第52話 求めた関係。
幼馴染の二人が屋上から去っていくと、それまで何とか押し殺していた感情が限界を迎えたのか、水瀬はその場で勢いよくディアブロへ身体を向ける。その瞳には困惑と怒り、そして拭い切れない不安が入り混じっており、普段よりも荒くなった呼吸が胸の内の動揺を隠し切れていなかった。
「どういうつもり?あの二人が来るなんて私聞いてないし、それにいつもみたいな王様みたいな自信も感じないし、どこか弱々しい感じだったのはどうして?絶対にいつものあんたなら、なめるなって手を出していたよね? 何でなにもしないの? 何とか言ったらどう?」
堰を切ったように溢れ出す言葉は止まることを知らず、水瀬は一から百まで文句と疑問を混ぜ合わせながらディアブロへぶつけていく。しかし、そんな彼女に対して返ってきたのは――
「うるさい。」
たったそれだけの一言だった。
だが、水瀬がその程度で引き下がるはずもなく、むしろ雑に切り捨てられたことで感情はさらに加速していく。
「うるさいじゃない!!本当だったら昨日の依頼の件がどうなったのか聞きたかったのに、あんなわけの分からない二人に邪魔されたせいでもう時間が残っていないし、それに私の装備が手に入った後のことだって聞いておきたかったのに、全部邪魔された!!
でも!!それでも!!何か事情があるなら私だって納得するのに、返って来た言葉が『うるさい』ってあり得ないでしょ!!それでも私達のリーダーなんですか!?」
怒鳴るようにそう言った水瀬に対し、ディアブロは一切感情を揺らすことなく、その視線だけを静かに彼女へ向ける。
「リーダーじゃない‥‥王様だ。」
「どっちだっていいわ!!」
思わず飛び出した関西ツッコミに、屋上に張り詰めていた空気がほんの僅かだけ緩む。しかし、それも一瞬のことで、二人の間には再び重い沈黙が落ちた。
そして、その沈黙を先に破ったのはディアブロだった。
「発端は昨日の依頼が終わってからだ。あの二人が俺の家に急遽やって来て、俺の変化について色々と言ってきたんだ。」
「変化?」
「あの二人は元々、春宮の事を体のいい存在としか思っていない。表では散々、友達とか親友だと言っているが、裏では好き放題バカにして弄んで笑っていた存在が、急に全く関わりを持たなくなったら相手は何があったんだと思うだろ? そして、その事実を知った春宮は禁術に手を出した。」
その言葉に、水瀬は僅かに目を見開く。
「それは前に言っていた‥‥魂の召喚ってやつ?」
「そうだ。そうして魂だけがディアブロになっても、器は春宮だからな。あの二人は俺の急な変わりようを見て納得が出来なかったのだろう。」
「昨日の夜に文句を言いに来たと。」
「そうだ。でも、答えようがないだろ?魂は春宮じゃないんですなんて言えるわけがないし、そもそも知られたくないことだからな。そこで言い訳として、クラスに友達が出来たと答えたら会いたいと言われた。それで今日の事になった。」
そこまで聞いた水瀬は、小さく息を吐きながら頭を整理するように視線を落とした。そして事情そのものには納得したのか、先ほどまでの勢いを少しだけ弱めながら口を開く。
「なるほどね‥‥事情は分かった。けど、ならどうしてそれを事前に教えてくれなかったの? 教えてくれたら私だって色々と心の準備が出来たのに。」
するとディアブロは迷いなく答える。
「それは、お前へのテストだからだ。」
「テスト??」
予想外の返答に、水瀬の声が裏返る。
そんな彼女を真っ直ぐ見据えながら、ディアブロはゆっくりと言葉を続けた。
「お前は少しでも不安や心配を感じると大きくメンタルが揺れるだろ?その原因は人間関係にある。人の言葉、そうした行動、自分の無力さ‥‥そういったものがお前の心に深く傷をつけ、今もなおトラウマとして残っている。違うか?」
その言葉は、まるで胸の奥へ直接突き刺さるようだった。
図星を突かれた水瀬は反論することも出来ず、ただ俯きながら小さく頷くことしか出来ない。自分でも見ないようにしていた弱さを真正面から言い当てられたことで、胸の奥がじくじくと痛みを訴えていた。
そんな彼女に対して、ディアブロは容赦なく言葉を重ねる。
「俺はお前を仲間にする時に言っただろ。俺の仲間は『完璧』じゃないとダメだ。いつまでも、いつまでも心の傷を負ったままでいることなど許されない。それが、お前に何も言わなかった理由だ。満足したか?」
「う、うん‥‥理由は分かった。で、結果はどうなの?これはテストだったんでしょ?」
水瀬は恐る恐るそう尋ねた。
その表情は、今日一番と言っていいほど不安に染まっている。それも当然だった。もし、この場で不合格だと告げられれば、ディアブロが肩代わりした二千万の返済も、今貰っている給料も全て消える。それが意味するのは、再びあの地獄のような生活へ戻るということだった。
水瀬にとって、それだけは絶対に避けなければならない未来だった。
だからこそ彼女は必死だった。今の生活を守る為に、ディアブロが求める“完璧”へ少しでも近づこうと、不器用なりに全力で努力を重ね続けてきたのである。
そして、その結果が今この場で告げられようとしていた。
水瀬の喉がごくりと鳴る。
静まり返った屋上の中で、その小さな音だけが妙に大きく響いた。
ディアブロは何も言わないまま静かに水瀬へ近づくと、そのまま彼女の頭へ手を置き、優しく撫でる。まるで怯える子供を安心させるような、意外なほど穏やかな手つきだった。
「――合格だ。よく自分の弱い心に打ち勝ったな。」
その言葉と共に向けられた僅かな優しさに、水瀬は目を見開く。そして、それは――ディアブロが初めて彼女を真正面から褒めた瞬間でもあった。




