第61話 沈んだクラスに火を。
――昼休み。
昼食を取っている最中、不意に隣へ視線を向けてきた水瀬が、箸を止めながら静かに口を開いた。
「それで、どうするの?」
その問いが指しているのは、もちろん朝に告げられた試験についてであり、水瀬としても、このままFクラスのまま卒業する未来を良しとしているわけではなかった。せめて少しくらいは周囲を見返せる結果を残したいという気持ちはあるが、それでも最終的な判断を下すのはディアブロであり、水瀬は彼が決めた方針に従うつもりでいる。
もしディアブロが「何もしない」と言えば、水瀬も静観するだろうし、逆に「頂点を狙う」と言えば、彼女は迷わず全力を尽くす。今の水瀬にとって、自分がどう動くかは既に問題ではなく、ディアブロがどんな道を選ぶのかだけが全てであった。
そうして少しの沈黙の後、ディアブロが口にした答えは――
「そこそこの結果を出す。」
という、何とも曖昧で掴みどころのないものであった。
「かなり曖昧な言葉ね。でも、いつものように最低な結果を取るつもりはないってことよね?」
「そうだ。このままFクラスで居続けるのは、流石にうざい。」
教室のあちこちから聞こえてくる騒がしい声にも興味を示さず、ディアブロは気怠そうに椅子へ背を預けながら吐き捨てるように言い放つ。その言葉には苛立ちが滲んでおり、今まで周囲から向けられてきた嘲笑や侮蔑を、完全に鬱陶しく感じ始めていることがよく分かる。
「それもそうね。いつまでも過去の私を見るような目で見られるのは、私としても嫌だわ。もう、弱くて無能だった私じゃないってことを‥‥ちゃんと分かってもらわないと。」
そう口にした水瀬の瞳には、これまで積み重ねてきた屈辱を思い返すような怒りの色が浮かんでいた。
嘲笑され、見下され、期待されることすらなかった過去を、今回の試験で全て塗り潰すつもりなのだろう。その熱を帯びた感情を敏感に察したディアブロは、小さく息を吐きながら釘を刺すように言葉を落とした。
「やり過ぎるなよ。今のお前が本気を出せば、それは“そこそこ”じゃ済まなくなる。俺が求めているのは、あくまでも悪目立ちしない程度の結果だ。」
その一言で、水瀬も自分が感情的になっていたことに気付いたのか、わずかに視線を逸らしながら小さな声で――
「‥‥分かってる。」
とだけ返事をする。
そして少し間を置いた後、水瀬は改めて気になっていた部分を問い掛けた。
「そこそこの結果って言っていたけど、具体的にはどうするつもりなの?あなたは当然戦わないのでしょ?ベガちゃんも出せないとなると、流石に私一人で全部勝てなんて言わないわよね?」
水瀬が最も気にしているのは、どうやって“そこそこの結果”を作るのかという部分である。
ぶっちぎりの一位を狙うのであれば話は簡単だ。ディアブロかベガが暴れれば、それだけで全て終わる。しかし、今回はあくまでも“目立ち過ぎない範囲”で結果を残さなければならず、取れる選択肢は極端に限られていた。
その数少ない選択肢の中で、ディアブロが選んだ答えは――
「クラスの連中を動かすしかないだろうな。試験内容もクラス対抗らしいし、少しは戦力になってもらう必要がある。」
そこまで言ったディアブロは、教室の中で騒ぎながら昼休みを満喫しているFクラスの連中へ視線を向ける。だが、その眼差しには期待よりも呆れの方が強く滲んでいた。
「だが、一番面倒なのはあいつらをどうやってやる気にさせるかだ。正直、勝つことよりそっちの方が難しいかもしれんな。」
Fクラスの生徒たちは、自分の才能に期待していない。だから努力もしないし、最初から諦めている者も多い。上へ行けるはずがないと決めつけ、敗北することに慣れ切ってしまった、どうしようもない連中の集まり――それが今のFクラスだった。
そんな連中に火を付け、やる気を引き出す方法を考えることこそが、今のディアブロにとって最大の悩みであったのだが、そんな彼とは対照的に、隣の水瀬は呆気らかんとした様子で肩を竦める。
「何だ、そんなことでいいのね。」
「‥‥何?」
自分が頭を悩ませていた問題を軽く流されたことで、ディアブロが僅かに眉を動かす。すると水瀬は、どこか悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべながら、勢いよく立ち上がった。
「私に考えがあるから、今日の放課後を楽しみにしていて!!じゃあ、私は準備があるから!」
そう言い残すと、水瀬はディアブロが止める暇もなく教室を飛び出して行ってしまう。
突然一人残されたディアブロは、その背中をしばらく無言で見送った後、小さく息を吐きながら椅子へ深く座り直すのであった。
そして――水瀬が「楽しみにしていて」と言い残した放課後を迎えるのであった。




