第50話 初対面。
「え?これって‥‥どういうこと?この人たちって‥‥だ、だれ?」
水瀬の表情には、明らかな動揺と初対面に対する不安が浮かび上がっていた。
それも当然だった。
今、水瀬の目の前に立っているのは、この学校では誰もが知っている存在――Aクラスに所属する神崎 大和と朝比奈 陽菜なのだから。
成績、容姿、実力、その全てにおいて周囲から憧れと羨望を向けられる“光の側”の存在であり、教室の隅で静かに生きてきた水瀬からすれば、自分とは何もかもが正反対の人間だった。
だからこそ、水瀬は二人を前にした瞬間から完全に萎縮してしまっており、なんとか平静を装おうとしてはいるものの、その肩は小さく強張り、視線も落ち着きなく揺れてしまっている。
そんな水瀬へ最初に声をかけたのは大和だった。
「ごめんね。いきなり押しかけたら迷惑だったよね?」
柔らかな笑みを浮かべたまま放たれたその言葉は、一見すれば相手を気遣う優しい言葉にしか聞こえないし、実際、大和自身にも悪意は無いのだろう。
だが、水瀬からすれば、その眩しすぎる笑顔も、自然に距離を縮めてくる空気感も、自分とは違う“光の側の人間”だと嫌でも理解させられるものであり、その存在感そのものが強烈な圧となっていた。
「い、いや‥‥全然、そんなこと‥‥ない‥‥です。」
ただでさえ小さい声がさらに萎んでいき、水瀬は俯きながら答える。
そんな水瀬の反応を見た朝比奈は、今度は自分が話す番だと言わんばかりに横から口を開いた。
「初めまして。ハルの幼馴染の朝比奈です。」
その言葉自体は丁寧で、表面上だけを見れば何もおかしなところは無い。
だが――朝比奈は“幼馴染”という部分だけをわざと強調するように口にしており、その瞬間、この場の空気が僅かに変わった。
そこに込められている意味はあまりにも分かりやすい。
私達は春宮とは昔からずっと一緒にいる特別な存在であり、あなたみたいに最近関わり始めた相手とは違う。そんな無言の優越感と牽制が、その言葉には滲み出ていた。
そして、その空気は水瀬にも痛いほど伝わってしまっており、元々萎縮していた心をさらに追い込まれる形となった水瀬は、耐えきれなくなったように小さく顔を隠してしまう。
そんな水瀬の姿を見たディアブロは、表情には一切出さなかったものの、内心では小さく落胆していた。
元々自己評価が低い水瀬にとって、自分とは何もかもが正反対である二人から、こうして“自分は違う側の人間だ”と暗に突きつけられるこの状況は、あまりにも居心地が悪かったのである。
やはりまだ早かったかと。ディアブロは内心で静かに息を吐く。
この程度の揺さぶりでさえ、水瀬の心は簡単に追い詰められ、逃げるように萎縮してしまっている現状を見る限り、今の水瀬はまだ“完成”には程遠い。
だが、だからといってここで自分が庇う側へ回ってしまえば、水瀬は結局また誰かに守られるだけの存在に逆戻りしてしまうため、ディアブロはそれを良しとはしなかった。
今の自分は水瀬を導く“ディアブロ”ではなく、二人の幼馴染である“春宮 湊”として振る舞わなければならず、ここで不自然に水瀬を助けるような言葉を挟めば、逆に二人へ違和感を与えかねないと理解していたからこそ、ディアブロは春宮として最低限の紹介だけを口にした。
「水瀬さん。紹介するね‥‥僕の‥‥幼馴染の神崎 大和と朝比奈 陽菜。」
だが、その簡素すぎる紹介に対して、大和はすぐに苦笑を浮かべる。
「ハル。流石にそれだけじゃあ説明が足りないよ。僕たちがここに来た訳も説明してあげないとね。まぁ、ハルらしいけどね。」
そう言いながら、大和は困ったように肩をすくめ、そのまま空気を握るように自然な流れで話し始めると、気付けばこの場の会話の主導権は完全に大和の手へ渡っていた。
「えっーーとね。ハルも言っていたけど、自分たちはハルの幼馴染で、ここ最近までは登校も下校もずっと一緒だったんだ。でも急にハルだけが来なくなってさ。だから昨日、何で最近一緒にいないんだ?って聞きに家へ行ったら、“クラスに友達が出来た”って言うもんだから。」
そこで大和は一度、水瀬へ視線を向けるのだが、その視線は威圧するようなものではなく、むしろ柔らかく穏やかなものだったからこそ、水瀬にとっては余計に恐ろしく感じられてしまっていた。
「まぁ、クラスに友達が出来ること自体は別に珍しい話じゃないんだけどね。でも、ハルって今までそういう友達が全然いなくて、ずっとここにいる三人で過ごしてきたからさ。だから今日は、“その友達”がどんな子なのか気になって、こうしてお邪魔させてもらったって訳。」
そこまで丁寧に説明し終えると、大和は何食わぬ顔のまま水瀬の隣へ腰を下ろすのだが、その距離感は無理やり近付いている訳ではないものの、決して遠くもなく、自然を装いながら確実に相手の逃げ道を塞いでいくような絶妙な近さだった。
「っ‥‥」
隣に座られた瞬間、水瀬の身体はびくりと小さく震えるのだが、大和はそんな反応すら特に気にした様子を見せることなく、そのまま静かに水瀬を見つめ始めており、その視線を見た瞬間、ディアブロは大和の興味が既に自分ではなく、完全に隣へ座る水瀬へ向けられていることを理解していた。




