第29話 持ち込まれた依頼。
水瀬家で突如として開かれた食事会から数日が経過した。その間もディアブロたちは例の穴へと籠り続け、ひたすらに魔法の修練に明け暮れていた。単なる反復ではなく、実戦を見据えた精度の向上と応用の確認を繰り返してきた結果、基礎の段階は既に抜けつつあり、そろそろ実践へと移行するべき時期に差し掛かっている。
だが、その前にどうしても解決しておかなければならない問題が一つ存在していた。
――水瀬の装備である。
白の魔法は回復や支援において圧倒的な効力を持ち、パーティー全体の生存率を飛躍的に引き上げる力を秘めている。しかし、その代償として術者本人の戦闘能力が極端に低いという明確な弱点を抱えており、その脆さを補う手段として最も現実的なのが防具による防御力の底上げだった。
だが、市販で流通している装備では到底満足出来ない。
量産品はあくまで“平均”を満たすためのものであり、ディアブロが求める水準には遠く及ばない。性能、耐久、魔力適性、その全てにおいて妥協の余地はなく、そうなれば選択肢は一つ――オーダーメイドしかない。
そして、その依頼先もまた自ずと限られてくる。
昼休み、教室の一角で水瀬の手作り弁当を食べ終えたディアブロは、迷いなくスマートフォンを取り出し、登録された番号へと発信した。
――プルルル ――プルルル
規則的に鳴り続けるコール音が二度、三度と続いたところで、通話が繋がる。
『もしもし。』
低く抑えられた声が、受話口の向こうから響いてきた。
ディアブロはわずかに目を細めると、短く名乗る。
『俺だ‥‥春宮だ。一つ頼みがあるんだが、今、時間あるか?』
ほんの僅かな間の後、相手は小さく息を吐いたような気配を見せる。
『あぁ、問題ないぞ。大事な大事な取り引き相手との電話だからな。』
その声音には軽い冗談めいた響きが混じっているが、同時に相手を値踏みするような含みも感じられる。
『それで、頼みっていうのは何だ?』
ディアブロは余計な前置きを挟むことなく、本題へと入った。
『オーダーメイドで装備を作って欲しいんだ。そっちで人材の紹介を頼めないか?』
その言葉に、通話の向こう側で一瞬だけ沈黙が落ちる。
『あーーそうだな。普通なら問題ないと言うんだが‥‥』
言葉を選ぶような間が入り、次いで低い笑いが混じる。
『お前のことだ。そんじゃそこらで売っているような装備じゃダメなんだろ?』
探るような口調に対して、ディアブロは即座に返す。
『当然だな。そこそこの物ならわざわざお前に頼まない。俺が求めているのは最上級の装備だ。』
その一言には一切の迷いがなく、要求の高さを隠そうともしていない。
再び短い沈黙が流れ、やがて相手が観念したように息を吐いた。
『‥‥だよな。分かった。こっちでどうにかしてみる。少し時間をくれ。』
軽く机を叩くような音が微かに混じり、相手が何かを思案している様子が伝わってくる。
『ちなみにだが猶予はどれぐらいだ?』
『そうだな。そこまで急いではないから一、二週間ってところだ。』
『一、二週間か‥‥』
男は小さく繰り返し、何かを計算するような間を置く。
『分かった。何とかする。頼みはそれだけか?』
『あぁ、そうだ。頼んだ。』
一度会話が途切れかけた、その瞬間だった。
『――なら、こっちの頼みも聞くんだ。』
低く抑えられた声が、先ほどまでとは少しだけ色を変える。
ディアブロは何も言わず、続きを促すように黙る。
『少し、面白い依頼話が回って来てな。どうだ?興味ないか?』
『聞くだけ聞く。』
短く返すと、相手は満足げに小さく笑った。
『そう言ってくれると思った。』
わざとらしく間を取り、情報の価値を引き上げるようにしてから、男は口を開く。
『実はな、国のお偉いさんが裏ルートで何人かの探索者を護衛として雇ってる。何で護衛が必要なのか、その細かい理由までは流れてきていないんだが――』
一度言葉を切り、低く続ける。
『どうやら“例の巨大な穴があるダンジョン”を徹底的に調べるつもりらしい。』
その瞬間、ディアブロの視線が僅かに鋭くなる。
『それで、その依頼がうちの会社にも来てるんだが、お前なら任せられそうでな。どうだ?報酬もかなりの額だ。悪くない話だと思うぞ?』
提示された情報と条件を頭の中で素早く整理しながら、ディアブロは静かに口を開く。
『‥‥なるほどな。今すぐに返答は出来ない。期限は?』
『こっちもそっちと同じで一、二週間ってところだ。』
『なら、パーティーメンバーと話し合って決める。また連絡する。』
『はいよ。良い返事が聞けることを期待してるぜ。』
通話が切れ、教室のざわめきが再び耳に戻ってくる。
ディアブロはスマートフォンを机に置き、ゆっくりと息を吐いた。
国が――あの穴に関わろうとしている。
あの場所は、現状において最高の訓練環境だった。未知の要素と高密度の魔力が混在するあの空間は、実戦に近い負荷を与えながらも制御可能な範囲に、人から見られることもない場所として成長速度を飛躍的に高めるには最適すぎる条件が揃っている。
それを、このタイミングで失う可能性がある。
だが同時に、正面から衝突するにはまだ早い。今の戦力でも一定の戦闘は可能だが、国家を相手にした場合のリスクは決して軽くない。もう少し時間があれば、より確実に選択肢を増やせたはずだった。
――早すぎる。
その認識だけがはっきりと浮かび上がる中で、場所を巡って戦うべきか、それとも別の手段を取るべきかという選択を突きつけられたディアブロは、結論を急ぐことなく、静かに思考を巡らせ続けるのだった。




