第65話 イカレタ者同士の戦い。
「じゃあ訓練を始めるよ!!」
クラスの指揮を取るのはディアブロではなく水瀬だ。
水瀬の張り上げた声を合図に、静かだった訓練場に一斉に足音と掛け声が響き始める。
このFクラスには訓練を指導してくれる教師も、経験豊富な上級探索者もいない。あるのは各々が持つ乏しい知識と、漠然とした不安だけであり、当然ながら「この人にはこの訓練」「あの人には別の訓練」と、それぞれの実力や適性に合わせた指導など出来るはずもない。
だからこそ水瀬は、これまでディアブロとの訓練で自分が経験してきた内容を必死に思い返し、その中から全員でも取り組めそうなものを抜き出して、大まかな訓練メニューとして組み立てていた。
もちろん、この程度の訓練で全員の実力が劇的に伸びるなど、水瀬自身も思ってはいない。それでも何もしなければ何も変わらない以上、少しでも前に進む為には、とにかく身体を動かし続けるしかないという考えで、この場を作り上げていた。
この訓練の本当の目的は別にある。
クラス全体の底上げ。それも確かに理由の一つではあるが、水瀬の中で最も大きな目的は、少しでもディアブロの興味を持ってもらうことだった。
このクラスにも見込みがある。
そう思わせることが出来れば、その時点で条件は突破出来る。そんな僅かな可能性に縋るような思いで、水瀬はクラスメイト達へ指示を飛ばしていた。
「そこ、ちゃんと腰落として!!」
「魔力切れ起こす前に一回呼吸整えて!!」
訓練場を動き回りながら指示を出す水瀬は、その合間にも何度も横目でディアブロの様子を確認していた。
だが、ディアブロの表情に変化はない。
周囲に一切興味を示すことなく、彼はただ淡々と与えられた訓練をこなしているだけだった。その姿は真面目というより、まるで「付き合ってやっているだけ」とでも言いたげな空気すら感じさせる。
その様子を見た水瀬は、小さく唇を噛み締めた。
――これじゃダメだ。これじゃあ認めてもらえない。
そう判断した水瀬は、用意していた次のプランへと移行する。
ディアブロの興味を引く為に必要なのは、努力でも根性でもなく――実力だ。
ディアブロはどこまでも実力主義の男だ。実際に力を見せた方が、少しでも「面白い」と思わせること出来るかも知れないと。
そう考えた水瀬は、大きく息を吸い込んだ。
「みんな!!次はこっちで名前を呼ぶから、実戦に移ってみよう!!」
その言葉が響いた瞬間、訓練場の空気が一気にざわついた。
「じ、実戦?」
「え、対人ってことか?」
困惑したような声が次々に漏れる。
それも当然だった。
これまでモンスター相手の戦闘経験は何度か積んできたとはいえ、対人戦などほとんど経験がない。相手の命を奪おうとして襲い掛かってくる魔物とは違い、人との戦いには独特の怖さがある。距離感も、駆け引きも、攻撃を当てる感覚すら全く違う。
そんな対人戦を「今からやる」と言われても、簡単に動ける者などいないが、水瀬はそんな反応を無視するように名前を呼び始める。
「伊沢君、西川君。二人とも前に出て。」
その瞬間、クラスの空気が僅かに変わった。
最初に選ばれたのは、Fクラスの中でも比較的実力が高いとされている二人の男子生徒だった。少なくとも現状、この試験においてFクラスの戦力と呼べる存在は彼らくらいしかいない。
だからこそ水瀬は期待していた。
この二人なら、ディアブロの興味を少しは引けるかもしれないと。
「二人とも準備はいいですか?」
その問いに対し、二人は緊張した面持ちで頷く。
「は、はい。自分は‥‥大丈夫です。」
「俺も大丈夫だ。」
その声には、僅かな震えと強がりが混ざっていた。
そして――
「じゃあ――始め!!」
水瀬の合図と同時に、訓練場の空気が張り詰めた。
◇
俺の名前は伊沢圭吾だ。
俺の両親は、それなりに名の知れた探索者だった。
子供の頃から強い両親の背中を見て育ってきた俺は、自然と探索者になることを目指すようになった。いや、今思えば「目指した」というより、世界の方が俺にそうなれと言っていたようなものかもしれない。
実際、国からも才能を認められ、国が直接管理する探索者育成学校にも推薦で入学できた。
つまり俺は選ばれた側の人間だった。
だから入学前の俺は、本気で思っていた。
