第74話 格の違いを見せつける。
『それでは第二回戦を開始します。3――2――1――始め!!』
開始の合図が響いた瞬間、両軍は一斉に動き出した。
Fクラスの生徒たちは事前に決められていた主要拠点へと散開し、視界にAクラスの姿を捉えるや否や迎撃を開始する。しかし放たれる攻撃はどれも決定打には程遠く、Aクラスの生徒たちはそれを受けながらも歩みを止めることなく前進を続け、逆に放たれた反撃によって次々とFクラスの生徒を戦闘不能へと追い込んでいった。
本来、防衛戦において守る側は圧倒的な優位を持つ。だがそれは両者の実力がある程度拮抗している場合の話であり、AクラスとFクラスほどの戦力差が存在すれば、その常識すら意味を成さない。
堅固なはずの防衛ラインは紙のように引き裂かれ、各地の拠点が瞬く間に突破されていく。
悲鳴や怒号が各地から響き渡るなか、その戦場から切り離されたような場所で戦況を眺めている者が二人いた。
「これ、もしかしたらあと数分で終わるかもね。」
「そうだろうな。FとAじゃあ実力が違い過ぎるからな。」
戦場の惨状を眺めながら会話を交わしていたのはディアブロと水瀬である。
そして次の瞬間、水瀬がふと後方へ視線を向けた。
「どうやら来たようですよ」
その言葉に合わせるように姿を現したのは、春宮の幼馴染である神崎と朝比奈だった。
やはりディアブロの予想通りだった。二人は試験の勝敗など眼中になく、自分たちの感情を優先してここへ辿り着いたのである。
「やっぱりお前は逃げるんだな。だが簡単に逃げられると思うなよ。言っただろ?俺のことをバカにしたことを後悔させるってな」
神崎は怒りを隠そうともせず睨み付けるが、その言葉に対してディアブロは何も答えなかった。
今さら言葉を交わす意味などない。この場で出会った時点で互いに引く気はなく、何事もなく終わる未来など存在しないことを理解していたからだ。
ディアブロは静かに右手を持ち上げると――パチンと指を鳴らした。
直後、四人を中心として漆黒の闇が広がり、周囲の景色を飲み込むように黒い空間が形成されていく。
この空間は外界から完全に隔絶された結界であり、内部で起こるあらゆる現象を外へ漏らさない絶対領域だった。音も魔力も気配すら遮断され、この中で何が起ころうと外の者が知る術はない。
つまり、この場で誰かが死んだとしても、その痕跡は何一つ残らないということだ。
「水瀬‥‥任せる」
「了解よ。」
短いやり取りを交わすと、水瀬は一歩前へ出る。その足取りには一切の緊張も警戒もなく、まるで散歩にでも出るかのような気軽さすら感じられた。
「私が二人の相手をしてあげる‥‥全力でかかっておいで」
挑発以外の何物でもない言葉だった。
神崎と朝比奈の肩が怒りで震え、その目には明確な敵意が宿る。
「ふざけるなよ‥‥何が相手をするだ。少し見た目が良いからといって攻撃されないと思ってるなら勘違いだぞ。こっちはいくらでもやってやるぞ。」
「はい、どうぞ‥‥出来るものならですが」
余裕の笑みを浮かべたまま返された言葉に、神崎の中で何かが切れた。
「舐めるなぁ!!」
怒号と共に地面を蹴り、神崎が一直線に突っ込む。その後方では朝比奈が即座に詠唱を終え、援護の炎魔法を放っていた。
神崎の剣が唸りを上げながら水瀬へ迫りくるが水瀬は慌てる様子すら見せずに刃が肌に届く寸前まで引き付けると、わずかに体を傾けるだけで回避し、その直後には朝比奈の放った四つの火球が追撃するように飛来した。
火球は全て神崎に当たらないよう精密に調整されており、その連携が何度も繰り返し磨かれてきたものであることは一目で分かる。
しかし、その程度だった。
水瀬は杖へ魔力を流し込むと、迫る火球をまるで邪魔な小石でも払うかのように弾き飛ばすと、流れるような動作で神崎へ杖を振り下ろした。
――ドカァァン!!と大気を震わせる爆音が響き渡る。
神崎は咄嗟に両手で剣を構えて受け止めていたが、その瞬間、足元の地面が衝撃に耐え切れず大きく陥没した。
「ぐぅぅぅぅ!!」
膝が沈み、全身の骨が軋む。受け止めているはずなのに衝撃が体内へ突き刺さるように伝わり、腕の感覚が消えそうになった。
たった一撃。それだけで神崎は自分が圧倒されていることを理解させられていた。
「‥‥クソがぁ!!この僕がたった一撃で膝を着くなんて‥‥あり得ない!!陽菜!!」
神崎の叫びに応えるように朝比奈が前へ出る。
先程の火球とは違う。大量の魔力を圧縮し、破壊力だけを追求した本命の魔法であった。轟々と燃え盛る炎が一本の極太の光線となって放たれ水瀬へと一直線に突き進んでい来る。
神崎もその威力を理解しているからこそ、慌てて射線から離脱するが水瀬は逃げなかった。
折れそうなほど細い杖を両手で握り締めると、まるで野球選手がバットを構えるように腰を落とした。そして、迫り来る炎の奔流に向かって全力で振り抜いた。
――バキィッ!!と杖が悲鳴を上げるように真っ二つへ砕け散る。
しかし砕けたのは杖だけだった。炎のビームは強引に軌道を変えられ、そのまま放たれた時を上回る速度で朝比奈へと跳ね返される。
「えっ――」
驚愕の声を漏らす暇すらなかった。
――ドォォォォン!!!!凄まじい爆発が発生し、灼熱の衝撃波と黒煙が周囲一帯を飲み込む。
「陽菜!!」
神崎は顔色を変え、必死に煙の中へ駆け出した。
やがて黒煙が薄れていき、その向こう側に人影が現れる。
そこに立っていたのは‥‥いや、立っていることすら出来ず、全身を焼かれながら血を流し倒れ込む朝比奈と、その体を慌てて抱きかかえる神崎の姿だった。
制服は焼け焦げ、肌は裂け、至る所から血が流れ落ちている。
その光景は勝負の結果を何よりも雄弁に物語っていた。




