第3話 終わりの始まり。
勇者パーティーが編み上げた最高の連携、その極致とも言える合体技が、ついにディアブロへと叩き込まれた。
その一撃は、たとえ龍であろうと瀕死に追い込むほどの威力を秘め、山すら吹き飛ばす破壊力を内包した、受ければそれだけで勝敗が決するまさに必殺と呼ぶに相応しいものであった。
勇者も龍巫女も確かな手応えを感じていたが、相手があのディアブロである以上、それで終わるとは微塵も考えておらず、追撃を加えようと踏み込んだその瞬間、まるで時が止まったかのようにその身体はピタリと停止する。
動きを封じられたのは勇者と龍巫女だけではなく、後方に控えていたエルフと魔王もまた同様に拘束されており、全員が必死に身体を動かそうと抗うものの、指一本たりとも動かすことが出来ないほどの圧倒的な力によって縛り付けられていた。
このような現象を引き起こせる存在は、世界にただ一人しかいない。
すなわち――覇王ディアブロである。
「‥‥痛みを受けたのは久しぶりだ。流石は我を討とうとするパーティーなだけはあるが、結局その攻撃も我には届かなかった。」
勇者の間を滅する聖なる力と、龍族が誇る常軌を逸した破壊力が融合し、さらに魔王による強化が重ねられたその一撃は、間違いなく世界最高峰の威力を持つ攻撃であったはずだが――
それでもなお、ディアブロは何事もなかったかのようにその場に立っていた。
「もしやとは思っていたが、もうこの世界には我を楽しませられる存在はおらんようだ。ならば、こうして待つ意味もないか。この戦いで全てを終わりにしよう。」
ディアブロの口から放たれた“終わり”という言葉は、この場の戦闘の終結を意味するものではなく、この世界そのものの終焉を指していた。
自らを楽しませる存在が現れることを信じ、数百年もの間待ち続け、ようやく辿り着いた結論が“失望”であった以上、もはやこの世界に価値はないと断じたのである。
わずかに覇気を解放するだけで相手の身体は恐怖に支配され動かなくなり、それはすなわち、生物として自分に抗うことは不可能であるという明確な証明でもあった。
ならば、この数百年という時間は無意味であり、自分に匹敵する存在が現れることはないと理解してしまった以上、最後は自らの手で全てを終わらせるしかない。
破壊と死を撒き散らすことこそが――覇王ディアブロという存在の在り方であるのだから。
「全てを終わらせる前に、お前たちには我に挑むということがどういう事を意味するのか、その身に刻んでやろう。さて――どれにするか‥‥魔族、龍族、人族は別にいらんか。ならば、ここはエルフにするか。」
ゆっくりと歩み寄るその姿は、死そのものが形を成して迫ってくるかのような圧倒的な恐怖を伴っており、これから起こることが決して良いものでないことだけは、誰の目にも明らかであった。
勇者たちは必死に身体を動かそうとするが一切反応せず、せめてディアブロの足を止めるために自分を殺せと叫ぼうとするも声すら出ず、ただ目の前で起こる光景を見ていることしか出来ない。
「お前のテレポートは実に良い魔法だ。この戦いにおいて仲間の命を救い、全体をまとめ上げたお前は、このパーティーの心臓と呼ぶに相応しい存在であり、我が戦いを楽しめたのもお前のお陰だ。」
そこで一度言葉を区切り、静かに告げる。
「だからこそ――これは褒美だ。感謝して死ね。」
ディアブロの手がエルフの首を掴み、その生命と魔力が容赦なく吸い上げられていく。
それこそがディアブロが最強であり続け、不死に近い存在である理由であり、他者の生命と力を奪い取り自らのものとすることで老いることなく常に最盛期を維持し続け、さらには奪った魔法によって際限なく進化し続けるという、覇王たる所以そのものであった。
掴まれたエルフに逃れる術はなく、ただゆっくりと訪れる死を受け入れるしかなく、それを仲間たちも見ていることしか出来ないという現実が、勇者の心を強く締め付ける。
何でだ‥‥何で‥‥俺は‥‥こんなにも弱いんだ。勇者として‥‥あのディアブロを討つと約束したのに、最高の仲間に出会ったのに‥‥それなのに俺は――
「失いたくないんだッ!!!!」
