第26話 冷静でいるということ。
「う"っ‥‥あ、あれ‥‥私は、気を失っちゃってた?」
頭を抱えながら水瀬はゆっくりと上体を起こし、まだぼんやりとした視界のままディアブロへと問いかける。
「あぁ、丁度2時間ぐらいだな。体調はどうだ?」
「‥‥えぇ、頭がズキズキするぐらいで‥‥他は特に問題ないわ。」
そう口では言うものの、声の調子はいつもより明らかに鈍く、言葉を紡ぐ速度も遅い。それに加え、一つ一つの呼吸が深くなっているのが見て取れ、無理をしているのは明白だった。
その様子を一瞥したディアブロは、これ以上の継続は無意味どころか危険だと即座に判断し、ここで切り上げることを決める。
だが――
「大丈夫よ。せっかく自分の才能に気が付けたんだから、もっと、試したいわ。」
そう言って、水瀬は無理にでも立ち上がろうとする。
その目には明らかに限界が見えているにもかかわらず、それでも止まろうとしないその姿は意地にも似た強さを感じさせるものだったが、相手はディアブロであり、その程度の我儘が通じるはずもなかった。
――ドス、と鈍い音と共に水瀬の頭に軽い衝撃が走る。
「いたぁーーい!!いきなり何するのよ!!」
涙目で抗議する水瀬に対し、ディアブロは一切の感情を乗せずに言い放った。
「命令違反の罰だ。」
その一言には、冗談や軽さなど微塵も含まれていない。
「俺が終わりだと言ったら終わりだ。どれだけの覚悟があろうと、思いがあろうと関係ない――俺の命令は絶対だ。」
その声音は低く、重く、そして揺るがないもので、その瞬間に空気が変わった。
先程までのやり取りとは明らかに質の違う、支配と服従を前提とした言葉が、その場を支配していた。
「‥‥命令が聞けないのか?」
静かに問いかけられたその一言は、圧として水瀬へと降りかかる。
そう――このパーティーは普通ではない。全てはディアブロの為に存在し、その願いを叶える為だけに組まれた存在であり、その仲間の命も力も才能も‥‥その全てはディアブロの管理下にある。
その意味を、言葉ではなく“圧”として理解させられた以上、水瀬にこれ以上の抵抗は出来なかった。
「ごめん。私が冷静じゃなかった。」
小さくそう言って、素直に頭を下げる。
「あぁ、分かればいい。時間はまだある。今日の内に全てを実践する必要はない。明日また、お前の体調が万全になってから再び始める。いいな?」
先程までの圧が嘘のように、淡々とした口調に戻る。
「分かったわ。それで、ここからどうやって帰るの?まさか、よじ登るなんて言わないわよね?」
軽く空気を変えるように、水瀬は話題を切り替えた。
「そんな面倒なことはしない。ほら、手を取れ。」
来た時と同じ言葉を向けられ、水瀬は一瞬だけ動きを止めるが、その言葉の先に何があったのかを身をもって知っている以上、今度は反射的に従うのではなく一度だけ確認を取ることにした。
「手を取る前に教えて、どうやって帰るのかを。」
「ふん。なーーに、瞬間移動をするだけだ。だから、行き道のような飛び降りはしない。安心しろ。」
今回は素直に答えが返ってくる。その様子から、多少なりとも先程の件を気にしているのだろうと察し、水瀬も納得したように頷いた。
「‥‥それなら、いいわ。」
そう言って手を取る。
「それじゃあ行くぞ。」
次の瞬間、視界が切り替わる。
ほんの一瞬の感覚の断絶の後、先程までいた暗い空間は消え去り、見慣れた景色が広がっていた。
「本当に‥‥瞬間移動してるわ。」
安堵と驚きが混ざった声が漏れる。
「てか、瞬間移動が出来るなら、わざわざ飛び降りる必要はなかったんじゃないの?」
当然の疑問に、ディアブロは軽く肩をすくめる。
「そう簡単な話じゃない。この力にも色々と条件があるんだ。」
「‥‥じぃーーー。」
納得していない視線を向けられるが、ディアブロは特に説明を付け足す様子もない。
そんなやり取りの最中――
「あら、結奈。今、帰り?」
背後から穏やかな声がかけられ、振り返るとそこに立っていたのは水瀬の母だった。こうして――ディアブロと水瀬の母は、初めて出会うのであった。




