第80話 当然の進展。
「何で、私に説明しないの!!」
林から事の経緯を聞かされた水瀬は、当然のようにディアブロへ食ってかかるが、当の本人は、その怒声すら雑音のように受け流し、水瀬の存在そのものを意識から外しているかのように、何事もなかった顔で林との話を続けようとする。
そのあまりにも露骨な無視に、水瀬のこめかみに青筋が浮かび、肩がぴくりと震えた。
「ふぅーーー」
肺の奥に溜まった熱を吐き出すように長く息を吐き、無理やり気持ちを押し込める。
それは冷静になるためではない。ここで怒りをぶつけたところで、この男は絶対に相手をしない。
それを理解しているからこその我慢だった。これまで何度も共に行動し、嫌というほど思い知らされてきたからこそ、水瀬はディアブロという存在の面倒臭さを誰よりも理解していた。
そして当のディアブロは、水瀬の怒りなど最初から存在しなかったかのように、平然と林へ視線を向ける。
「それで、他に問題はないんだな? 明日にでも運営を始められるんだな?」
「あぁ、問題はない。国からのギルド申請も既に受理されている。後はお前達がこのギルドのメンバーとして登録するだけで完了だ」
林は即答した。その声には迷いがなく、既に準備の全てが整っていることを物語っている。
「そうか。なら今すぐ頼む。じゃあ、このギルドに登録してくれ」
「分かった。この後すぐにやっておく。で、それ以外に特に用はないか? もし無いなら、一つお前らに頼みたいことがあるんだが」
「ん? お前ら? 俺じゃなくて全員にか?」
「そうだ。一人じゃない。パーティー全体に頼みたいことだ」
その言葉に、ディアブロは僅かに目を細めた。
個人への依頼ならば、どうとでもなる。だがパーティー単位となれば話は別だ。時間も労力も、その分だけ余計に奪われることになる。
正直、面倒だ――それが率直な感想ではあるが、内容も聞かずに切り捨てるほど愚かではないので、利用価値があるかどうかを見極めてから判断すればいい。
そう結論を出したディアブロは短く言った。
「‥‥受けるか受けないかは別として、一旦話は聞く。答えを出すのは全部聞いてからでもいいか?」
「あぁ、もちろんだ」
林は席を立ち、自分の机へ向かう。引き出しを開け、中から透明なクリアファイルを取り出すと、それを持って戻ってきた。
そして机の上に一枚、また一枚と資料を並べていく。紙の擦れる音が静かな室内に小さく響き、最終的には五枚の紙が綺麗に横へ並んだ。
その一番上には、一人の若い女性の写真が貼られていた。整った顔立ちと年相応の幼さが残る表情。その下に並ぶ残りの資料には、経歴や能力らしき情報が細かく記されている。
「これだけじゃ何のことか分からないと思うが‥‥実はこの子、探索者なんだ」
わざわざ写真付きで見せてくるあたり、何か特別な意味があるのだろうか。
それなりに名の知れた探索者か?そう思ったディアブロは春宮の記憶で彼女の事を探るが、まるで引っ掛からないので、念のため隣の水瀬へ視線を送るが、水瀬も眉を寄せて首を横に振った。
どうやら”知らない”らしい。
「探索者なのは分かった。それで?」
「実は、この子は俺の‥‥姪っ子だ」
「――はぁ?」
思わず頭の中で間抜けな声が漏れて脳の理解が追いつかなかった。
何故ここで姪っ子の話になる? 依頼とどう繋がる? 話の流れが急すぎて、意味がまるで見えない。
ディアブロが黙ったまま考えていると、その隣で水瀬が代わりに口を開いた。
「その姪っ子さんがどうしたんですか?」
林は頭をぽりぽりと掻きながら、どこか言いづらそうに口を開く。
「実は姪っ子はお前達と同い年なんだが、その実力は‥‥まだまだというか、才能が上手く開花していない状態でな」
歯切れ悪く言葉を選ぶその姿には、身内を悪く言いたくないという葛藤が滲んでいた。
「まぁ、俺としては昔から可愛がってきた姪っ子だ。放っておけなくてな。どうにかしてやりたいと思ってる」
そう言って林は深く頭を下げる。普段の威圧感のある男とは思えないほど、その背中には必死さが滲んでいた。
「だから頼む。お前達のパーティーに姪っ子を入れてやってくれ。もちろん正式メンバーじゃなくていい!! 数日だけでいいんだ!! 少しでも変わるきっかけを与えてやってほしい!! 頼む!!」
林は本気で頭を下げて必死に頼み込んできた。
予想外すぎる内容に、ディアブロは腕を組みながら黙り込んでいると隣の水瀬がそっと小声で囁いた。
「私はいいと思うよ。クラスの人とは違って、同じ女性なら信用できるし、この依頼を受ければ会社の信用ももっと上がる。それに‥‥もしかしたらすごい才能を持ってるかもしれないよ?」
水瀬の言葉には確かな理屈があった。
学校内に期待できない以上、外に目を向けて才能を探す必要がある。それはディアブロ自身も理解している。
だが問題は、その逆だ。
もし会ってみて才能が無かった場合、一度関わった以上は完全に切り捨てることも難しくなる。最低限の面倒は見なければならない。
それは面倒過ぎるし、価値のない人間に付き合うなど時間の無駄でしかないが、この男からさらに信頼を得られるのなら、その程度の面倒を引き受ける価値はある。
損得を秤にかけた末、ディアブロは小さく息を吐いた。
「分かった。一度会ってみる」
その答えを聞いた瞬間、林の表情に安堵が広がった。
こうして、思わぬ形で新たな出会いの話が動き始めたのだった。




