第46話 依頼完了。
ディアブロの言葉を聞いた池田は、迫り来るモンスターの群れへ視線を向けながら険しい表情を浮かべる。
暗闇の奥から響いて来る不気味な羽音は徐々に大きくなっており、その度に空気そのものが震えているような錯覚すら覚える。既に距離はそこまで遠くなく、ここで判断を誤れば全員まとめて飲み込まれる可能性すらあった。
「‥‥戦うのは無理だ。なら、逃げるしかないが、このまま進めば逃げられると思うか?」
その問い掛けに対して、ディアブロは迷うことなく答える。
「無理だろうな。」
その返答はあまりにも即答だった。現に、モンスターの移動速度はこちらが穴を上がる速度を明らかに上回っており、このまま上へ進み続けたとしても追いつかれるのは時間の問題でしかない。かといって下へ戻ったところで状況が変わるわけでもなく、既にモンスターの群れはこちらを獲物として認識している以上、どちらへ逃げようとも追跡は止まらず、結果的に逃げ切ることは不可能だった。
だからこそ、この場で取れる選択肢は一つしか存在しない。
誰か一人がこの場へ残り、他の全員が逃げ切るまで時間を稼ぐしかないのだ。迫り来るのは未知の飛行型モンスターの大群であり、その数は一人で相手をするにはあまりにも絶望的だった。普通に考えれば、“死”以外の結末など存在しない。
「これ以上の会話は意味ないな。誰か一人をこの場に残して、殿の役をやるしかない。」
ディアブロが淡々と言葉を口にすると、その場の空気がさらに重く沈み込む。
誰も口を開かなかった。
いや、開けなかったと言うべきだろう。この場に残るということが何を意味しているのか、ここにいる全員が理解していたからだ。誰か一人を犠牲にしなければ全滅する――そんな現実を突き付けられ、簡単に言葉を返せる者など存在しない。
「‥‥誰が残る?」
池田が重い声でそう尋ねると、ディアブロは一切迷うことなく口を開いた。
「‥‥俺だろうな。」
その言葉には一切の迷いが存在しておらず、まるで最初から自分が残ることを決めていたかのような声音だった。この場にいる誰よりも冷静で、誰よりも状況を理解しているからこそ、ディアブロは自分が最適だと判断したのだろう。
そして、その判断が正しいこともまた、この場にいる全員が理解していた。だからこそ誰も反論することが出来ず、止める言葉すら出て来ないまま、ただ重苦しい沈黙だけがその場を支配している。
「‥‥すまない。頼む。」
リーダーである池田は苦しそうに顔を歪めながら頭を下げる。本来ならリーダーとして誰か一人を置き去りにするような選択を認めるべきではないのかもしれない。だが、現実的に考えれば、この場でディアブロ以外のメンバーは前線で戦うことに特化した実力者ばかりであり、逃げる最中にモンスターへ襲われた場合でも戦力として必要になる。
その一方で、ディアブロは索敵を得意としているものの、他のメンバーと比べれば純粋な戦闘能力では劣っていると認識されていたからこそ、殿として残る役目を任せるしかなかった。
「ここに残るのは別にいいとして、この依頼はこれで完遂ってことでいいんだよな?」
「あぁ、それはもちろんだ。」
「なら、報酬の件はしっかりと頼む。」
「あぁ、必ず支払うと約束する。」
その言葉を聞いたディアブロは、それ以上何かを求めることはしなかった。元々、彼にとって重要なのはそこだけなのだろう。
ディアブロは静かに自分のロープの巻き取りシステムを止めると、そのまま迫り来るモンスターの群れへ視線を向ける。そしてディアブロ以外のメンバー達は、それぞれ複雑な表情を浮かべながらも一言だけ言葉を残し、そのまま上へと登り始めた。
「死なないでね。」
「‥‥借りは必ず返す。」
「本当に無茶するな。」
そんな言葉を背中越しに受けながらも、ディアブロは振り返ることなく、ただ静かにその場へ立ち尽くしていた。
そうして全員の姿が見えなくなり、この場に残されたのが自分一人だけになったことを確認すると、ディアブロは小さく息を吐き、そのままゆっくりと顔へ手を伸ばして今まで着けていた仮面を外す。
もう隠す必要はない。
この場には既に自分以外の人間は存在しておらず、なら後は“ディアブロ”として目の前の敵を排除するだけだった。
仮面の下から現れたディアブロの表情には、焦りも危機感も一切存在していない。確かに、かつての力のほとんどは未だ完全には戻っていない。だが、それでもなお、この世界に存在する者達と比べれば次元そのものが違った。
この程度のモンスターがどれだけ束になろうとも、自分を脅かすことなど出来ない――その絶対的な自信が、ディアブロの立ち姿から自然と滲み出ている。
そして、暗闇の奥から迫って来ていたモンスターの群れが、ついにディアブロの姿を肉眼で捉えた。
ギィイイイイイイイイッ!!
耳障りな鳴き声が空間全体へ響き渡ると同時に、無数の黒い影が獲物へ襲い掛かるように一斉に加速する。巨大な翼が羽ばたく度に暴風にも似た風圧が吹き荒れ、その異様な殺気によって空気そのものが震えていた。
だが、それでもディアブロは動かない。逃げることもなく、鑑定を使うことすらせず、ただ静かに片手を前へ向けると、迫り来る大群を見据えながら、たった一言だけを口にする。
「黒天。」
その瞬間、ディアブロの掌から溢れ出した漆黒の魔力が空間そのものを飲み込むように広がり始め、まるで夜空を切り取って具現化させたかのような巨大な黒が、迫り来るモンスターの群れを一瞬で覆い尽くすのだった。




