第96話 死神の通り道。
21層を攻略したディアブロたちは、そのまま22層へと入るとすぐに視界を埋め尽くすほどの大群のモンスターが一斉に襲い掛かって来た。
ディアブロはその処理をベガと水瀬に任せ、自分は近くに転がっていた岩へ腰を下ろし、戦闘が終わるのを静かに待っていると「ブーブー ブーブー」とスマホのバイブが鳴った。
画面に表示された相手は「H」。それが林からの着信だと確認したディアブロは、そのまま通話ボタンを押した。
『もしもし』
『今、大丈夫か?』
『あぁ、大丈夫だ。何か問題でも起きたか?』
『いや、問題と言えば問題なんだが‥‥今、ダンジョンに居たりしていないか?』
林はどこか言葉を選ぶように歯切れ悪く問い掛けて来る。その声音からは、問題が起きているということが容易に伝わってきた。
『あぁ、いるぞ。』
『はぁ‥‥やっぱりそうか。』
電話越しに聞こえた深いため息には隠し切れない苦悩が滲んでいた。どうやらディアブロたちがダンジョンにいるという事実は林にとって歓迎できる状況ではないらしく、その反応の理由が分からないディアブロは眉を僅かに動かす。
『ダンジョンで何かあったのか?』
『あぁ、実は‥‥今さっきギルドから連絡があったんだが、お前さんたちがいつも探索しているダンジョンでスタンピードが起こっているという報告を受けた。』
その「スタンピード」という単語を耳にした瞬間、ディアブロの表情が僅かに変わる。そして、先ほどから途切れることなく押し寄せて来る異常な数のモンスターを見渡し、その理由に一人納得するのだった。
『そのスタンピードの抑制のために全ての個人ギルドへ救援要請が出ている。この事件で活躍すればギルドの宣伝にもなるし、救援報酬もそれなりに出るからなぁ。俺としては受けようと思ってお前さんにも相談しようとしていたんだが、そういえば今日も探索に行くと言っていたのを思い出して、もしやと思って電話を掛けたんだ。』
『なるほどな。だから、このモンスターの量なんだな。まぁ、もう断るも何も既に戦闘を始めてしまっているし、救援を受けた方が報酬も出て利益にもなる。受けたらいいんじゃないか?』
既にダンジョンで起こっている戦闘を加味して断るのは、不利益と考えたディアブロは受けることを林に提案すると、林もディアブロと同じ考えを持っていた。
『あぁ、俺もそのつもりなんだが、どうやら俺たちのギルドはまだ社会的な実績が足りないってことで、任されるのはダンジョンの外での警備らしいんだが‥‥。』
『そういうことか。状況は理解した。なら、この目の前の戦闘をさっさと終わらせてダンジョンを出ればいいんだな?』
『そうしてくれ。』
そう言って通話を切ったディアブロは、何事もないような様子で自分の周囲に展開していた結界を解除した。
「水瀬!!ベガッ!!今、このダンジョンでスタンピードが起こっていて、ギルドから外での警備依頼が来た。だから、とっととダンジョンを出るぞ!!」
そう声を張り上げるが、二人は押し寄せるモンスターの群れを相手にすることで精一杯であり、返事を返す余裕など微塵もない。そして結界が消えたことで、それまで近付けなかったモンスターたちが獲物を見つけたかのように、一斉にディアブロへ向かって雪崩れ込んで来た。
しかし、ディアブロは迫り来る大群を前にしても表情一つ変えない。ただ静かに片手を前へ差し出し、水面を撫でるようにゆっくりと横へ振るう。
その瞬間、腕の軌跡をなぞるように漆黒の風が生まれ、轟音一つ立てることなくモンスターの群れを飲み込んだ。
風に触れたモンスターたちは断末魔すら上げることなく、その命だけを刈り取られたように瞳から光を失い、生きていた勢いが嘘だったかのようにパタリ、パタリと力なく地面へ崩れ落ちていく。その光景はまさに死神が戦場を歩き去った後を思わせるほど静かで、一瞬にして周囲から生命の気配を消し去っていた。
漆黒の風はなおも勢いを失うことなく一直線に駆け抜け、ベガと水瀬が相手取っていたモンスターまでも容赦なく飲み込み、その先の通路を突き抜けてダンジョンの奥へと消えて行く。
あれほどまでに喧騒に包まれていた空間は、一瞬で静寂へと変わった。
そして、その光景を作り出した張本人であるディアブロは、まるで何事もなかったかのように二人へ視線を向け、たった一言だけ告げる。
「行くぞ。」
その一言だけを残し、ディアブロは迷うことなく出口へ向かって歩き始めるのだった。




