第39話 専属護衛。
「双方ともに同意が得られてたわけだから、依頼の細かい詳細について話をさせてもらう‥‥パチン。」
綾小路が静かに指を鳴らした瞬間、会議室の天井付近に埋め込まれていた機械が低い駆動音を響かせながら作動し、ゆっくりと巨大なスクリーンが降下していく。
やがて映し出されたのは、日本三大組織による緊急会議で使用された映像だった。
画面内では激しく変動する数値と共に、異常なまでに膨れ上がっていく魔力濃度が映し出されており、その光景だけでも尋常ではない事態であることが理解できる。
ディアブロと火神は言葉を挟むことなく、その映像を静かに見据えていた。
「この映像は、あるダンジョン内部で観測された異常現象を記録したものだ。見てもらっても分かる通り、魔力濃度が通常ではあり得ない速度で急激に増加している。本来なら、このような数値変動が発生する可能性はゼロに等しい。
仮に自然現象として発生したのだとしても、事前に魔力の乱れや環境変化など、何らかの予兆が確認されていなければ説明がつかないんだ。だが、その日を通してダンジョン内部に異常は一切確認されていなかった。
つまり――この異常は、何の前触れもなく突如として発生したということになる。」
綾小路はそう語りながら、手元の端末を操作して映像を切り替える。
すると次の瞬間、スクリーンいっぱいに映し出されたのは、底すら見えない巨大な縦穴だった。
まるでダンジョンそのものが巨大な口を開け、全てを呑み込もうとしているかのような不気味さを放っており、暗黒に染まったその穴は、画面越しですら異様な威圧感を漂わせている。
その光景は、単なる地形や空洞などという言葉では到底説明できるものではなく、未知そのものが形となって現れているような不気味さを感じさせた。
「そこで僕は考えた。この異常を引き起こした原因は、そのダンジョンに存在する唯一の“例外”‥‥この巨大な縦穴にあるんじゃないのかってね。
本来、ダンジョンというものは上へと攻略していく構造になっている。だが、このダンジョンだけは違った。下へと続いているんだ。しかも、未だに最下層すら確認されていない。」
綾小路の声色は、次第に熱を帯び始める。
研究者としての探究心なのか、それとも未知へ踏み込もうとする狂気なのか――その境界線すら曖昧になるほどに、男の瞳は異様な光を宿していた。
「ならば、そこに異常があると考えるのは当然だろう?誰も解明することが出来なかった未知の領域‥‥そこにどんな資源が眠っているのか、どんなモンスターが存在しているのか、その全てが謎に包まれているんだ。
だからこそ調べないわけにはいかない。そこには、まだ誰も辿り着いていない真実が眠っている可能性がある。
ならば、一人の研究者として見過ごすなんて選択肢はあり得ない。」
その瞬間、綾小路の口元には抑え切れない笑みが浮かんでおり、誰が見ても分かるほどに興奮しているその姿からは、常人とは明らかに一線を画した異様な執念が滲み出ていた。
未知を前にした研究者特有の熱量――だが、それは既に純粋な探究心という領域を越えており、火神は依頼者から放たれる異質な圧に思わず息を呑む。
しかし、そんな綾小路の異常性を前にしても、ディアブロだけは全く動じることなく、まるでその程度は当然だと言わんばかりに平然とした表情のまま静かに口を開いた。
「護衛者は二人だけですか?流石に、この未知の場所へ向かうのであれば戦力不足な気がしますけど。」
「あぁ、その点については問題ないよ。ちゃんと用意している。」
綾小路はそう言うと、軽く視線を後方へ向ける。
すると、それまで部屋の奥で静かに待機していた二つの人影が、重々しい足取りでゆっくりと前へ歩み出て来た。
一人は鋭い眼光を持つ短髪の男で、無駄を徹底的に削ぎ落とした肉体からは、長年に渡って実戦を潜り抜けて来た者特有の威圧感が漂っている。対してもう一人は、感情をほとんど表に出さない静かな男だったが、その佇まいには一切の隙がなく、ただそこに立っているだけで周囲の空気を張り詰めさせるほどの圧を放っていた。
そして何より、その二人から漂う空気は、単なる雇われ護衛などという言葉だけで説明できるようなものではない。
実力者特有の重圧と、生死の境界を何度も潜って来た者だけが纏う危険な気配が、自然とその場の空気を支配していた。
「紹介するよ。僕の専属護衛を務めている池田くんと高田くんだ。」
二人の男は短く会釈を返すだけだったが、その僅かな動作一つを見ても、長年鍛え上げられてきた者特有の無駄の無さと洗練された動きが感じ取れた。
余計な言葉を交わすこともなく、必要最低限の動きだけで場に存在感を示すその姿は、逆に実力者としての重みを際立たせている。
火神もまた、そんな二人から漂う只ならぬ空気を敏感に感じ取っていたのか、自然と表情を引き締めており、この依頼が単なる調査任務などではなく、命を懸ける危険な探索になる可能性を改めて理解していた。
「言い忘れていたが、今回向かうのは君達二人に、この二人を加えた四人だ。一応、現場でのリーダーは池田くんに任せる予定だから、後は各自でパーティーとして細かい話し合いをしておいてくれ。
それじゃあ、こちらの準備もあるから出発は三日後にしよう。後は池田くん、任せたよ。」
「はい、分かりました。」
池田は短くそう答える。
だが、その返答には余計な感情や迷いが一切含まれておらず、淡々としているにも関わらず、不思議と周囲を自然に従わせるような重みがあり決して威圧的ではないが、長年実戦の最前線に立ち続けて来た者だけが持つ独特の空気が、その短い一言だけでもはっきりと伝わって来る。
綾小路はそんな池田の返答に満足そうな表情を浮かべると、そのままゆっくりと後方へ下がっていき、やがて部屋にはディアブロ、火神、そして専属護衛である二人の男だけが残されることになった。




