第53話 新たな住処。
それから二週間ほどが経過したが、あれから幼馴染の二人が関わってくることはなく、湊たちは表面上は平穏そのものの日常を送っていた。
学校へ通い、授業を受け、時にはダンジョンへ潜りながら力を蓄える――そんな変わらぬ日々を繰り返していたある日、ようやく闇金側から「報酬の準備が整った」という連絡が入った。
◇
重厚感のあるソファに、高級そうな木製テーブル。室内には煙草と珈琲が混ざった独特の匂いが漂っており、壁際には部下たちが静かに控えていた。
そんな空間の中で、水瀬は新たに用意された装備へ袖を通していた。
「どうだ?嬢ちゃん。窮屈ではないか?」
低く落ち着いた声で問いかける林に対し、水瀬は肩を軽く回しながら装備の感触を確かめる。
「問題ないわ。サイズも丁度いい。」
黒を基調とした戦闘用装備は身体へ自然に馴染み、余計な締め付けもない。動く度に革と金具が擦れる乾いた音が小さく鳴り、その仕立ての良さが一目で分かる代物だった。
そんな装備へ身を包んだ水瀬の姿を見ながら、林は静かに目を細める。
以前であれば、林と目を合わせるだけでも怯えを滲ませていた少女が、今では平然と会話を交わしている。その変化は明らかであり、この間の試練を経て精神的にも大きく成長したことが見て取れた。
そして、その横ではディアブロと林が向かい合って話をしていた。
「しかし、お前が生きて戻って来るとはな。」
林は葉巻を灰皿へ置きながら、深く背もたれへ身体を預ける。
「報告では、お前の所の探索者は殿を務め、そのまま犠牲になったと聞かされておった。まぁ‥‥俺としては、お前さんが簡単に死ぬとは到底思えんかったがな。一体、何をした?」
林は事の顛末だけを聞かされ、向こう側から「謝罪」と「報酬」を受け取っていた。
だが、林の中にはディアブロが死んだという認識は最初から存在しておらず、むしろ「どうやって帰還したのか」という興味の方が強かったのだろう。
しかし、そんな問いに対してディアブロが素直に答えるはずもない。
「別に普通に帰って来ただけだ。」
あっさりとそう言って誤魔化すと、ディアブロはそのまま話題を変えるように口を開いた。
「それよりも、この間のドラゴンの魔石は全部売れたか?」
「あの魔石か。いや、まだ四割ほど在庫は残っておる。だが、それでも既に利益は十億を超えておるからな。最終的には十五、六億までは届くじゃろう。」
林の口調は穏やかだったが、その内容は常識外れだった。
ドラゴンの魔石一つで、それだけで莫大な金が動いているのだ。普通の探索者であれば、一生かけても目にすることすら出来ない額を、ディアブロは当然のように取引材料として扱っていた。
「ならば、次の取引も問題ないな。」
そう言うと、ディアブロは空間収納から大量の素材を取り出し、そのまま机の上へ無造作に並べ始めた。
机の上へ積み上げられていく大量の素材――鈍く輝く魔石、妖しく光を放つ魔道具、そして照明を反射して眩く煌めく宝石類。
その光景は、まさに常識外れの“宝の山”そのものであり、部下たちはもちろん、水瀬ですら思わず息を呑み、誰もが無意識に喉を鳴らしていた。
だが、その中心に立つディアブロだけは、まるで石ころでも並べたかのような平然とした顔で言葉を続ける。
「これら全ての売却を頼む。取り分は前と同じで四:六で構わん。ただし、前金として三億ほど欲しい。」
「‥‥三億か。」
林は腕を組みながら静かに目を閉じる。以前の会社であれば即答で断っていた額だが、今は違う。ドラゴン素材による利益が会社そのものを急成長させており、既に林の組織は以前とは比較にならないほどの資金力を手にしていた。
「今の財政状況であれば、その程度なら問題はない。振込先は以前と同じ口座で良いか?」
ディアブロが小さく頷くと、林は部下へ視線だけで指示を送ると、部下たちは素早く動き出し、確認作業や連絡を慌ただしく始めていった。
「金は今日中に振り込ませよう。――それで、他に何か望みはあるか?」
その問いに、ディアブロは顎へ手を当てながらしばらく思案する。そして数秒ほど考え込んだディアブロは、ふと何かを思い出したように目を細める。
あの竪穴の存在が露見したことで、これまで誰にも邪魔されることなく使えていた訓練場所は失われ、さらに幼馴染たちに居場所を知られている今の家へ住み続けることにも面倒さを感じ始めていた。
だからこそディアブロは、この機会に自宅と訓練場を兼ねた新たな拠点を用意するべきだと判断したのだった。
「なるほど‥‥訓練場所と住居、両方が欲しいという訳か。」
林は低く唸るように呟きながら考え込む。
「家についてはどうとでもなる。じゃが、訓練場となると話は別じゃ。それなりの規模が必要なのだろう?」
「当然だ。広く、人目につかない場所がいい。」
「そんな都合の良い場所が日本にあるかのう‥‥それこそ、島でもなければ無理ではないか?」
その瞬間だった。林の言葉を聞いたディアブロは、椅子から勢いよく立ち上がる。
「――それだ。」
鋭く目を細めたディアブロは、そのまま林へ指を向けた。
「島がいい。誰もいない無人島を用意しろ。」
あまりにも突飛すぎる要求に、部屋の空気が一瞬止まる。
そして次の瞬間――
「「「えぇ‥‥」」」
その場にいた全員の困惑した声が綺麗に重なるのであった。




