第138話 未経験歴数千年の男。
暁のメンバーと合流した俺達は、そのまま彼女達と共に休憩を取ることになった。
少し開けた場所に腰を落ち着けると、雫は夕実のすぐ横に座り、時折頷きながら彼女の話を真剣な表情で聞いている。一方の水瀬は暁のリーダーである成瀬の横に座り、こちらもすっかり打ち解けた様子で楽しそうにお喋りをしていた。
そんな中、ディアブロだけは彼女達の輪から少し離れた場所に腰を下ろし、我関せずと言わんばかりに一人で静かに休んでいた。
わざわざ会話に加わる理由もなければ、楽しそうに談笑する彼女達を眺めている必要もない。
だが、そんなディアブロを放っておくつもりがない者がいたのか、暁のメンバーである『美空 楓』が輪から離れると、何の躊躇いもなく隣へ腰を下ろした。
「君、名前は?」
「春宮です。」
突然尋ねられたディアブロは、美空へ視線だけを向けて端的に答える。
「春宮くんか。良い名前だな。春宮くんはあっちには混ざらないの?みんな楽しそうに話しているのに。」
美空が視線を向けた先では、雫や水瀬達が会話を続けており、時折楽しそうな笑い声まで聞こえてくる。しかし、ディアブロはそちらを見ることすらなく、興味がないと言わんばかりに淡々と答えた。
「自分は大丈夫です。あまり人と話すのが好きではないので。」
「そっか。まぁ、私も春宮くんと同じで人との会話が得意じゃないから、同じだね。」
美空は何でもないことのように答えるが、その言葉を聞いたディアブロは表情こそ変えなかったものの、内心では絶対にそんなことはないだろうと思っていた。
何故なら、美空が身にまとっている雰囲気は、人と話すことを苦手としている者が持つものとは明らかに違っていたからだ。ディアブロの隣に座るまでの動作にも一切の迷いがなく、会話を始める時も視線や声に緊張は見られず、その一つ一つがあまりにも自然体だった。
人と関わることが苦手な者であれば、初対面の相手と話す時には少なからず緊張が表に現れるものだ。視線が僅かに泳いだり、言葉を選ぶまでに妙な間が生まれたり、無意識に身体が強張ったりと、本人が隠しているつもりでも何かしらの変化が現れる。
だが、目の前の女にはそれが一切ない。つまり、この女は嘘を吐いている。
ディアブロはそう判断したが、だからといって問い詰めるほどのことでもないため、特に追及することなく美空の言葉を聞き流した。
「春宮くんのパーティーのリーダーって、とっても可愛いよね。礼儀正しくて、愛想も良くて、あんな良い女の子が同じパーティーだと好きになっちゃうんじゃないの?」
美空が突然そんな訳の分からないことを言い始めたため、ディアブロは一瞬だけ水瀬の方へ視線を向ける。しかし、すぐに興味を失ったように視線を戻すと、眉一つ動かすことなく首を横に振った。
「全くないですね。」
「えーー?嘘でしょ?あっ!!もしかしてもう一人の女の子のことが好きだとか?」
「それもないですね。」
今度は雫のことを言っているのだと理解したが、それでもディアブロの答えは変わらない。
確かに水瀬と雫は、超が付くほどの美少女と言っても過言ではない。二人とも街を歩けば自然と人の視線を集めるほど容姿が整っており、普通の男であれば、その顔に惹かれて恋愛感情を抱いたとしても何ら不思議ではないだろう。
だが、ディアブロにとっては違う。
ディアブロは完璧であることを求めているのではなく、完璧であることを当たり前として生きてきた存在である。
だからこそ、水瀬と雫の容姿が美しく整っていることも、ディアブロにとっては特別なことではない。それだけで二人を異性として意識する理由にはならず、恋愛感情など最初から欠片ほども存在していなかった。
「えーーあの二人に恋をしないなんて、もしかして春宮くんって‥‥そっち系だったりする?」
「ん?そっち系?何ですかそっち系って。」
「え?」
美空が僅かに目を見開くが、ディアブロは本当に意味が分かっていないため、首を傾げながら純粋な疑問を返す。
そもそもディアブロには、そういった方面の知識が全くと言っていいほどない。過去の人生を通して女と付き合った経験は一度もなく、それどころか肉体的な関係を持ったことすらないのだ。
覇王として長い年月を生きてきたにもかかわらず、童貞歴で言うなら既に数千年を超えている。
そんなディアブロに「そっち系なの?」と尋ねたところで、言葉の意味を理解できるはずもない。冗談半分で口にした美空の方が、逆に「そっち系とは何だ?」と真顔で問い返される形になり、先ほどまでの余裕が嘘のように困惑した表情を浮かべていた。
「えーーーと、そのそっち系っていうのは‥‥その‥‥同性的なあれだよ!!」
どう説明すればいいのか分からなかったのか、美空は僅かに頬を引きつらせながら曖昧な言葉で誤魔化す。
「‥‥同性??全く理解できないですね。」
「え!?何で理解できないの?ここまで説明すれば同性だけで分かるでしょ!!」
「分からないものは分からないですね。」
「嘘でしょ‥‥。」
美空が呆れたように肩を落とすが、ディアブロからすれば知らないものを知らないと答えているだけであり、何故そこまで驚かれているのかすら理解できない。
そんな他愛もない会話を続けていた時だった。
それまで美空へ向けられていたディアブロの意識が、一瞬にして別の場所へと切り替わる。
常に周囲へ展開している空間。その内側に、これまで存在していなかったモンスターの反応が入り込んできたのだ。
しかも、ただのモンスターではない。
この辺りを徘徊しているモンスター達とは明らかに異なる。反応から伝わってくる力は周囲の個体とは比較にならないほど強く、ディアブロが感じ取った瞬間には、既にこの階層に存在する通常のモンスターから大きく逸脱した存在であることが分かった。
その瞬間、先ほどまで座っていたディアブロが勢いよく立ち上がる。
「き、急にどうしたの?何かあった?」
突然の行動に驚いた美空が、座ったままディアブロを見上げて声を掛ける。
しかし、ディアブロはその問いに答えない。
美空へ視線を向けることすらなく、空間に捉えた異質な反応だけに意識を集中させると、そのモンスターが存在する方向へ向かって迷うことなく歩き始めるのであった。




