第45話 簡単に終われない。
「完璧だ!!この調査データがあれば、僕の研究はもう一段レベルアップすることが出来る!!」
最深部に存在する遺跡構造や壁面に刻まれた紋様、さらには空間全体へ漂う異質なマナの流れに至るまで、その全てを調査し終えた綾小路は興奮を隠し切れない様子で高らかに声を上げていた。
その瞳には研究者特有の狂気じみた熱が宿っており、危険な場所へ足を踏み入れたという感覚よりも、“未知へ触れた”という喜びの方が遥かに勝っていることが見て取れる。綾小路にとって、この場所は命を落としかねない危険地帯ではなく、常識では解明出来ない未知が眠る最高の研究材料でしかなかった。
だからこそ彼は、一秒でも早くこの調査データを持ち帰り、更なる研究へ没頭したいという衝動を抑え切れず、そのまま全員へ撤退の指示を飛ばす。
その命令に従い、ディアブロ達は来た時と同じ方法で巨大な穴を上がり始めるが、行き道で全員を支配していた極度の緊張感は既に薄れており、最深部まで辿り着き、そして何事もなく調査を終えられたことで、探索者達の中には“ここは安全だ”という油断すら生まれ始めていた。
暗闇が支配する空間は相変わらず不気味な静けさを漂わせているものの、行き道では少しの物音にすら神経を尖らせていた探索者達も、帰り道では軽く会話を交わす余裕を見せており、空気は明らかに緩んでいる。
しかし、その中で一人だけディアブロは警戒を解くことなく周囲へ意識を張り巡らせ続けていた。
するとその直後、暗闇の遥か奥から行き道では感じなかった無数の気配が、真っ直ぐこちらへ近づいて来ていることを察知し、ディアブロは僅かに目を細める。
その数は一体や二体ではなく、明らかに群れと呼ぶべき規模だった。
ディアブロは、この事実をあるがまま伝えるべきか、それとも黙ったままこいつらが襲われて混乱する様子を静観するべきかを、一瞬だけ頭の中で考えるのだった。
だが、索敵を任されている以上、それを見逃したとなれば責任問題になることは避けられないし、何よりまだ依頼の報酬を受け取っていない段階で依頼者に死なれては、ここまでやってきた意味がない。
そう判断したディアブロは、淡々と口を開いた。
「モンスターの反応を感知した。こっちに真っ直ぐ向かってきている。」
ディアブロが暗闇の奥へ指を向けた瞬間、それまで緩んでいた空気が一気に張り詰める。
リーダーである池田は即座に気持ちを切り替えると、その方向を鋭く凝視し、数秒後にはハッキリとモンスターの姿を捉えた。
「‥‥飛行型のモンスター!!しかも、その数は大群だッ!!」
池田の声には明確な焦りが滲んでいた。
暗闇の中から姿を現したそれは、巨大な蝙蝠にも似た黒い翼を持ちながらも、その胴体は異様なほど細長く、まるで骨だけで形成されているかのように痩せ細っている。さらに、翼を羽ばたかせる度に耳障りな金属音にも似た鳴き声を響かせており、その不気味さは今まで遭遇したどのモンスターとも明らかに違っていた。
そして何より異常なのは、その数だ。
天井付近を埋め尽くすほどの黒い影が群れを成しながらこちらへ迫って来る光景は、巨大な黒雲そのものが押し寄せて来ているかのような圧迫感を放っている。
「あの数をこの人数で相手するのは不可能だ!!それに見たこともないモンスターだ!!」
未知――
その言葉を聞いた瞬間、綾小路の目の色が明らかに変わる。普通の探索者なら未知のモンスターと聞けば警戒や恐怖を抱くはずだが、綾小路の中で最初に湧き上がった感情はそんなものではなく、研究者として未知へ触れられることへの純粋な興奮だった。
まるで新しい玩具を与えられた子供のように瞳を輝かせながら、その目には危険すら忘れさせるほどの狂気じみた熱が宿っている。
「見たことがない‥‥? つまり新種か!? 新種の可能性があるのかッ!?」
綾小路は食い入るように暗闇の先を見つめながら慌てた様子で鞄を漁り、その中から双眼鏡を取り出すと、危険も忘れたように前へ身を乗り出そうとした。
池田が叫ぶが、綾小路はその声すら耳に入っていないのか、双眼鏡を片手にさらに前へ出ようとする。その姿には未知の存在を観測したい、解析したい、記録したいという研究者としての欲求しか存在しておらず、目の前に迫って来ている危険すら完全に頭から抜け落ちていた。
そんな今にも飛び出しかねない危険な様子を見た池田は、即座に綾小路の体を後ろからガッシリと掴むと、そのまま強引に引き寄せて動きを封じ込める。
「離せ!!今見なければ貴重なデータが――!!」
「馬鹿野郎!!あんな場所に顔を出したら真っ先に狙われるぞ!!」
綾小路は拘束された後もなお暴れながら前へ出ようとするが、池田も必死にその体を押さえ込み続ける。未知のモンスターを前にしているというのに、綾小路の目には恐怖ではなく研究対象を前にした好奇心しか映っておらず、その異様な執着が逆に場の緊張感を際立たせていた。
だが、綾小路の暴走を止めたところで状況そのものは何一つ解決していない。モンスターの群れは既にこちらを捉えており、このまま時間だけが過ぎれば襲撃されるのは誰の目にも明らかだった。
だからこそディアブロは、騒ぎ続ける周囲を静かに見渡しながら、たった一言だけを口にする。
「どうするんだ?」




