第54話 黒盤の覇道《ダーク・レガリア》
ドンッ!! バコッ!! ドカン!!
ダンジョンの内部では、今日も何処かで激しい戦闘音が鳴り響いており、剣と爪がぶつかり合う金属音や魔法が炸裂する轟音、さらにはモンスターたちの断末魔までもが入り混じりながら、巨大な地下迷宮全体を震わせていた。
そこへ集う探索者たちもまた、それぞれ異なる理由を胸に抱えてダンジョンへ挑んでいる。
家族を養う為。己の野心を叶える為。金の為。名誉の為。
その思いは決して同じではない。だが、それでもダンジョンを攻略するという一点だけは、全ての探索者たちに共通している絶対の目的であり、その為に彼らは命を危険に晒しながらも、日々この地下迷宮へと足を踏み入れていた。
そして今日――そんな戦場へ、新たに一つのパーティーが加わった。
そのパーティーは、たった二人と一体の魔獣で構成された小規模な集団でありながら、周囲を行き交う探索者たちの視線を否応なく集めており、その理由は傍らに存在している“魔獣”という存在そのものにあった。
漆黒の毛並みを持つ巨大な狼は、鋭い金色の瞳を不気味に輝かせながら地面を駆け、その度に周囲へ圧倒的な威圧感を撒き散らしている。そして、その魔獣を従えた一行は、まるで低階層など障害ですらないと言わんばかりの速度でダンジョンを突き進み、遭遇したモンスターを次々と蹴散らしながら猛スピードで階層を駆け上がっていた。
そのパーティーの名は――黒盤の覇道
「ふぅ~~これで、これで100匹目ね。ベガちゃん? 強化のタイミングとかはどうだった?」
そう言いながら、水瀬は額に浮かんだ汗を腕で軽く拭い、隣を歩いているベガへ視線を向ける。
すると、ベガは満足そうに尻尾を揺らしながら――ワンッ!と元気良く吠えた。
その鳴き声には『問題ないよ。』という意味が込められており、もちろん長い時間を共に過ごしてきた水瀬には、その感情や意図まで含めて正確に伝わっていた。
「そう。なら次もこのタイミングで掛けていくね。それは、それでいいんだけど――」
そこまで言うと、水瀬は呆れたように小さく肩を落としながら後方へ視線を向け、その先で悠然と歩いている男へ向かって不満げな声を投げ掛ける。
「あんたはいつになったら戦うつもりなの?ダンジョンに入って既に5階層だけど、その間、ずっーーと後ろで見てるだけで戦わないつもり?」
その問いを向けられたのは、このパーティーのリーダーである――ディアブロだ。
だが、当の本人は周囲の景色でも眺めるかのように余裕の表情を浮かべながら歩いており、5階層という新人探索者にとっては十分危険な領域にいるにも関わらず、その姿からは一切の緊張感を感じさせなかった。
「言っただろ。これは、お前の装備の試運転と今日まで自分たちで努力をしてきたものを見せる場だって。そこに俺が加わったら、その意味が無くなるだろ。ほら、ここの戦闘は終わったんだ。次に進むぞ。」
ディアブロはそう言いながら足を止めることなく先へ進み、その態度に対して水瀬は露骨にジト目を向けながら、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「‥‥はいはい。それじゃあ、働かないリーダーの代わりに私達が一杯働こうね。」
そう言いながら、水瀬はベガを抱き寄せるように頭を撫で、嫌味混じりの言葉を投げ掛けるのだが、それでも結局はディアブロの後ろをしっかり付いて行っており、その様子からも彼女自身が今回の目的をきちんと理解していることが分かる。
そう、今回のダンジョン攻略は、ディアブロが前線で暴れる為のものではなく、水瀬の新装備の機能テストと、これまで積み重ねてきた訓練の成果を実戦の中で確認する為の場であり、今日までベガも水瀬もディアブロの指示に従いながらしっかりと鍛錬を繰り返してきた。
その成果は既に結果として現れており、5階層のモンスター程度では二人と一体の進行を止めることすら出来ない。
鋭い爪を振り上げながら襲い掛かってきたゴブリンは、水瀬の強化魔法を受けたベガによって一瞬で喉元を噛み千切られ、突進してきたオークも新装備によって強化された一撃を受けて壁際まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。
普通の新人パーティーであれば、5階層へ到達するだけでも最低一年は掛かると言われていることを考えれば、このパーティーの戦力が既に異常領域へ片足を踏み入れていることは明らかであり、周囲の探索者たちが遠巻きに彼らを見ているのも当然だった。
そうして、ディアブロたちは迷うことなく更に奥へ進んで行く。
ダンジョン特有の湿った空気が肌へじっとりと張り付き、壁に埋め込まれた魔鉱石の淡い光だけが薄暗い通路を照らしている中、不意に水瀬が何かを思い出したように口を開いた。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「何だ?」
「さっきの家の話って‥‥本気で言ってたの?」
その言葉に、ディアブロは少しだけ目を細める。
さっきの家の話――それは、ここへ来る前に水瀬の装備を受け取りに行った際に交わした会話のことで、ディアブロは誰にも見られず、周囲を気にすることなく訓練や生活を行える場所を求めており、その条件に最も適している場所として“無人島”という常識外れの候補を口にしていた。
だが、いくらディアブロが大金を持っていたとしても、無人島を自由に扱えるほどの財力も、そして闇金としての社会的地位もまだ足りておらず、現時点では到底実現不可能――それが現実だった。
しかし、水瀬は理解している。
ディアブロという男は、そんな程度の理由で諦めるような人間ではないということを。
だからこそ水瀬は、本気で力ずくにでも何とかするつもりなのではないかと半ば本気で警戒していたのだ。
そんな水瀬へ向けて、ディアブロは静かな声音で答える。
「本気では言っている。だが、それは今すぐに用意しろと言っているわけじゃない。もっと仲間を増やして、資金を集めて、この世界に強く影響力を出せるようになってからの話だ。」
そこまで言うと、ディアブロは小さく鼻で笑いながら続けた。
「だから今は、あのクソみたいに小さい家が‥‥俺の城だ。」
その言葉を聞いた水瀬は、とりあえず今すぐ無茶を始める気はないらしいと分かって内心で安堵するが、それと同時にディアブロが見据えている景色の大きさに、胸の奥が妙にざわついていた。
仲間を増やす。
資金を集める。
世界へ影響力を持つ。
その言葉の一つ一つが、今の自分たちより遥か先を見据えており、まるでディアブロだけが既に“その先”の未来を当然のように見ているかのようだった。
だが、水瀬が感じていた不安は、自分がその場所まで辿り着けるのかというものではなく、自分がディアブロの役に立てるのか
そんな弱気な感情ですらなかった。水瀬が感じていた不安とは――
『ディアブロをディアブロが望む景色を見せてあげることが出来るのか』
という未来へ不安であり、それは過去ばかり見て来た以前の水瀬では決して出ない不安であった。
そして、そんな感情について考え込んでいる内に、いつの間にか三人は5階層のボス部屋へと辿り着いていた。




