第21話 仲間になったのなら。
ベガに続いて水瀬 結奈が仲間となったが、その人数は未だ二人と、ディアブロが求める16人には到底及んでおらず、ポーン、ナイト、クイーンといった主要な駒も未だ空白のままである以上、これからも仲間探しを中心に動いていく方針に変わりはない。
だが、今はそれよりも優先すべきことがあった。
それは――水瀬 結奈という存在を、“仲間”として相応しい形へと引き上げることである。
いくら内に秘めた才能が優れていようとも、それを支える外側が伴っていなければ意味はない。ディアブロが求めているのは単なる有能な人材ではなく、欠点のない“完成された存在”であり、今の水瀬 結奈の身なりはその基準からはあまりにもかけ離れていた。
当然、それを見逃すという選択肢は、ディアブロの中には存在しない。
「これでお前も俺の仲間だ。なら、まず‥‥その身なりを何とかするぞ。」
そう言って、ディアブロはこれまでの覇王然とした口調から一転し、現代に合わせた自然な口調へと戻しながら、水瀬の手を取ってその場を後にした。
向かう先は決まっている。
これまで放置されてきた肌荒れ、疲労と生活習慣の乱れによって蓄積された体内の老廃物、日々の無理によって歪んだ身体のバランス、そして長い間手入れされることのなかった髪――それら全てを一つ一つ正していくために、皮膚科、マッサージ、エステ、美容院へと、まさに問答無用で連れ回されることとなった。
途中で弱音を吐く暇すら与えられないほどの徹底ぶりだったが、その全てが終わる頃には――
水瀬 結奈は、別人と見間違うほどの変貌を遂げていた。
荒れていた肌は透明感を取り戻し、くすみは消え、血色は健康的に整えられている。重さを感じさせていた髪は丁寧に整えられ、自然な艶を帯びて肩口で揺れ、全体のシルエットすらも洗練された印象へと変わっていた。
そして何より、これまで無意識に縮こまっていた姿勢が整えられたことで、彼女自身の持っていた本来の輪郭がはっきりと浮かび上がり、その存在感そのものが大きく引き上げられていた。
女としてあるべき姿――いや、それ以上に、“素材として持っていたものを最大限に引き出された状態”へと仕上げられていた。
だが、そこで終わりではない。
外見に見合う服装が伴ってこそ、初めて完成と呼べる。
これまで身に着けていた、時代もサイズ感も無視した野暮ったい服は全て排除され、今の彼女に合ったシルエットと、流行を押さえたデザインの服が次々と選び抜かれていく。その一着一着は決して派手なものではないが、身体のラインを自然に引き立て、立ち姿や所作までも整えて見せるよう計算されたものだった。
試着室のカーテンを開けて姿を見せるたびに、鏡に映る自分の印象が微妙に変わっていく。その変化は一度では気付けないほど僅かなもののはずなのに、重なっていくことで確実に“今までの自分ではない何か”へと近づいていく感覚に、水瀬自身が戸惑いを隠せずにいた。
袖の長さ一つ、スカートの丈一つ、色の組み合わせ一つでここまで印象が変わるのかと、半ば呆然としながらも、目の前に映る自分から視線を逸らせない。
全てを終えた時――
そこに立っていたのは、もはや以前の面影を確かに残しながらも、その上に“磨き上げられた存在感”を纏った水瀬 結奈だった。
荒れていた肌は整えられ、髪は艶を取り戻し、姿勢は自然と伸び、その一つ一つは些細な変化でしかないはずなのに、積み重なった結果として、彼女という存在そのものの印象を大きく引き上げていた。
誰が見ても“美少女”と評するであろうその姿は、街を歩けば自然と視線を集めるほどであり、実際にすれ違う人間が思わず振り返り、あるいは遠巻きに視線を向けているのが分かるほどだった。
その視線に気付きながらも、水瀬はそれが本当に自分に向けられているものなのか理解しきれず、どこか落ち着かない様子で小さく肩をすくめる。
だが――
それはあくまで他人の評価に過ぎない。
ディアブロにとっては、これはゴールではなく“スタートライン”に過ぎなかった。
「これで少しはまともになった。」
そう言い放つその声音には、満足というよりも“最低限の基準を満たした”という程度の評価しか含まれていなかった。
「いいか?これからは見た目にも拘りを持て。お前は俺の仲間になったんだ。俺の仲間が、みすぼらしい恰好で人前に立つことなど、絶対に許さない。」
「いや、そんなこと言ったって、見た目に気を遣うお金だってないし、そんな時間もない。」
現実的な問題を突きつける結奈の言葉には、これまでの生活の重みが滲んでいた。やりたくても出来なかった、という諦めがそのまま言葉になっている。
「分かってる。だから、金は俺がちゃんと出してやるし、そもそもお前がちゃんと俺の言うことを聞いて努力すれば、自分で大金を稼ぐことだって出来るようになる。そう、約束しただろ?」
「‥‥そうね、分かったわ。」
わずかに間を置いてからの返答。
「これからは毎日、ちゃんと見た目に気を遣ってお洒落もするわ。あなたの横に立っていてもおかしくなく、相応しいと思ってもらえるようになるわ。」
その言葉には、これまでとは違う決意が確かに宿っていた。
「あぁ、それでいい。よし、ならこれを渡しておく。」
そう言ってディアブロは一つの封筒を差し出す。
「何これ?」
訝しげにそれを受け取り、中を確認した瞬間――
「ちょ!!いきなりなんて物を渡しているの、ここ外なのよ!?誰かに見られたらどうする気なのよ!!」
思わず声を荒げるほどの金額がそこには入っていた。
「別に見られたところでどうとでもなる。それは、お前の生活費だ。見た目も大事だが、お前にとって家族も同じくらい大事なのだろ?だから、その金を使って美味い物を食わせたり、欲しいものを買ってやったりしてやれ。」
あまりにも自然に言われたその言葉に、結奈は一瞬言葉を失う。
「‥‥そうね、ありがとう。」
その一言は、小さいながらも確かな本音だった。
「あ、それとお前はお前専用のスマホを持て。連絡をした時に家族が出るなんて最悪にもほどがあるからな。」
「分かったわ。ちゃんと買っておく。」
「なら、今日は終わりだ。本当なら明日から探索を開始するつもりだったが、明日は家族と時間を使え。じゃあな。」
「え、ちょっと‥‥月曜日からはどうするの?」
「それは学校でまた話す。スマホを持っていない奴と待ち合わせするなんて嫌だから。じゃあな。」
そう言い残し、ディアブロは振り返ることなくその場を去っていく。
残された結奈は、手の中にある封筒の重みを改めて感じながら、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐き、いつもの帰り道へと足を向ける。
向かった先は、いつも通っているスーパーだった。
だが、その日はいつもとは違って見えた。
これまでなら値札を見るだけで手を引っ込めていた高価な肉や魚に、迷うことなく手を伸ばし、その重みを確かめるように一度だけ指先で触れてから、どこかくすぐったそうに、それでいて少し誇らしげにカゴへと入れていく。
頭に浮かんでいるのは、自分のことではない。
この食材を見た時の家族の反応、食卓に並んだ時の表情、何気ない「美味しい」という一言――そんな光景を思い描きながら、自然と口元が緩んでいた。
そうして、水瀬 結奈は少しだけ足取りを軽くしながら、家へと帰るのであった。