『やっぱり優秀な俺は、どこへ行っても注目されてしまうんだろうな』
と、だが現実は違った。
入学してすぐに突き付けられた俺の評価は、最底辺のFクラス。
当然、納得なんて出来るわけがない。
確かに試験では思うような結果を出せなかった。だけど俺は後半から伸びるタイプなんだ。瞬間的にしか力を出せない連中とは違う。俺は長く戦い続けられる人間だ。
そう何度も訴えが、学校側が評価を変えることはなく‥‥結局、俺はFクラスとなった。
その事実だけが残り、そして時間だけが過ぎていく。
最初は反発していた俺も、いつの間にか昔みたいな自信を失い、ただ毎日を惰性で過ごすだけになっていたそんな時だった。
俺の前に、まるで女神みたいな存在が現れた。
――水瀬結奈。
以前の俺は、あいつのことを心の中で「根暗女」だとバカにしていた。いつも下を向いていて、暗くて、クラスでも目立たない陰キャ女‥‥正直、視界にも入っていなかった。
だけど、ある時を境に水瀬は突然変わった。
何があったのかは分からないが、見違えるほど綺麗になった。
元々整っていた顔立ちが、表情一つでここまで変わるのかと思うほど輝き始め、伏せがちだった視線は真っ直ぐ前を向くようになった。その変化は日が経つにつれてどんどん磨かれていき、今ではクラスの誰もが無意識に目で追ってしまうほどの存在になっていた。
俺はそんな水瀬を手に入れたいと思った。
だから必死に話しかけたし、アプローチもしたが、結果は全部無視だった。
だからこそ俺は待っていた自分の力を認めさせる機会を。
そして今、ようやく‥‥その時が来た。
こんなクソオタクみたいな陰キャに負けるわけがない。絶対にここでカッコイイところを見せて、水瀬に俺を認めさせて‥‥俺の女にしてやる!!
そんな最低な欲望を、俺は胸の奥で燃やしていた。
◇
ぼ、僕の名前は西川春翔。
僕の両親は探索者だけど、有名でもなければ特別強いわけでもない。
だけど僕は、そんな両親のことが好きだった。
毎日傷だらけになりながらも地道に依頼をこなし、決して諦めることなく前を向き続ける二人の姿が、子供だった僕には凄く格好良く見えた。
だから僕も、同じ道を歩きたいと思った。
探索者になりたいと思い色々と準備を始めるけど、その一方でずっと不安だった。
こんな自分に、本当に探索者としての才能なんてあるのか、そんな不安を抱えながらも努力を続けていたら、ある日、政府から推薦状が届いた。
その時の両親の顔は今でも忘れられない。
自分のことみたいに嬉しそうに笑って、何度も「頑張れ」って背中を押してくれた。
だから僕は、その期待に応えたい!!とこの学校で頑張って一流の探索者になって、二人を安心させたいと思っていたけど‥‥現実は甘くなかった。
この学校に入って、僕は思い知らされた。
自分はただの「井の中の蛙」だったんだって。
小さな世界の中で少し出来る程度だっただけで、本当に才能のある人達が集まる場所に来た瞬間、自分の自信なんて簡単に崩れ去り、そして学校が下した評価は――最低評価のFクラスだった。
その時、僕の中で何かが折れてしまった。それからの僕は、自分に期待することをやめて、このまま卒業して実家へ帰ってまた別の道を探そう。
そんな風に諦めかけていたけど、そんな僕の考えを変えたのは‥‥初恋だった。
僕が恋をした相手は、同じFクラスの水瀬結奈さん。
最初の彼女は、クラスでも目立たず、いつも静かに勉強しているような人だったけど、ある時を境に彼女は変わった。
見た目もそうだけど、何より中身が変わった。
いつも下を向いていた彼女が笑うようになり、クラスメイトと話すようになった。そしてその時の彼女の笑顔は凄く眩しくて、見ているだけで胸が熱くなった。
そんな彼女を見て自分はなんて情けないんだろうと思った。彼女はFクラスだからと絶望せず、自分を変えようとしているのに、自分だけが諦めて立ち止まっていることが許せなかった。
だから僕は、もう一度夢を追うことにした。
彼女にちゃんと見てもらえるようになりたい。そして、いつか自信を持てるようになった時に、この気持ちを伝えようと思う。
断られるかもしれない?いや、そんなのあり得ない。だって彼女がここまで変わったのは――きっと僕の為だから。
――と、こっちはこっちで、かなり危ない思考を抱えていた。




