第33話 両方を得ることは出来ない。
「実はだな。結論から言うと、俺もその人と会ったことがないし、俺から直接紹介するわけじゃないからだ。」
男の口から発せられたその言葉は、一度聞いただけでは到底飲み込めるような代物ではなかった。
見つけたと断言しておきながら当人と会ったことすらなく、さらに自ら紹介することも出来ないという矛盾を孕んだ説明は、常識的に考えても筋が通っているとは言い難く、実際にそれを受けたディアブロもまた、わずかに眉を寄せながら首を傾げるしかなかった。
「どういうことだ?そっちが直接紹介しないと言うなら、誰が紹介してくれるんだ?」
低く抑えた声音で投げられた問いは、単なる疑問というよりも、その発言の裏にある意図を探るための確認に近いものだった。
「あぁ、分かってる。それもちゃんと話す。まず、この間の電話で俺が仕事の依頼をしたことを覚えているか?」
「覚えている。ダンジョンにある穴の調査をするために護衛をして欲しいってやつだな。」
「そう、それだ。俺達はここ数日、お前の要望を叶えられる職人を探したが、そんな腕を持っている職人は表舞台で活躍している人ぐらいで、今の俺達の会社の力では裏で取り引きをすることは出来なかった。そこで、その依頼をした依頼者が出てくる。」
男の言葉は一見すれば順を追って説明されているようでいて、その実、核心に触れる部分をぼかしたまま外側だけをなぞっているような曖昧さを含んでいたが、その曖昧さこそが、むしろ答えを示しているようなもので
ディアブロは、最後まで話を聞くまでもなく、その言葉の先にある構図を正確に読み取っていた。
つまり、この男が言っているのは、自分たちの会社の伝手ではそのレベルの職人には辿り着けないという現実であり、だからこそそこで持ち出されるのが、より上位の権力者――すなわち『国のお偉いさん』という存在なのだ。
国家に属し、あるいは国家に直接雇用されている人間であれば、表には出ない特殊な技術者や職人との繋がりを持っている可能性は十分にある。そうしたルートを経由するのであれば、水瀬の装備を用意するという目的自体は、決して非現実的なものではなくなるだろう。
それだけではない。会社側にとっても、ディアブロたちに依頼を受けてもらうことで実績と利益の双方を得ることが出来る以上、この提案は一方的なものではなく、双方に利がある形に仕上げられている。
表向きだけを見れば、理想的と言ってもいいほどに整った条件――まさに一石二鳥の案であった。
だが、この男は決定的な一点を理解していない。
この状況を生み出した根本、その全ての発端がディアブロ自身の行動によるものであること。そして、問題のダンジョンの穴を仮の拠点として利用している。この二点の事実を知らないがゆえに、この提案を「最適解」として提示しているだ。
ディアブロは沈黙したまま、思考を深く沈めていく。
もしこの提案を受け入れた場合、確実に得られるものは水瀬の装備と報酬の金――この二つはほぼ確定事項と言っていいだろう。それに加え、副次的な利益として国の上層部との繋がりが生まれる可能性もある以上、長期的に見ても悪い話ではない。
だがその一方で、失う可能性のあるものもまた明確だった。
拠点の存在が露見するリスク、自分たちの行動が監視対象に入る危険性、そして何より――自由に動ける立場を失う可能性が出てくる。これらはディアブロの野望を叶えるにはどれもこれも必要不可欠なものであった。
ただ逆に、この提案を断れば、現状の安全性と秘匿性は維持される。拠点も、行動も、何一つとして他者に干渉されることなく運用し続けることが出来る。
しかしその代償として、水瀬の装備は手に入らない。
戦力強化という観点で見れば、それは決して軽視出来る損失ではなく、むしろ今後の動きに大きな影響を及ぼしかねない要素であり、装備を得るか、それとも拠点の安全と秘匿を優先するかという選択は、そのまま今後の方針そのものを左右する分岐点となる。
そして、ディアブロが導き出した答えは‥‥
「が、結論なわけだが‥‥どうだ?やってくれないか?」
男の言葉が、思考の区切りを告げるように落ちる。
「分かった。引き受けるが条件がある。」
間を置かずに返されたその一言は、既に結論を出した者のそれだった。
「まず、その依頼者の身元の情報が欲しい。そして、ちゃんと水瀬の装備を作れる者であるのかをもう一度確かめて欲しい。そして最後に――俺達の情報は一切、何も明かさないこと。それが認められるなら引き受けよう。」
提示された条件は、決して譲れない最低限の防衛線であり、同時に相手の出方を測るための楔でもあった。
「なるほどな‥‥分かった。こっちで確認してみよう。」
男は一度ゆっくりと頷き、その条件の重さを理解した上で応じる。
「なら、その報告をまた聞かせてくれ。俺達は一旦、帰らせてもらう。」
「あぁ‥‥また連絡する。」
短いやり取りの後、ディアブロたちは席を立つ。
交わされた会話の内容とは裏腹に、その場に残された空気は決して軽いものではなく、互いに踏み込む一歩を誤れば均衡が崩れかねない、張り詰めた緊張を孕んだまま静かに沈んでいた。
そしてその緊張を背に受けながら、ディアブロたちは何事もなかったかのように会社を後にするのだった。




