第51話 ストレートパンチ。
水瀬は突然の出来事に完全にパニックを起こしていた。
いつも通りに学校へ来て、いつも通りに授業を受け、そしてディアブロの為に作ったお弁当を渡しながら、昨日の依頼がどうなったのかを聞こうとしていただけだった。
それなのに、その穏やかな昼休みの時間は、唐突に現れた春宮の幼馴染たちによって無遠慮に踏み荒らされ、静かだった空気は一瞬で壊されてしまったのである。
しかも、その幼馴染の内の一人である大和は、初対面にも関わらず当然のように水瀬の隣へ腰を下ろすと、まるで昔から親しい間柄であるかのような距離感で話しかけて来ており、その馴れ馴れしい態度に水瀬は強烈なストレスを感じていた。
だが、それでも「止めてください」と口にすることは出来なかった。いや、正確には言えなかったのだ。
相手は自分よりも遥かに優れた才能を持ち、誰かに助けられることもなくその力を開花させ、華やかな日常を当たり前のように生きている存在であり、ディアブロと出会う前の水瀬なら、そんな相手と自分を比べては「自分は敗者なんだ」と勝手に思い込み、そのまま萎縮して終わっていたはずだった。
しかし、今は違う。
ディアブロと出会い、共に時間を過ごし、数え切れないほど言葉を交わして来たことで、水瀬はいつの間にか“他人と比べて自分を勝手に敗者扱いする自分”から卒業していたのである。
だからこそ、初対面にも関わらず無遠慮に距離を詰め、まるで自分の所有物にでも触れるかのように肩へ手を伸ばして来たその瞬間、水瀬の中で張り詰めていた何かが切れた。
パシッ――という乾いた音が響き、水瀬は迷うことなく大和の手を叩き落としていた。
「――ナッ!!」
まさか拒絶されるとは思っていなかったのか、大和の目が驚愕に見開かれる。
だが、水瀬はそこで怯まなかった。叩いて終わりではなく、そのまま真正面から大和を見据えながら、自分の意思をハッキリと言葉へ変えてぶつけて行く。
「あなた、本当に馴れ馴れしいです。貴方とは私は初対面ですし、いくら春宮くんの幼馴染だからといって、気安く触れようとしないでください。
それに私達は、ゆっくりとお話をしながらお弁当を食べていたんです。それが見えていましたよね?
なのに、さも当たり前みたいに割り込んで来て、勝手に隣へ座って‥‥どこまで空気が読めないんですか?
なので、ハッキリと言います。
――邪魔です。用が済んだのなら帰ってください!!」
その言葉には一切の怯えが無かった。
声こそ大きくはないものの、真正面から拒絶を突き付けるその態度には明確な怒りと拒絶が込められており、隣で聞いていたディアブロですら思わず目を見開いてしまう。
まさかここまでハッキリと相手へ言い切るとは思っていなかったのだ。
ディアブロの予想では、水瀬はこの場を耐え切り、昼休みが終わった後になってから「もう二度と会いたくありません」と小さく愚痴を零す程度だと思っていた。
だが、その予想は良い意味でも悪い意味でも裏切られることになる。
何故なら、これほど真正面から拒絶され、しかも周囲の目がある中でプライドを踏み躙られた大和が、そのまま大人しく引き下がる訳が無かったからだ。
「お、お前‥‥黙って聞いていれば‥‥好き勝手な事を言いやがって。お前みたいなFクラスの無能者が、Aクラスであるこの俺に‥‥ふざけるなよ。」
その瞬間、大和の纏っていた爽やかな仮面は完全に剥がれ落ちていた。
自分のプライドを傷つけられた怒りで理性が吹き飛び、周囲の視線すら見えていないのか、その身体からは今にも力を行使しようとする危うい気配が漏れ始めている。
だが、その直後だった。
「陽菜!!邪魔をするな!!」
「落ち着いてよ大和!!今ここで暴れたら‥‥今まで積み上げて来た功績も評価も全部終わるでしょ!!」
朝比奈が慌てて大和へ飛び付き、その身体を必死に押さえ込む。
その言葉によって、ようやく大和の頭にも最低限の理性が戻ったのか、荒れていた呼吸が徐々に落ち着いて行く。
しかし、その時点で既に遅かった。
春宮には完全に本性を見られてしまっており、今さら取り繕う言葉など残されていない。
そして何より、水瀬から向けられている視線が、もう完全な拒絶へ変わってしまっていることを理解した大和は、悔しさに歯を噛み締めながらも何も言えなくなり、そのまま無言で教室の出口へ向かって歩き出した。
そして、その場に残った朝比奈は、水瀬へ鋭い視線を向けながら低い声で一言だけ告げる。
「あんた‥‥覚悟しておきなよ。」
その言葉を吐き捨てるように残すと、朝比奈もまた大和の後を追うように教室を出て行き、荒れ切った空気だけがその場に重く残されるのであった。




