第84話 清楚?不良?
林の姪っ子の名前を結華から雫に変えてます。水瀬と似ていましたのでね。
雑ではあるが自己紹介をしてもらった以上、ディアブロもまた最低限の礼儀として挨拶を返す。相手の力量や立場に興味はなくとも、これからしばらく行動を共にする以上、無駄な軋轢を生む理由もない。
「初めまして、春宮湊です。呼び方に特に拘りはないので、好きなように呼んでください。」
そう告げる声音には、相手に不快感を与えるような棘は一切なく、淡々としていながらも自然な落ち着きがあった。その流れに続くように、水瀬も一歩前へ出て軽く頭を下げる。
「初めまして、私は水瀬結奈です。春宮と同じ探索者の育成学校に通ってる高校一年生です。一応、雫さんと同い年なので、敬語とかなしでもいいかな?」
少しだけ様子を窺うように問いかけると、雫は一瞬だけ目を細めた後、肩の力を抜くように息を吐いた。
「あぁ‥‥俺も、そっちの方が助かる」
その返答に、水瀬は胸の奥で小さく安堵する。少なくとも言葉は通じる相手らしい。初対面から険悪な空気になる可能性も考えていた分、その事実だけでも十分に大きかった。
「それで、俺はあんたらのパーティーに参加させてもらうわけだけどよぉ。まぁ、もう知ってると思うけど、俺は学校じゃ最低の成績で‥‥本当に弱い。それでもいいのかよ?」
雫は視線を逸らしながら、どこか自嘲気味にそう言った。自分の弱さを口にすることに慣れているのか、その声音には諦めにも似た色が混じっている。
林から事前に“才能が開花していない”と聞かされていたディアブロたちにとって、その言葉は今さら確認するまでもない情報なので、その告白を聞いても表情一つ変えることはない。
「うん、大丈夫だよ。実はね、元々‥‥私たちも学校の成績は良くなかったんだ。探索者としての才能が開花したのも、つい最近のことだから安心して欲しい。追い出したり、雑に扱ったりするつもりなんてないから。」
柔らかな笑みを浮かべながら告げるその言葉に、雫の目がわずかに揺れる。今まで向けられてきた憐れみや嘲笑とは違う、純粋な受け入れの言葉だった。
「そ、そうか‥‥まぁ、じゃあよろしく頼む。」
ぎこちなく言葉を返す雫だったが、その声音には先程まであった硬さが少しだけ薄れていた。
こうして最低限の関係性を築けたことを確認した水瀬は、静かにディアブロへ視線を送り、一度だけ小さく頷く。
この依頼を受けるにあたり、水瀬とディアブロの間ではいくつかのサインが決められていた。頷く回数や首の動きによって意味が変わり、一度なら「はい」、二度なら「いいえ」、首を斜めにしてから一度頷けば「少し問題あり」、そして大きく横に振れば「もう終わり」と単純ながらも実戦向きの合図だ。
そして今、水瀬が見せたのは一度だけの頷き。つまり意味するところは‥‥“進めても問題ない”と、その意図を即座に理解したディアブロは、無駄なく林へ向き直る。
「それじゃあ、林さん。自分たちはダンジョンへ行ってきますので、また後ほど会いましょう」
「あぁ、分かった。雫ちゃんのことをよろしく頼む」
そうしてディアブロたち〈黒盤の覇道〉は、そのままダンジョンへと足を踏み入れていった。
◇
ダンジョンへ足を踏み入れた瞬間、視界いっぱいに広がったのは一面の草原だった。青々とした草が風に揺れ、その度にさらさらと擦れ合う音が耳に届く。空は現実と変わらぬほど青く澄み渡っているが、どこか作り物めいた違和感があり、遠くには巨大な岩山や森林が点在していた。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
草を踏みしめながら進み始めて間もなく、雫が痺れを切らしたように問いかける。
当然だった。これからモンスターと戦うというのに、自分がどう動けばいいのか、役割すらまだ明確にされていない。そんな曖昧な状態で進めば、不安になるのも無理はない。
「うーーん、とりあえず戦闘は雫ちゃんをメインにして、私が後ろからサポートする形にしたいんだけど‥‥雫ちゃんって前衛で合ってるんだよね?」
水瀬が確認を取ると、雫は短く鼻を鳴らしながら肩を竦めた。
「前衛ではあるが、タンク役は出来ないぞ?俺が使うのは――」
そう言いながらポケットに手を入れ、小さなボールペンほどの細い棒を取り出す。その見た目だけなら、到底武器には見えない代物だった。
だが、雫が親指でボタンを押し込んだ瞬間――カチッ、と乾いた音が鳴り響く。
次の瞬間、棒の内部から仕込まれていた機構が連動し、金属音を立てながら次々と伸長していく。節ごとに繋がった鋼鉄が一直線に展開し、その先端に鋭利な刃が固定されたことで、一瞬にして一本の長槍へと姿を変えた。
鈍い銀色の穂先は陽光を反射して妖しく煌めき、その鋭さを無言で物語っている。
「これが俺の武器――“蜻蛉切”だ」
雫は槍を軽く振り回し、空気を裂く鋭い風切り音を響かせながらそう告げた。その動きには迷いがなく、少なくとも槍を扱う技量だけは本物であることが一目で理解できた。




