第55話 ボス戦。
ボス部屋へと足を踏み入れると、そこには巨大な影が待ち構えていた。
体こそ人間に近い形をしているが、その顔は鋭い牙を剥き出しにしたトカゲそのものであり、黄色く濁った双眸は獲物を見下ろす肉食獣のような威圧感を放っている。さらに、その巨体はディアブロたちを上から見下ろせるほどに巨大で、筋骨隆々とした腕には人間なら持ち上げることすら困難であろう巨大な斧が握られていた。
そのモンスターの名は――『ディノ・タウロス』。
ディアブロはディノ・タウロスの姿を確認するなり、まるで“自分には関係ない”と言わんばかりに壁際まで下がっていき、その代わりと言わんばかりに水瀬とベガが前へと出る。
そして水瀬は間髪入れずにベガへとバフを掛けた。
スピード・防御・攻撃力の複数の強化魔法をその身に受けた瞬間、ベガは水瀬を守るように前へと立ち、『ワオォォォォ!!』と空気を震わせるほどの遠吠えを響かせる。
すると、先程まで子犬ほどの大きさしかなかった体が、骨と筋肉が軋むような音を立てながら一気に膨れ上がり、大型犬をも優に超える巨体へと変貌した。
漆黒の毛並みは逆立つように揺れ、その隙間からはバチバチと黒い雷が迸り、床へと落ちた火花が焦げ跡を刻んでいく。
その姿こそがベガ‥‥ブラックフェンリル本来の姿であった。
雷をその身に纏い、光のような速度で戦場を駆け抜け、敵が認識するより先に鋭い牙と爪で命を刈り取る。その姿は“黒い稲妻”という異名に相応しい圧倒的な存在感を放っている。
もっとも、今のベガはまだ幼体で本来のブラックフェンリルが持つ速度や破壊力には遠く及ばない。だが、水瀬による強化魔法を受けた今ならば、本来の力の二割ほどまでは無理矢理引き出すことが出来る。
そして次の瞬間、ベガは床を砕かんばかりの勢いで地面を蹴り、ディノ・タウロスへ向かって一直線に駆け出した。
ディノ・タウロスも咆哮を上げながら巨大な斧を全力で振り下ろす。
轟音と共に斧が地面へ叩きつけられ、衝撃で石畳が砕け、破片が周囲へと飛び散る。だが、その一撃がベガを捉えることはなく既にベガの姿はそこにはなかった。
ディノ・タウロスは獲物を見失ったことに気付くと、何処へ行ったと言わんばかりに周囲を見渡し、その巨体を揺らしながらベガの姿を探し始める。だが、どれだけ目を凝らしても漆黒の狼の姿を捉えることは出来ず、やがて標的をベガから後衛である水瀬へと切り替えた。
重々しい足音を響かせながらディノ・タウロスが水瀬へと歩み寄っていく。
普通なら恐怖で逃げ出していてもおかしくはない状況――だが、水瀬は一歩も動かなかった。
傍から見れば諦めたようにも見えるだろうが、水瀬がその場から動かない理由は単純で、この戦いは既に自分たちの勝利で終わると確信しているからこそ、逃げる必要も恐怖を抱く必要もなく、静かに杖を空へと掲げながら最後のバフを発動させたのだ。
その瞬間だった。
空気が弾けるような轟音と共に、天井付近から黒い雷を纏った一筋の光が流れ星のような速度で降り注ぎ、そのままディノ・タウロスの巨体へと直撃する。
それはベガだった。
黒雷を纏ったベガは視認すら困難な速度で空間を駆け抜け、そのままディノ・タウロスの胸部を真正面から貫通すると、黒い稲妻だけを残して背後へと抜けていく。
あまりにも速すぎる一撃にディノ・タウロスは何が起きたのか理解することすら出来ず、数秒遅れて胸部から黒雷が内側から弾けるように炸裂すると、巨体は力を失ったように膝から崩れ落ちた。
そして、その巨体は末端から砂のように崩壊していき、最後には『魔石』と『肉のブロック』だけを残して静かに消滅するのであった。
「見て!!お肉がドロップしたよ!!」
先程までの戦闘とは打って変わり、水瀬は満面の笑みを浮かべながらディノ・タウロスの肉を抱えて大喜びしていた。
ディノ・タウロスの肉はA5ランクの牛肉にも匹敵する味わいを持つ超高級食材として知られており、丸ごと一つ買おうとすれば数百万は軽く超える代物だ。
さらにディノ・タウロスは肉のドロップ率自体が低く、レアドロップ扱いとなっているため、一発目で入手出来たのはかなり運がいいと言える。
「ねぇ!! 今日はこのままここのボスを周回しない?ここまでの戦闘で大体のチェックは出来たでしょ?ベガちゃんも美味しいお肉が食べたいよね!?」
「ワン!!」
水瀬とベガは息ぴったりにディアブロへお願いすると、ディアブロも“美味しい肉”という言葉に少し興味を惹かれたのか、小さく肩を竦めながら口を開いた。
「‥‥仕方ない」
そう言ってディアブロは周回を許可する。そして、その後のディアブロたちは五層のボスであるディノ・タウロスを、まるで遊び感覚で狩り続けることになる。
本来なら五層のディノ・タウロスは初心者探索者たちにとって最初の難関と呼ばれるほど危険な存在であり、多くの探索者がここで苦戦し命を落とした者がたくさんいるが、少なくともこのパーティーには、そんな常識は一切当てはまらなかった




