第38話 現れる依頼者。
再び、指定された場所へと辿り着いたディアブロの視界に映ったのは、先程まで居たような高級マンションとはまるで別物の、巨大なドーム型施設であった。
無機質な外壁によって構成されたその建造物は、まるで国家機密でも扱っている研究施設のような重々しい雰囲気を纏っており、周囲には一般人が不用意に近付けないよう、至る場所に監視カメラや警備員の姿が配置されている。
入口周辺には複数のゲートまで設置されており、僅かな不審行動すら見逃さないと言わんばかりの緊張感が空気に滲んでいた。
ただ外から眺めるだけでも、この場所が単なる企業施設ではなく、相応の権力と金が動く重要区画であることは容易に理解できる。
だが――そんな物々しい空気の中にあっても、ディアブロの足取りに迷いは一切存在しない。
周囲から向けられる警戒の視線など意にも介さず、真正面から堂々と入口へ向かって歩いて行くその姿には、まるで“止められるはずがない”という圧倒的な自信すら感じさせた。
そして、入口を警備していた男の一人に先程渡された名刺を見せると、警備員は一瞬だけ鋭くディアブロを見据えたものの、すぐに何も言わずスッと身体を横へ退かし、そのまま道を開ける。
余計な確認も質問もないまま、まるで最初から話が通っていたかのように許可を出されたディアブロは、その対応を特に気にした様子も見せず、真っ直ぐ施設の内部へと足を踏み入れた。
◇
施設の中へ入った瞬間、そこに広がっていた光景は外観から受ける印象とはまるで異なるものであり、無機質な白と青の光で統一された空間には壁一面に無数のモニターが並び、その前には大量のパソコンや機材が規則正しく配置されている。
数えるだけでも数百を超えるであろう電子機器が同時に稼働しているにも関わらず、部屋に響いているのはキーボードを叩く音と機械の低い駆動音のみであり、その異様な静けさが逆に、この空間そのものの異質さを際立たせていた。
そして何より目を引くのは、部屋の中央に鎮座する巨大なサーバーである。
天井近くまで届きそうなほど巨大なそれは、ディアブロですら見たことがない規模の設備であり、内部では無数のランプが脈動するように点滅を繰り返している。
その周囲では複数の人間達が慌ただしく作業を行っており、ここがただの研究施設ではなく、何か巨大な情報を扱う中枢区画であることを自然と理解させた。
そんな奇妙な空間をディアブロが静かに観察していると、不意に背後から――
「ふーーん。私以外にも合格者が居たんだ。」
と、女の声が掛けられる。
ディアブロがゆっくりと振り返ると、そこには水瀬より少し歳上と思われる大学生ぐらいの女性が立っていた。燃えるような赤髪と鋭い瞳が印象的な女で、その視線には相手を値踏みするような鋭さが宿っている。
そして、そんな彼女の腰には一本の剣が下げられていた。
それは単なる装飾品などではなく、実戦で幾度も使い込まれてきたことが一目で分かる武器であり、彼女もまた“戦う側”の人間なのだということを自然と理解させられる。
女はそんなディアブロを興味深そうに眺めながら、小さく肩を竦めた。
「君も合格者でしょ?てか、何で顔を隠してるわけ?」
軽い調子の問い掛けではあるが、その視線は相手を探るように鋭く、単なる雑談として聞いているわけではないことが伝わって来る。
しかし、そんな視線を向けられてもディアブロは特に動揺することなく、普段通り落ち着いた声音で答えを返した。
「顔は‥‥ちょっと事情があって隠している。依頼者にも言ってあるから、問題ない。」
その返答を聞いた女は、一瞬だけ目を細めた後、納得したように小さく笑みを浮かべる。
「そう。まぁ、こんな依頼を受けるぐらいだものね。事情の一つや二つ抱えているものよ。私の名前は、火神紅夜よ。よろしくね」
そう言いながら、火神は躊躇なくディアブロへ向けて右手を差し出した。
その動作には余計な警戒も敵意もなく、純粋に“同じ依頼を受ける仲間”として接しようとしている意志が感じられ、ディアブロもまたそれを理解した上で、静かにその手を握り返す。
「Dだ。」
「D?名前まで隠しているのね。」
火神は呆れたように苦笑しながらも、それ以上深く追及して来ることはなかった。恐らく彼女自身、この世界では何かしらの事情を抱えて生きている人間など珍しくないことを理解しているのだろう。
そして、そんな二人が簡単な自己紹介を終えた、その時だった。
「待たせて済まなかったね。」
低く落ち着いた男の声が部屋の奥から響き、二人が同時にそちらへ視線を向けると、一人の男がゆっくりとこちらへ歩いて来る姿があった。
その歩き方には一切の無駄がなく、ただ静かに近付いて来るだけにも関わらず、不思議と自然に視線を引き寄せられるような空気を纏っている。
男は二人の前まで来ると、そのまま静かに口を開いた。
「自分が今回の依頼者の『綾小路秀人』だ。まさか、あの試験の合格者が二人だけだとは思わなかったが‥‥まぁ、ゼロよりはましだね。」
その口調自体は穏やかなものだったが、向けられている視線だけは鋭く、まるで二人を改めて見定めるように静かに観察している。
そして綾小路は軽く息を吐くと、そのまま言葉を続けた。
「それじゃあ、話を進めるとして――改めて二人に問う。本当に依頼は受けるんだよね? 引き返すなら今だよ?」
その問いは単なる確認ではない。
この依頼が命を落とす危険性を孕んでいることを理解した上で、それでも進む覚悟があるのかを試しているのだと、火神もディアブロも瞬時に理解していた。
だが、そんな綾小路の視線を真正面から受けながらも、火神は一切迷うことなく口を開く。
「覚悟は決めているわ。」
そして、ディアブロもまた短く――
「構わない。」
迷いのない声音で返事を返した。
その返答を聞いた綾小路は、しばらく二人の顔を見つめた後、満足そうに軽く手をパンパンと叩きながら、
「じゃあ依頼の話をしよう。」
そう言って、ゆっくりと本題へ入って行くのであった。




