第40話 価値観の違い。
そうして、その場に残された四人は、これから向かう依頼の詳細や互いの役割について話し合いを始めるのであった。
先程まで綾小路の異様な熱気によって満たされていた会議室は静けさを取り戻していたが、だからといって場の緊張感が消えたわけではなく、むしろ未知のダンジョンへ向かうことが決定した今だからこそ、四人の間には自然と張り詰めた空気が流れていた。
今回向かう場所は、綾小路ですら異常だと断言した巨大な縦穴であり、未だ誰も全貌を解明出来ていない未知の領域だ。そこで何が起こるのか、どんなモンスターが待ち受けているのかすら分からない以上、僅かな判断ミスや連携不足がそのまま死に繋がる可能性も十分にあり得る為、互いの実力や戦闘スタイルを事前に把握しておくことは絶対に必要だった。
そんな空気の中、最初に口を開いたのは池田だった。
「じゃあ、改めて自己紹介させてもらうが、綾小路さんの専属護衛をしている池田だ。で、こっちは高田。一応、今回のリーダーを任されたわけだから、まずはお前たち二人の戦闘スタイルを聞かせてくれ。」
池田は淡々とした口調でそう告げるが、その落ち着いた声音や隙のない立ち姿からは、長年実戦の最前線に立ち続けて来た者だけが持つ独特の重みが自然と滲み出ており、決して威圧しているわけではないにも関わらず、場の空気を自然に支配していた。
「えっーーと、じゃあ私から話しますね。自分は剣を使った近接戦を得意にしています。基本的には前衛で戦うタイプです。」
火神は少しだけ緊張した様子を見せながらも、自分の役割をしっかり説明していく。その視線には僅かな警戒心も混じっており、恐らく彼女自身も、今回初めて組むメンバー達の実力を慎重に見極めようとしているのだろう。
そして自然な流れで、全員の視線が最後に残ったディアブロへと向けられる。
だが、ディアブロにとって“得意な戦闘スタイル”という質問は、あまり意味を持つものではなかった。何故なら、本来のディアブロは前衛も後衛も索敵も支援も関係なく、必要ならば全てを自分一人で完結させることが出来てしまう存在だからだ。
一対一であろうと、多数相手であろうと関係ない。相手に合わせて戦い方を変えるだけであり、自分の役割を限定する必要など本来は存在していない。
だが、今回は違う。
今回の依頼は“パーティー”として動く以上、自分だけで全てを片付けるような真似をすれば確実に不自然さが生まれる為、ディアブロは表情一つ変えることなく周囲のメンバーを静かに観察していた。
池田は前線維持を担うタンク型。高田は後方支援寄りの戦闘スタイル。そして火神は正面火力を担当する近接型。ならば、自分が入るべき場所は自然と決まる。
ディアブロはそこまでを瞬時に判断すると、何事もないように口を開いた。
「自分は索敵を得意にしているので、あまり正面に立って戦闘は出来ません。」
その言葉を聞いた池田は、小さく頷きながら腕を組む。
「そうか。だが、それなら編成としてのバランスはかなりいいな。俺が前線維持、高田が後方支援、火神さんが正面火力、そして君が索敵と情報収集‥‥未知のダンジョンを探索する編成としては、かなり理想的に近い。」
池田はそこまで言うと、一度全員の顔を見回しながら続ける。
「特に今回は情報が少な過ぎる。未知の敵や罠に遭遇する可能性も高い以上、索敵役の存在はかなり重要になる。じゃあ後は、細かい連携や緊急時の対応について話していくか。」
そうして四人は、その後もしばらく細かな打ち合わせを続けていった。
戦闘時の立ち回り、索敵時の連絡手段、緊急時の撤退判断、未知の敵と遭遇した際の優先順位――話し合いは想像以上に細かい部分にまで及び、今回の依頼がどれほど危険視されているのかを改めて実感させるものとなっていく。
そして一通りの話し合いが終わり、ディアブロが施設を後にしようとした時だった。
「ねぇ!!少し、時間ある?」
背後から聞こえてきた声に、ディアブロは足を止める。
振り返った先には、どこか納得し切れていないような表情を浮かべた火神の姿があった。
「ん?‥‥何か?」
ディアブロは特に感情を見せることなく問い返すが、その淡白な反応に対して火神は少しだけ言葉を迷わせるように視線を揺らし、小さく息を吐いてから口を開いた。
「いや、その‥‥今回の依頼についての感想っていうか、率直な意見が聞きたいんだけど。あんたって、この依頼のことどう思ってるの?」
その質問を聞いた瞬間、ディアブロは僅かに眉を動かす。だが、それは驚きではなく、“何故そんなことをわざわざ聞く必要があるのか理解出来ない”という感情の方が近かった。
率直な意見を求められても、ディアブロ自身は今回の依頼に対して特別な感情を抱いていない。危険だろうが異常だろうが、それは依頼として当然存在する要素でしかなく、そこに恐怖や不安を感じる理由にはならなかった。
強いて感想を言うなら、少し面倒な依頼だ――その程度である。
だからこそ、火神が何をそんなに気にしているのかが理解出来なかったが、無視するのも面倒だった為、ディアブロは短く答えた。
「特に何もない。」
しかし、その返答に火神は明らかに納得出来ていなかった。
「え?何もって‥‥あれだけの話を聞いて、本当に何も思わないの?あんな明らかに危険な場所なのに、このまま引き受けても問題ないって思ってるわけ?」
火神の声には、困惑と苛立ちが混じっていた。綾小路の異様な執念、底の見えない巨大縦穴、そして何が待ち受けているかも分からない未知のダンジョン――普通なら、不安や警戒を抱いて当然だ。だからこそ、何一つ気にしていないように見えるディアブロの態度が理解出来なかったのである。
だが、そんな火神とは対照的に、ディアブロはどこまでも冷め切った様子のまま静かに口を開く。
「じゃあ断ればいいんじゃないか。俺は何も思わない。あいつらが何を目的として、どういう手段を取ろうがどうでもいい。俺は報酬さえちゃんとしてもらえたら、それで十分だ。」
その声音には、本当に興味がないという感情しか存在していなかった。誰が何を企んでいようと関係ない。依頼を受け、報酬を受け取る。ただそれだけの話であり、それ以上でもそれ以下でもないのである。
そんなディアブロの価値観に、火神は呆れたように小さく鼻を鳴らす。
「ふん‥‥なるほどね。でも、その報酬だって生きて戻らなかったら貰えないのよ?そこは分かってる?」
火神は半ば皮肉混じりにそう言葉を返すが、ディアブロはそんな言葉に対しても特に表情を変えることなく、小さく溜め息を吐くだけだった。
「はぁ‥‥それこそ気にする必要はないことだ。」
その言葉だけを残し、ディアブロは火神に背を向ける。
そして何事もなかったかのように、そのまま静かに施設を後にするのであった。




