第142話 一刀両断。
楓が背後を振り向くと、少し離れた場所には成瀬を先頭に暁のみんなが揃っており、その姿を目にした瞬間、張り詰めていた楓の表情が僅かに緩んだ。
「みんな!!」
思わず声を上げると、楓の無事を確認した暁の全員が一斉にこちらへ駆け寄ろうとする。
だが、今この場所では自分たち程度の実力では力になるどころか、むしろ戦いの邪魔にしかならないと理解していた楓は、彼らが動き出すよりも早く片手を突き出して制止した。
「来ちゃダメ!!今、来ても私達じゃ邪魔になるわ!!」
「それはどういうことだ?」
楓の言葉に成瀬は意味が分からないとばかりに眉を寄せる。
が、その戸惑いも長くは続かず、周囲を覆っていた砂煙が徐々に薄れ、その向こう側に広がる光景が露わになった瞬間、成瀬は言葉を失った。
砂煙の中から姿を現したのは、全身の甲殻を砕かれ、白い血を至るところから流しながら、いつ息絶えてもおかしくないほどボロボロになったヘビークラブの変異体。
そして、その満身創痍の怪物を前にしながらも息一つ乱さず、まるで子供と遊んでいるかのような余裕を見せる仮面の少年の姿であった。
変異体のヘビークラブは、暁のパーティーが総力を挙げて挑んだとしても、決して無傷では倒せないほどの強敵である。
そんな相手をたった一人で圧倒し、命を懸けた戦闘であるはずなのに遊びにすら見えてしまうほど一方的に追い詰めている光景は、数多くの戦闘を経験してきた暁の面々でさえ理解が追いつかないほど異常なものであった。
だが、それはあくまで暁にとっての話であり、ディアブロのパーティーメンバーである水瀬と雫は、目の前の光景に固まっている暁の横を通り抜け、そのままディアブロへと近づいていった。
「‥‥ディア!!」
水瀬の声が洞窟内に響くと、ヘビークラブへ向けられていたディアブロの視線が僅かに動き、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「ディア‥‥私達も手伝うわ。」
水瀬がそう告げると、隣に立つ雫も武器を構え直し、二人はすぐにでも戦闘へ加われるよう身構えるが、そんな二人を見たディアブロは僅かな迷いすら見せることなく、その申し出を拒絶した。
これは既にディアブロが喧嘩を売り、目の前のヘビークラブがそれを買ったことで始まった正式な命の取り合いである。
たとえ水瀬と雫が自らの仲間であったとしても、一度自分の獲物と定めた相手との戦いに横から手を出されることなど、ディアブロにとって許せる行為ではなかった。
「お前たちは、そこで見ていろ。」
「え、でも‥‥私達も戦えるよ?」
「いらぬ。これは俺の戦いだ。余計な手助けは邪魔だ。分かったな?」
短い言葉だったが、その声音には一切の冗談も妥協も含まれておらず、仮面の奥から向けられる視線も本気そのものであった。
それを感じ取った水瀬と雫は、これ以上何を言ってもディアブロの意思が変わることはないと悟り、仕方なく数歩後ろへ下がると、楓たちのいる場所まで戻って戦いの行方を見守ることにした。
「すまんな。邪魔が入った‥‥続きを始めよう。」
何事もなかったかのようにディアブロは再びヘビークラブへ向き直り、戦いの続きを告げるが、対するヘビークラブは既に虫の息であり、全身を覆っていた頑強な甲殻は至るところが砕け、そこから白い血を流し続けている。
そして自身の魔力も先ほど放った一撃によってほとんど使い果たしてしまい。
さらに、左右に備わっていた巨大なハサミの片方は既に失われ、残されている武器はディアブロに奪われなかったもう片方のハサミだけ。
それでもヘビークラブは倒れることなく、残された脚を震わせながら巨体を支え、目の前に立つ圧倒的な強者へ最後まで敵意を向け続けていた。
「ブクブク‥‥」
口元から白い血の混じった泡が次々と溢れ、地面へ落ちていく。
それでもヘビークラブは生きることを諦めず、残された全ての力を脚へ込めると、傷だらけの巨体を無理やり前へ押し出し、最後の突撃を仕掛けた。
満身創痍とは思えないほどの勢いで巨体が地面を蹴り、残された巨大なハサミがディアブロを挟み潰そうと大きく開かれた。
その姿を正面から見据えながら、ディアブロは逃げるどころか楽しげに口元を吊り上げた。
「フフッ‥‥いいぞ。自分の全てを掛ける最後の一撃‥‥その意気はよし。でも、心だけでは戦況は変わらない。そこそこ暇つぶしにはなった。感謝しようヘビークラブ――黒刀」
その言葉と同時に、ディアブロの片腕を漆黒の魔力が覆い始める。黒い魔力はただ腕の周囲に纏わりついているのではなく、指先から肘へと沿うように鋭く収束していき、やがて一本の黒い刃を思わせる形へと変化していった。
その姿は、先ほど雫が見せた蒼の力を思わせるものであったが、それも当然である。
この攻撃はディアブロが雫の蒼を目にしたことで着想を得て、その性質を自らの黒の魔力で再現し、今この瞬間に作り上げた一撃なのだから。
迫り来るヘビークラブを前にしてもディアブロは一歩も動かず、黒の力を纏わせた腕をゆっくりと頭上へ掲げる。
そして巨大なハサミが目前まで迫った瞬間、まるで一振りの刀を振るうかのように、その腕を真っ直ぐ下へ振り下ろした。
次の瞬間、腕から放たれた黒の刃が一直線に空間を駆け抜ける。
硬い岩盤でできた地面に深い亀裂が走り、その斬撃は勢いを失うことなくヘビークラブの巨体を通過すると、そのまま遥か頭上にある洞窟の天井までも切り裂いた。
あれほど強固だった甲殻すら何の抵抗にもならなかった。
突撃の勢いを残したままヘビークラブの巨体が僅かに前へ進んだ直後、その身体の中心に一本の黒い線が浮かび上がり、次の瞬間には左右へずれ落ちるように分かれていく。
まるで一枚の紙を鋭利な刃物で切ったかのような滑らかな断面から大量の白い血が溢れ出し、二つに両断された巨体が重々しい音を響かせながら地面へ崩れ落ちるのであった。




