第141話 駆けつける一同。
「何だ!!‥‥今の振動は!?」
突如として洞窟全体を揺さぶった激しい振動に、暁のリーダーである成瀬は咄嗟に足を踏ん張りながら周囲を見渡した。
天井からは細かな石片や砂埃がパラパラと降り注ぎ、先程まで何事もなかった洞窟の空気が一変する中、成瀬はその場にいるはずの二人の姿が消えていることに気が付く。
「楓は?楓はどこに行ったんだ?」
つい先程まで確かに近くにいたはずの楓が見当たらず、成瀬が焦りを滲ませながら仲間達へ問い掛けた。
そして、その声を聞いた水瀬もまた何かに気付いたように周囲を見回し、自分達のパーティーからも一人消えていることに気が付いた。
「こっちもデ‥‥春宮がいないわ!?」
危うく本来の名前を口にしかけた水瀬は慌てて言い直すが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
成瀬は消えた二人を探す為、探索を得意としている翔へすぐさま捜索の命令を出そうとするのだが、それよりも早く翔は険しい表情を浮かべながら口を開いた。
「‥‥その必要はないよ。既に見つけたけど‥‥これは‥‥手遅れかもしれないな。」
「どういうことだ!?何を見つけた!?」
翔のただならぬ言葉に成瀬が詰め寄ると、翔は探知した先へ意識を集中させたまま、僅かに表情を強張らせる。
「仮面の少年と楓は今、変異体と戦っている!!しかも、この気配は‥‥恐らくヘビークラブだ。」
「ヘビークラブだと!?そりゃーー無理だろ!?あいつには魔法は一切効かないからなぁ!!どうするんだ成瀬!?」
ヘビークラブという名前を聞いた瞬間、暁のメンバーの一人が声を荒らげた。
ただでさえ32層を主な生息域としているヘビークラブは、鋼鉄以上の硬度を誇る殻によって物理攻撃だけでなく魔法攻撃すら弾く難敵であり、それが通常個体より遥かに強力な変異体ともなれば、まともに戦える相手ではない。
だが、仲間がその怪物と戦っていると知ってなお、成瀬が迷うことなどなかった。
「そんなの決まっているだろ!!助けに行くに決まっている!!」
成瀬は即座に決断すると、続いて仮面の少年と同じパーティーである水瀬達へ視線を向ける。
自分達は楓を助ける為に向かうが、彼女達まで危険に巻き込む権利はないと考え、最後の判断だけは本人達に委ねることにした。
「君達はどうするんだ?このまま待つか?」
その問いに対して、水瀬はほとんど迷うことなく首を横に振った。
「私達も行きます。正直、意味のないことだとは思いますが。」
「‥‥意味がない?」
水瀬の言葉に成瀬は疑問を覚えたものの、今はその真意を問い質している時間など一切ない。
成瀬はその疑問を頭の片隅へと追いやると、二人の居場所を把握している翔を先頭にして、揺れの発生した洞窟の奥へと急いで向かうのであった。
◇
一方、変異体のヘビークラブを殴り飛ばすという常識外れの光景を目の当たりにした楓は、未だ自分の目で見たものを信じ切れないままディアブロへと視線を向けていた。
先程まで圧倒的な脅威として立ちはだかっていた巨体は、たった一発の拳によって遥か後方まで吹き飛ばされ、岩壁へと激突した衝撃で周囲には砕けた岩や土煙が舞っている。
「‥‥本当にあなた何者?変異体のヘビークラブを一撃で倒せる探索者なんて、この世界には存在していないわ。」
楓が震える声で問い掛けるが、その問いにディアブロが答えることはなかった。
ディアブロの視線は最初から楓へなど向けられておらず、その目が捉えているのは先程自分が殴り飛ばしたヘビークラブだけであり、岩壁に叩き付けられて動かなくなったように見える巨体からは、未だ確かな生命の気配が残されていた。
「‥‥もう少しだけ楽しめそうだな。」
口元に薄い笑みを浮かべたディアブロが、ヘビークラブへ向かってゆっくりと歩き始める。
その時だった。
岩壁にめり込んでいたヘビークラブが僅かに身動ぎした直後、口元に大量の泡が集まり、次の瞬間には凄まじい勢いで圧縮された水が一本の線となって放たれた。
「っ!?」
空気を切り裂くような甲高い音と共に放たれた高圧水は、真っ直ぐディアブロの顔面へと迫る。
その威力はただの水と呼べるものではなく、普通の人間がまともに受ければ水圧だけで肉を裂き、そのまま体を両断しかねないほどの凶悪な一撃だった。
しかし――ディアブロは避けようとすらせず、顔面へ迫った高圧水へ無造作に片手を振るった。
その瞬間、凄まじい水飛沫が洞窟内に弾け飛び、本来なら人体を容易く切断するはずの高圧水がディアブロの手によって横へと弾き飛ばされる。
軌道を逸らされた水はそのまま岩壁へ直撃し、硬い岩肌を深々と抉り取った。
「こんな攻撃が効くと思っているのか?」
ディアブロが現在使っているのは、あくまでも春宮湊という人間の肉体である。その為、何の防御もせずに今の高圧水へ直接触れれば、その肉体も例外なく切り裂かれてしまう。
だが、ディアブロは自身が持つ黒の力を全身へ纏わせることで、肉体そのものの強度だけでなく、攻撃や防御に使う力の質すら大幅に引き上げていた。
それによって、本来なら触れることすら危険な高圧水を、素手だけで容易く弾き飛ばすことが出来ていたのだ。
自らが持つ最大の攻撃をあまりにも簡単に防がれたことで、ヘビークラブは明確な危機を感じ取ったのか、ディアブロをこれ以上近寄らせまいと口元から次々に高圧水を放ち始める。
一発、二発では終わらない。
次々と放たれる高圧水が洞窟内を縦横無尽に走り、その度に周囲の岩壁や地面が鋭利な刃物で削られたかのように抉れていくが、その中心を歩くディアブロだけは一度も足を止めることなく、迫ってくる全ての高圧水を左右の手で簡単に弾き飛ばしていく。
そして、どれだけ攻撃を繰り返しても止まらないディアブロとの距離は、確実に縮まっていった。
「もう、終わりだな。」
ヘビークラブとの距離を詰めたディアブロが静かにそう告げた――その時だった。
「楓!!」
背後から洞窟内に響き渡った声に、ディアブロは僅かに視線だけを動かす。
そこには翔を先頭にして駆け付けてきた暁のメンバー達と、その後ろから続く水瀬達の姿があった。