その叫びと共に、勇者はディアブロの放つ恐怖を乗り越え、一歩を踏み出した。
完全に克服したわけではないにせよ、その変化は確かなものであり、ディアブロも僅かに驚きを見せるが、勇者の力そのものが増したわけではない以上、脅威にはならないと判断し、手にしていたエルフをそのまま勇者へと投げつける。
当然、勇者はそれを受け止めるが、その行動によって生まれた隙は致命的であり、がら空きとなった顔面へと一撃を叩き込もうとする――その瞬間、龍巫女と魔王が同時に動き出す。
勇者が恐怖を克服したことで二人もまたその支配から解き放たれ、迷いなくディアブロへと迫るが、その攻撃はすべてテレポートによって回避され、逆に背後へと回り込まれた二人は連続して叩き込まれた一撃によって成す術もなく壁へと吹き飛ばされた。
「まさか邪魔をされるとは思っていなかったが、その生命まで奪い切れなかったのは少々惜しいな。だが、力だけでも奪えたのなら十分だ――もう、終わりにしよう。」
そう告げると、ディアブロはゆっくりと手を空へ掲げ、その指先に黒き一点――すべてを飲み込む“黒点”を生み出す。
それはあらゆる存在から全てを奪い尽くす力の塊であり、膨張するそれが放たれれば、この場にいる全員はもちろん、世界そのものがディアブロに吸収される未来しか残されていなかった。
しかし、それを止める術は誰にもなく、勇者、エルフ、魔王、龍巫女の全員が既に満身創痍で立ち上がることすら困難な状態に追い込まれている。
それでもなお、世界の希望を背負う者が、このまま倒れ伏したままでいることなど許されるはずがない。
「‥‥ゴホ!!俺は‥‥絶対に‥‥諦めない。」
血を吐きながらも立ち上がった勇者は、震える身体で剣を構え、真っ直ぐにディアブロを見据える。
「俺は勇者だ。みんなを守り、平和にするのが使命だ。お前には誰も奪わせない。お前には誰も傷つけさせない――この世界中の願いと希望を背負って、俺がお前を討つ!!」
「ハハハハハ!!我を討つだと?どうやってだ?剣を持つだけで限界なお前に何が出来る?仮に振れたとしても、その刃が我に届くことはないというのに、それすら理解できないとは、実に哀れだな。」
「確かに俺一人の力じゃ届かない‥‥でも、みんなの力なら届く。思いと希望と願いを乗せた一撃なら、必ずお前に届く――みんな、力を貸してくれ!!」
その言葉に応えるかのように、勇者の周囲に無数の光が集まり始め、それは世界に生きるすべての存在の“思い”が形となったものであり、仲間たちもまたその力を束ねて一振りの黄金の剣を生み出す。
「これが世界の思いだ、ディアブロ。お前は確かに強い――だが、一人では決して届かない領域がある。それが“人の思い”だ!!受け取れ!!」
「なめるな!!勇者風情がぁ!!!思いなど我が破壊してやる!!全てを闇に沈めろ――黒点!!!!」
両者の力が激突し、空間そのものが軋むほどの衝突が生まれる中、ディアブロの中へと流れ込んでくる“何か”があった。
それは人の心であり、感情であり、生きる意志そのものであった。
それらに精神を侵されながらも、覇王としての意地がそれを拒絶し、個の力こそが絶対であるという信念を貫こうとさらに力を込めた――その時、隣から伸びた二つの手が、その動きを止める。
感じた温もりは、生まれた瞬間に失ったはずの父と母のものと同じであり、その感覚に心を揺らされたディアブロは、ついに力を止めてしまう。
その瞬間、人の思いに完全に飲み込まれたディアブロは悟る。
どれほどの力を持っていても、その根源が空であれば意味はないのだと。
「ハハハハ‥‥」
乾いた笑いが零れる。
人の思いも、その強さの意味も理解した――ならば、次は間違えない。
同じ思いを持つ者と出会い、その時こそ、真の意味で世界を統べる。
最高の仲間と共に。
そうして、覇王ディアブロの魂は消え、世界に束の間の平和が訪れる。
だがその傷痕は深く、やがて時と共に風化し、再び争いが生まれ、再生と破壊を繰り返しながら文明と種族は進化を続け、気の遠くなるほどの年月を経て――
その星は、やがて“地球”と呼ばれる存在へと姿を変えるのであった。




