第91話 無色の才能。
観光を終え、自宅へ戻ったディアブロが部屋に足を踏み入れた直後、静まり返っていた空間にスマホの着信音が響いた。
画面に映し出されていたのは林の名前で、その表示を見た瞬間、恐らく姪っ子の怪我についての連絡だろうと察したディアブロは、迷うことなく通話ボタンを押した。
互いに軽く言葉を交わし、まずは今日のダンジョン探索について一通り報告を終える。そこから少し間を置いた後、林はゆっくりと、どこか言葉を選ぶように姪っ子の怪我について話し始めた。
『そうか‥‥五日。なら、それまでいつも通りにやらせてもらうが、問題ないよな?』
『あぁ、分かってる。一応は依頼だからな。受けたからにはちゃんとやる。もう切るぞ』
短いやり取りだったが、それだけで十分だった。
林は取り乱しておらず声も平静を装っていたが、その奥底に沈むわずかな揺らぎ姪を案じる感情だけは、隠し切れず滲み出ていた。
それを読み取るには、長い付き合いも鋭い洞察も必要なく声を聞くだけで十分理解することが出来た。
怪我の内容は重度の打撲と手首の捻挫と命に関わるものではなく、探索者として見れば軽傷の部類に入るものだが、雫はまだ若く、身体も未完成の成長途中にある骨や筋肉は大人ほど安定しておらず、少しの無理が後々大きな後遺症に繋がる可能性も出てくることも考慮して医者も慎重を期して、念のため五日という長めの静養期間を告げたのだろう。
本来であれば、その五日間はディアブロにとって都合のいい空白だった。
依頼が止まり、自由に動ける時間が増えるので、普通なら面倒事から解放されたと喜ぶ場面ですらあった。だが今のディアブロの胸中にあるのは安堵でも歓喜でもなく、ひたすらに一つの疑問を反芻し続ける思考だけだった。
その原因は雫にある。
初めて彼女と出会った時、ディアブロはいつものように相手が持つ“色”を見た。才能とは色として現れる。
水瀬がそうであったように、剣であれ魔法であれ、生まれ持った資質がある者なら必ず何かしらの色を宿している。強弱の差こそあれ、完全な無色など存在しない少なくともディアブロの知る限りでは。
だが、雫には何もなかった。
雫には色がない。それは即ち、得意なものが何一つないことを意味する。そんな存在は過去にも現在にもいなかった。時代がどう変わろうと、人がどれほど進化しようと、ディアブロはそんな異質な存在を一度たりとも見たことがない。
だからこそ確かめる必要があった。
わざわざ水瀬に白魔法を使わせ、ゴブリンを強化した上で雫と戦わせたのも、その答えを得るためだった。もし本当に無色で、何の才能も持たぬ空っぽの人間なら、白魔法で底上げされたゴブリン相手に勝てるはずがない。力も技も足りず、相手に飲まれて終わる。
それが当然の結末だったが、雫は勝った。
決して華麗ではなく、洗練された技もなければ、圧倒するような勝利でもない。何度も転び、泥に塗れ、息を荒げながらも食らいつき、自分が持てる全てを絞り出して、最後の最後に勝利を掴み取ったのだ。
無様で、泥臭く、それでも確かに勝利だった。その戦いを見て確信した。
雫には才能がないわけではない。ただ、その才能がまだ形を持たず眠ったままなのだ。そして、その眠る何かは、ディアブロですら見抜けないほど「深く」「異質で」「底知れない」可能性を秘めているのかもしれない。
その事実に気付いてしまった以上、もう無視することなど出来なかった。
胸の奥がざわつく「未知への好奇心」が、久しく感じていなかった高揚が、まるで炎のように内側から燃え上がってくる。全てを知りたい。あの少女の中に何が眠っているのか、その正体を暴きたい。
だが、それも今は叶わない。
五日間――その時間は、ディアブロにとってあまりにも長く感じられた。
窓の外へ視線を向ければ、夜空は静かに広がり、冷えた風が僅かにカーテンを揺らしている。その暗闇を見つめながら、ディアブロは口元を吊り上げた。
「本当に俺でも見通すことが出来ないほどの才能を持っているんだとしたら‥‥絶対に何があっても仲間にしてやる。次は、お前の全てを見せてもらうからな」
誰もいない夜の静寂に、その低い呟きだけが溶けるように消えていった。




