第63話 一石二鳥の妙案。
水瀬がクラスの説得に無事成功したことで、今日のところは各自で自主訓練を行うという形で話を締め、明日までに“自分が何を得意としているのか”を紙にまとめて持ってくるよう全員に伝えたところで、その日の集まりは解散となった。
そして放課後――ディアブロたちは再びダンジョンへと足を踏み入れ、『黒盤の覇道』としての探索を再開するのであった。
《――11層。》
10層までの開けた草原地帯とは違い、11層からは地形そのものに大きな変化が現れ始める。11層は薄暗く湿った洞窟地帯、そして続く12層は視界の悪い湿地帯となっており、それまでのように周囲を気にせず戦うことは出来ない。
足場の悪さに加え、入り組んだ岩場や死角の多さによって、普通の探索者であればモンスターとの距離感や陣形維持に細心の注意を払う必要があるのだが、ディアブロたち『黒盤の覇道』にとって、その程度の環境変化は障害にすらならなかった。
洞窟内に響く魔物の咆哮も、湿った地面を蹴り上げながら迫るモンスターの群れも、まるで呼吸でもするかのような自然さで蹴散らされていき、黒雷を纏って駆け抜けるベガの一撃が肉を裂き、水瀬の白魔法による補助が寸分の狂いもなくその動きを支えていく。
そうして何事もなく探索を進め、既に何度目かも分からない戦闘を終えた頃だった。
『ぐううぅぅ~~』
静かな洞窟内に間の抜けた音が響き渡り、それまで勢いよく先頭を走っていたベガが露骨に肩を落とし、その場にぺたりと座り込む。
「ベガちゃん。お腹空いちゃったの?今日はずっと動きっぱなしだったもんね。ねぇ、ベガちゃんもお腹空いたみたいだから、この辺で食事にしない?」
水瀬が苦笑混じりにそう問い掛けると、ディアブロは周囲を軽く見渡してから短く――
「あぁ。」
とだけ返事を返し、その場で食事休憩を取ることになった。
魔石ランタンの淡い光が洞窟内をぼんやりと照らす中、水瀬は荷物を整理しながら、どこか落ち着かない様子でディアブロへと視線を向ける。
「ねぇ、あんな感じでよかったのよね?」
「ん?‥‥あぁ、クラスのやつか。」
ディアブロの言葉に、水瀬は小さく「うん」と頷いた。
ディアブロは壁に背を預けたまま少しだけ考え込むように目を伏せ、それから静かに口を開く。
「まぁ、あれで良かったとは思う。でも、あそこまで明確にやる気を出させると、本気で優勝を目指し始めるやつらも出てくるだろうな。そこが少し気掛かりではあるが‥‥まぁ、お前のバフである程度は調整も出来る。そこまで深く考える必要はないのかもしれんな。」
結果としては問題なし――それがディアブロの評価だった。
だが、水瀬の中では“そこそこの結果”で終わらせるつもりなど最初からなかった。
かつての自分のように、自信を失い、周囲から見放され、何も出来ないと思い込んでいるクラスメイトたちを放っておけなかったのだ。
自分がディアブロによって変われたように、みんなもまた変われるはずだと水瀬は本気でそう信じていた。しかし、それを実現するためにはディアブロを説得する必要がある。
仮に本気で優勝を目指すとなれば、バフの威力も量もそれ相応の力を発揮する必要あるので、そうなれば“目立たず過ごす”という当初のディアブロの目的から外れてしまう可能性も高い。
だからこそ水瀬は、そうならないで済むように、自分なりに別の方法も考えはいたが、この案を実現するためには、結局ディアブロの協力が必要不可欠なので、何も言わないまま進めるわけにはいかない。
そう覚悟を決めた水瀬は、小さく息を吸い込むと、意を決してディアブロへと口を開いた。
「ねぇ‥‥相談というか、お願いがあるんだけど‥‥その、今回の試験って“そこそこの結果を出す”って感じだったじゃない?でも、それを変えて‥‥優勝を目指さない?」
「はぁ?」
あまりにも突拍子のない提案に、ディアブロは露骨に眉をひそめ、理解が追い付かないといった様子で水瀬を見る。
「言っている意味が分からん。なぜ、わざわざ優勝する必要がある?そこそこの結果を出すだけでも俺たちへの認識は変わる。それ以上は不要だと、お前も分かっているだろう。」
「うん‥‥もちろん、それは分かってる。でもね、私は私と同じ経験をしたクラスのみんなも何とかしたいの。私が救われて変われたみたいに、みんなも変われると思うから。だから、その‥‥ディアブロにはみんなの“先生”になって欲しいの。」
それこそが水瀬の本当の目的だった。
ディアブロであれば、本人ですら気付いていない才能を見抜き、それを開花させることが出来る。現に、水瀬自身がそうだった。
埋もれていた白魔法の才能を引き出され、自信を持てるようになり、戦う意味を見つけることが出来た。
だからこそ、水瀬は信じていた。
クラスのみんなにも、まだ誰にも気付かれていない可能性が眠っているのだと。
もしその才能を開花させることが出来れば、今回の試験で優勝することだって決して夢ではない。それだけではなく、みんなが抱える“自分には何もない”という劣等感や才能への悩みすら、根本から変えることが出来るかもしれない。
水瀬にとっては、まさに一石二鳥とも言える考えだったが、当然ながらディアブロの返答は――
「嫌だ。」
あまりにも即答だった。




