揮できる場所と言っても過言ではなかった。
「なら、他の人はどうなのよ?夕実と翔はどっちの意見に賛成なの?」
楓が残る二人へ視線を向ける。
夕実と呼ばれた人物は、このパーティーで遠距離から敵を狙い撃つ弓使い。そして翔は、周囲に潜むモンスターの気配を読み取り、敵の位置や数を把握する斥候の役割を担っていた。
名前を呼ばれた二人は一度だけ互いの顔を見合わせると、それぞれが自分の考えを口にする。
「私は反対。」
「自分は賛成かな。」
意見は、見事なまでに真っ二つに分かれた。
賛成が二人、反対が二人。誰か一人でも意見を変えない限り、このままでは結論が出ることはない。その為、最後の判断はパーティーリーダーである「成瀬 正清」へと委ねられることになった。
全員の視線が一斉に成瀬へと集まる。
成瀬はすぐに答えを出すことなく、二十層へと続く暗い洞窟の奥へ視線を向けた。そこから何かが聞こえてくるわけでも、異変を感じ取れるわけでもない。ただ先の見えない暗闇だけが広がっており、その静けさが逆に不気味さを際立たせていた。
やがて成瀬は視線を仲間たちへ戻すと、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「今すぐに出発をするのは反対だ。今の何も分からない状態で進んでも、良い事は何一つとしてない。だから進むにしても、もう少し状況が分かってからの方がいい。」
「つまり?」
「一旦は待機。そしてギルドから連絡が来たら即座に動けるようにする。だけど、その連絡をただ待つのは時間が勿体ないから、翔の索敵スキルを使って、この周辺の状況だけ確認する。その護衛には俺と治で対応する。何か質問あるか?」
完全に足を止めて情報を待つのではなく、危険を冒さない範囲で自分たちにできることを進めておく。
もし周辺に大量のモンスターが潜んでいるのであれば、翔の索敵によって事前に察知できる可能性があり、逆に何も異常がなければ、少なくともこの周辺がスタンピードの中心ではないという判断材料にもなる。
「私はないわ。」
楓がすぐに答えると、治は退屈そうに肩を落としながら、小さく息を吐いた。
「はぁ‥‥つまらないが、まぁ、安全に越したことはないか。俺も賛成だ。」
こうして『暁』の方針は決定した。
ギルドからの新たな連絡を待ちながら、翔の索敵によって二十層周辺の状況を確認する。その結論が出ると同時に、先程まで意見をぶつけ合っていた空気は消え去り、五人はそれぞれの役割を果たす為、即座に行動を開始するのであった。




