第24話 もふもふは怒りを忘れさせる。
ようやく水瀬は落ち着きを取り戻し、ふらつきながらも自力で立ち上がれる程度には回復していた。
「それで、この場所は一体何なの?ダンジョンの中であってるのよね?」
「あぁ、そうだ。この場所はドラゴンの住処だ。」
あまりにもあっさりと告げられたその言葉に、水瀬は一瞬思考が止まり、そのまま口を開けたまま固まってしまう。
ディアブロが生きていた時代において、ドラゴンという存在は確かに強大ではあったが、決して手の届かない存在ではなく、討伐されることも珍しくはなかった。実際、ディアブロ自身も何百と屠ってきた魔物であり、その認識に特別な重みはない。
しかし現代においては事情が全く異なり、ドラゴンは記録の中で語られるだけの存在であり、実際に討伐されたという歴史は存在しない。
つまり、水瀬にとってのドラゴンとは――現実に存在するかすら疑わしい、まさに“天上の魔物”だった。
「い、今‥‥ここが‥‥ドラゴンの住処って言った?」
「あぁ、そう言った。」
淡々と肯定され、水瀬の中で何かがプツンと切れる。
「はぁ‥‥本当に‥‥あんたって‥‥何で‥‥そんなに常識がないのよ!!」
再び怒りが爆発し、今度はしっかりと声に乗って外へと吐き出された。
「ドラゴンの住処にいきなり連れて来られて、もし本当にドラゴンが居たらどうするつもりだったの?」
「居るなら殺すだけだ。それに昨日のうちにドラゴンがいないことも確認しているし、住処って言っても前の話で、そのドラゴンは既に殺している。だから安心しろ。お前だって俺がドラゴンを殺せることは知っているだろ?」
返ってきた答えは、相変わらずどこかズレている。
水瀬が言いたいのは“危険かどうか”ではなく、“事前に一言くらい説明しろ”という、ごく当たり前の話だったのだが、その意図が伝わる気配は微塵もない。
だが、その点についてはこの短時間で嫌というほど理解している為、これ以上言っても無駄だと判断し
「はぁ‥‥もういいわ。」
と、大きく息を吐きながら半ば諦めるように呟いた。
「それで、こんなドラゴンの住処に連れて来た理由は?今から、ここで何をするの?」
ここまでの展開があまりにも急過ぎて、本来の目的を聞かされていなかったことに、ようやく思考が追いつく。もう一人いるはずの仲間も未だ姿を見せていない以上、その疑問は当然だった。
「ここに来た理由は、お前の本当の力を試すのと、ベガとお前を合わせる為だ。」
そう言いながら、ディアブロは左手を軽く掲げると、その掌の上にブラックホールのように歪んだ黒い渦を生み出した。
「――来い。ベガ。」
呼びかけと同時に、その渦がゆらりと揺れ、次の瞬間には中から一匹の子犬が勢いよく飛び出してくる。
「こいつがもう一人の仲間で、名前はベガ。」
ディアブロが紹介を口にするが、その言葉が水瀬の耳に届くことはなかった。
目の前に現れた存在に完全に意識を奪われ、体を小刻みに震わせながらゆっくりと歩み寄ると、そのまま両手でそっと持ち上げる。
「な、な、なに‥‥この可愛い犬は!!ちょーー可愛い!!毛もサラサラでもふもふだし!!あぁ、もう最高!!」
先程までの怒りはどこへやら、一瞬で表情が緩み、頬が緩みきったまま夢中で撫で回し始める。
ベガは魔獣であり、本来であれば誇り高く他者に気軽に触れられることを嫌う存在のはずなのだが、当の本人はと言えば嫌がる様子は一切なく、むしろ気持ち良さそうに目を細め、されるがままになっていた。
その光景はどこか微笑ましく、完全に場の空気が緩んでしまう。
「おい。いい加減にしろ!!」
流石に見かねたディアブロが、水瀬の手からベガをひょいと取り上げ、そのまま抱きかかえる。
「お前がいつまでもそうしていると話が進まん。ベガとじゃれ合いたいなら全部終わってからにしろ。今は、こっちに集中しろ。」
「そんな‥‥まぁ、分かった。今は、話に集中するわ。」
露骨に肩を落とし、名残惜しそうにベガを見つめながらも、水瀬は渋々頷いた。
「じゃあ、改めて紹介をするぞ。こいつの名前はベガ。ブラックフェンリルの子供だ。」
改めて紹介されると、ベガは小さく体を揺らしながら
「ワン」
と一声鳴いて、水瀬へと視線を向ける。
それに応えるように、水瀬もその場で膝を折り、目線を合わせて優しく微笑みながら
「私の名前は水瀬 結奈。これから仲間としてよろしくね。」
と、丁寧に言葉を返した。
そうして、ほんの少しだけ穏やかな空気が流れる中――
いよいよ、水瀬の「本当の力」を明かす時が来たのだった。




