第48話 二人の要求。
突如として家にやって来たのは、春宮の幼馴染である神崎 大和と朝比奈 陽菜の二人だった。
二人がこうして家へやって来たことなど、春宮の記憶の中では一度たりとも存在していない。そもそも春宮という人間は、学校では最低限の会話しかしない上に、放課後も誰かと遊ぶことなく真っ直ぐ帰宅するのが当たり前だった。
だからこそ、突然インターフォンを鳴らし、わざわざ家にまで訪ねて来たという事実そのものが異常だった。
何を目的に来たのか。何を考えているのか。そして、その笑顔の裏側にどんな本音を隠しているのか。ディアブロには分からなかった。
だが、こうしてわざわざ家まで来た以上、無視をするのは得策ではない。下手に拒絶すれば余計に執着される可能性もあり、今この場で関係を拗らせるのはディアブロとしても望んでいなかった為、“春宮 湊”として対応することを選ぶ。
「‥‥どうしたの?二人とも?こんな時間に家に来るなんて何かあった?」
その声音は完全に春宮そのものだった。
弱々しく、どこか自信がなく、相手の顔色を窺うような喋り方まで完璧に再現されており、その姿を見た大和と陽菜も疑う様子など一切見せることなく、そのまま自然に会話を始める。
「何かあった?じゃないぞハル。どうして朝の待ち合わせに来ないんだ?いっつも一緒に登校してたじゃないか。何で来ないんだ?」
大和は少し不満そうに眉を寄せながらそう言葉を向ける。
その口調だけを聞けば、本当に幼馴染を心配しているようにも見えるだろう。だが、その奥にある感情をディアブロは見逃していなかった。
「大和の言う通りだよ。いっつも三人で登校してたのに、何で急に別々に登校するの?」
陽菜もまた、どこか困ったような表情を浮かべながら言葉を重ねてくる。
どうやら二人は“今まで通り”ではなくなったことに不満を抱いているらしい。だが、その不満の本質は“幼馴染が離れていく寂しさ”などではなく、自分達にとって都合の良い立ち位置にいた春宮が、勝手に変わり始めていることへの不快感からかの行動であった。
だが二人は、その本音を一切表へ出そうとはしない。
まるで本当に春宮を心配している幼馴染であるかのように、そして気に掛けてくれる友人であるかのように振る舞いながら、“上辺だけの関係”を完璧に演じ切っている辺りは流石と言うべきなのだろう。
当然、ディアブロはその魂胆を最初から見抜いていた。
だが、それをわざわざ口にするつもりはない。ここで本音を暴けば関係は確実に拗れることになるし、ディアブロとしても今すぐ全面的に対立したいわけではない。徐々に距離を取り、最終的には自然に関係を切る。
それが、今のディアブロの考えだったからこそ、春宮らしい曖昧な笑みを浮かべながら言葉を返すのであった。
「まぁ‥‥僕にも色々とやりたいこともあるし、最近はクラスにも友達が出来たから、そっちの人と過ごしてるんだよね。だって、二人と僕じゃあ‥‥その、力が違い過ぎるから。」
その喋り方は完全に春宮そのものだった。
言葉を濁す癖、自信の無さそうな声音、相手を刺激しないよう慎重に選ばれた言葉遣いまで完璧に再現されており、もはや長年春宮と接して来た幼馴染ですら違和感を抱くことは出来ない。
そして、その言葉を聞いた瞬間、大和と陽菜の表情が目に見えて変わった。
「クラスに‥‥友達?」
二人はまるで信じられないものを聞いたかのように目を見開く。
それも当然だった。
二人の知っている春宮は、自分達以外の誰かと積極的に関わろうとする人間ではない。いつも教室の隅で気配を消すように過ごして誰とも視線を合わせないよう俯きながら生きる。
そんな春宮が“友達”という言葉を口にしたこと自体が、二人にとっては衝撃だったのである。
だからこそ二人は動揺し、そして同時に、その相手を確認しなければならないという感情を抱いた。
「その‥‥クラスの友達を僕たちに紹介してくれないか?ハルがどんな人と関係を持っているのか、幼馴染として確認しておきたいんだ。陽菜もそう思うだろ?」
大和は出来るだけ自然を装いながらそう言葉を向けるが、その視線の奥には明らかな探るような色が混じっていた。
「えぇ、もちろんよ。私たちは家族みたいなものなのだからね。そこは紹介して欲しいわ。」
陽菜も笑顔を浮かべながら同意する。
とんでもない理屈だった。自分達は散々裏で春宮を見下し、陰ではボロカスに貶しながら都合良く利用しているというのに、こういう時だけ“幼馴染”や“家族みたいなもの”という言葉を平然と使ってくる。その身勝手さにディアブロは多少なりとも苛立ちを覚えるが、それ以上に強く感じたのは“面倒臭さ”だった。
正直、これ以上深く関わりたくない。そんな思いが徐々に強くなっていたディアブロは、後先を考えるより先に、この場を早く終わらせることを優先してしまう。
「‥‥分かったよ。明日、会わせるよ。」
ディアブロはそう言って、その要求を了承してしまうのだった。




